Let's 幽霊ing

朝倉 玲

Asakura, Ley

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9章 人工衛星

 そばに寄ってみると、人工衛星は小さな部屋くらいの大きさがあった。

 普通なら太陽電池パネルが突き出しているはずなのだが、それがない。替わりに金属の支えが折れたような跡が残っている。どうやら、隕石か何かに衝突して壊れてしまったらしい。これなら、勝手に動かしても誰も何も文句は言わないだろう。

「ちょっと……ホントにこれを動かすつもり? ずいぶん重そうよ」

 みっきが不安そうに言ってきたので、俺は片目をつぶって見せた。

「大丈夫さ。宇宙空間は無重力なんだぜ。ちょっとの力でも軌道が変わるから、地球へ向かわせることだってできるはずさ。さあ、早く乗って。ぼやぼやしてると、また霊体エネルギーがなくなって、動けなくなるぞ」

 俺はみっきを人工衛星に押し込み、自分もそこに滑り込んだ。霊体が人工衛星に同化して、お互いの姿は見えなくなったが、みっきの存在は寄り添うようにすぐ近くに感じられていた。

 

「さあ、いくぞ」

 俺は、念を込めて見えない力の腕を伸ばした。

 太陽電池パネルの支えの残骸をつかむと、思い切り力を送って、それを破裂させる。人工衛星に振動が響き、衛星の本体が少し傾いたような気がした。

 続いて、もう一本の支えも破裂させる。

 人工衛星は、はっきりと姿勢を変え、少しずつ地球に向きを変え始めた。

「もうちょっとかな……」

 俺はそうつぶやきながら、衛星の表面を覆う金属パネルを探り、地球と反対側の部分を破裂させた。それで、人工衛星のスピードがぐんと上がった。

「落ちてく……!」

 みっきがあえぐように言った。俺は腕を伸ばすと、見えないみっきの体をそっと抱き寄せた。

「大丈夫。俺たちは霊体なんだ。大丈夫さ」

 

 人工衛星がぐんぐんとスピードを増してきた。地球の大気圏に突っ込み、やがて、濃くなってきた大気と摩擦を起こして、人工衛星自体が燃えて溶け始める。衛星の表面からパネルがはがれ落ち、輝きながら燃え尽きていく。地上から見たら、きっと、大きな明るい流星に見えたことだろう。

「もてよ……もてよ……燃え尽きるなよ……」

 俺は呪文のように口の中でつぶやいていた。

 人工衛星にはできるだけ長く燃え残っていてもらわなくては。

 霊体になっている俺たちには、人工衛星の温度が何百度、何千度になろうがまったく平気だが、あまり早く燃え尽きてしまうと、そこから先は自力で地上まで飛ぶはめになるから、霊体エネルギーの残量がもたなくなるかもしれないのだ。

 その話をすると、みっきが驚いたように言った。

「ふぅん、そんなことまで計算してたわけ? 周一郎って意外と頭いいのねぇ」

「意外とってのは何だ。意外とってのは。こう見えても俺、SFは大好きなんだぞ」

「あたしはきらぁい。SFって、わけがわかんないんだもん。でも、いいわ。周一郎の言うことなら、信用しておく」

 そう言って、みっきが俺の腕に寄りかかってくる気配がした。

 俺はおもわず多いに照れてしまった。人工衛星の中で、お互いの顔が見えないのが幸いだった。

 

 

 数秒後。

 みっきが心配そうに話しかけてきた。

「ねぇ、ちょっとこれ、まずくない?」

「……まずいと、俺も思う……」

 

 人工衛星はまだ燃え残っていた。まだ小岩くらいの大きさがある。

 眼下には地上の風景が近づいていた。山と海にはさまれた町が見える。このまま墜落していったら、人工衛星の残骸は間違いなくあの町中に突っ込むだろう。たくさんの怪我人が出る。死者も出るかもしれない……

 俺はみっきに叫んだ。

「力を貸してくれ! 人工衛星の進路をそらすんだ!」

 あそこの海へ……誰も人のいない海のど真ん中へ……!!

 俺たちは必死になって念の力を操った。だが、宇宙空間では簡単に動いた人工衛星も、地上ではとてつもなく重かった。いくら方向を変えようとしても、スピードを落とそうとしても、まるで言うことを聞かない。真っ赤に燃えながら、まっしぐらに町へ向かって落ちていく……

 

「ダメよ! 変えられない!」

 みっきが悲鳴を上げた。

「止まらないわ! 逃げよう、周一郎!」

「駄目だ!!」

 俺はみっきに怒鳴り返していた。

「このままじゃ大惨事だ! 俺たちが落とした衛星なんだ! 俺たちで何とかしなくちゃ……!!」

 俺は歯を食いしばり、目をむいて、人工衛星を引き留めようとした。

 体がバラバラになりそうなほど全身の力を振り絞って、衛星に念の腕を回し、引き止めようとする……

 耳元でみっきがまた悲鳴を上げていた。

「やめて、周一郎! あんた、消えちゃうわよ!!」

 俺はまたもや霊体エネルギーを使いすぎていたらしい。だが、それでも手を離すわけにはいかなかった。ほんの少し、人工衛星の進路が変わったような気がする。ほんのちょっと海寄りのコースになったようだ。よし、もう一息…………!

 みっきが泣き声をあげながら顔をおおうのが感じられた。

 町はもう真下だ。建っている家の一軒一軒、木立の一本一本までが見えるようになっていた。

 くそっ! それろ! それろったら……!!

 

 そのとき、ぐん、と横から強い力がかかった。

 人工衛星はたちまちはじき飛ばされ、弧を描きながら海へ墜落して、大きな水しぶきをあげた。

 真っ赤に燃えた衛星が海水と反応して、もうもうと白い蒸気がわき上がる。

 蒸気と一緒に宙に離れた俺たちは、呆気にとられながら、海中に沈んでいく人工衛星を眺めていた。

 何が起こったのか、さっぱり分からなかった。

 とにかく、惨事は免れたし、俺たちも助かったらしいが……

 

 すると、聞き覚えのある声が、穏やかに話しかけてきた。

「君たち、これ以上、僕の仕事を増やさないでくれよね……」

 俺たちははっと顔を上げ、同時に叫んだ。

「死神さん!!」

 スーツを着込み、眼鏡をかけた小太りの中年男が、苦笑いを浮かべながら俺たちを見ていた。

「まったく、君たちは本当に無茶苦茶をする。リストに載っていない魂を、何百と迷子にするつもりだったのかい? 君たち自身も、危なく消えるところだったんだよ」

 俺はしゅんと小さくなった。足下では海が湯煙を上げながら荒れ狂っている。この人工衛星が町に墜落していたら、本当に大惨事になるところだった……。

「死神さんが助けてくれたんだ」

 みっきが、複雑な表情を浮かべながら死神を見上げて言った。

「いいの? 死神ってのは、人の生き死にには関わっちゃいけない決まりだったはずでしょ。たとえそれが予定外の死であったとしても」

「うーん、しばらく免停になるかもしれないねぇ。二百年くらい死神業ができなくなるかもなぁ」

 のんびりした口調で死神が言った。

「でもね、僕は君たちを死なせたくなかったんだよ。どうしてだろうね。こんな気持ちは、死神になってから初めてのことなんだけれど……」

 眼鏡の奥の目が俺たちを見つめて笑っていた。見ていると、胸の奥が痛くなってくるような、悲しいくらい優しいまなざしだった。

 

 すると、みっきが決心したような顔を上げて、死神に向かって言った。

「あたし、生きるわ。肉体に戻る。……ユーレイングは、もう卒業よ」

 死神はみっきを見つめながら静かにうなづいた。

「それがいい。キミはまだ生きているんだから。たとえどんな生であっても、命ある限り、生きた方がいいんだよ……」

 

 それから、死神は陸地のある方向へ目を向けて言った。

「ほら、君たちのお迎えが来たよ。僕が連絡しておいたからね。みっき。血相を変えた麻美さんが先頭だぞ」

「えっ? きゃーっ、ホントだ! 麻美が怒ってるぅ。まずいぃ……」

 みっきが青くなっている間に、死神は笑いながら俺たちから離れていった。

 替わりに俺たちを取り囲んだのは、ユーレイング・トラベル社のスタッフと、白い制服を着た数人の人たち。もちろん、皆、霊体になっている。

 俺たちは制服のライフ・レスキュー隊から、輸血ならぬ輸魂を受け、それからみっちりと叱られた。

 それでも、俺は嬉しかった。

 俺たちは生きている。俺の体もクローン移植手術を受けて健康になったと聞かされた。新しい体に戻れば、もうあのいまいましい病気とはおさらばできる。……夢のような話だった。

 みっきの方は、ユーレイング・トラベル社のスタッフにも、ユーレイングを卒業して、生身の体で生きる、と宣言していた。スタッフは一様に驚いた顔をしていた。彼女の友だちの鈴木麻美などは、彼女に抱きついて涙を流していた。

 

 すると、みっきが、俺を振り向いた。

「ね、周一郎。生身の体に戻ったら、必ずあたしに会いに来て。約束よ。忘れないでね」

 にっこりと笑いかけられて、俺は天にも昇るような心持ちだった。

「もちろん、会いに行くさ! 約束は絶対に守るよ!」

 こんな最高の約束、忘れようったって、忘れられるもんか! そう叫びそうになるのを、俺はやっとの事で我慢した。

 

 空が白々と明るくなってきた。

 夜明けだ。

 水平線から姿を現した金色の太陽を、俺たち一同は海上に浮かびながら眺めていた。

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