「まぁーったく……力のありすぎる男の子って、ホント困りもの!」
すぐそばで聞き覚えのある声がしたので、俺はびっくりして我に返った。みっきが呆れ顔で宇宙の中に立っていた。
「あんなに派手に病院壊しちゃって、もう。おまけにこんなところまで飛び出してきちゃってさ。下手な冗談も言えないじゃないのよ」
「冗談……?」
俺はぼんやりとみっきを見返した。ダメだ、やっぱり意識が遠のいていく。
とたんに、みっきの金切り声が響いた。
「ちょっと、周一郎! しっかりしなさいよ! あんたホントは死んでいないのよ!!」
とたんに、俺の頭は、冷水をぶっかけられたみたいにしゃんとなった。
なんだって? 俺が本当は死んでいないって……?
すると、みっきが、ちょっときまり悪そうな顔つきになった。
「だってさ……生身で生きてるほうがいい、ってあんたがあんまり強調するもんだからさ……ほんの冗談のつもりだったのよ。まさか、あんたがこんなに逆上しちゃうとは思わなかったんだもん。宇宙に飛び出すなんてバカなことする人がいるなんて、思ってもいなかったのよ……」
俺は、目をぱちくりさせた。
「冗談って……だって、俺、本当に死んでいたぞ」
「あの肉体はね。あれは、もともとの周一郎の体。不治の病気で、あと半月くらいで死ぬはずだったのは本当の話よ。だから、クローン移植手術を行うことになっていたの」
「クローン移植手術……?」
「もとの体から取り出した細胞に遺伝子治療を施してから、細胞を増殖して新しい体を作るの。でも、その体は本当の意味で生きてはいないわ……魂がないんだもの。記憶もない。だから、記憶を移すために脳を移植して、さらに魂も移し替えるの。ユーレイング・システムを応用した、遺伝病の新しい治療方法なのよ」
俺はますます目をぱちくりさせてしまった。
「え……じゃ、なんだ……クローンで作った俺の新しい体が、どこかにあったっていうのか?」
「脳移植の手術も済んで、ユーレイング・トラベル社であんたの帰りを待っていたのよ……魂のあんたがそこに戻れば、あんたはそれでもう、健康になるはずだったの……だけど……ごめんね、周一郎……」
みっきの声がかすれた。
そのとき、俺はようやく、みっきの顔色がひどく悪いのに気がついた。幽体だから青白いのはもともとだが、それが透き通るように薄くなってきている。
消失しかけているんだ。
大気圏外に飛び出した俺を追って飛んできたものだから、霊体エネルギーを使い果たしてしまったに違いない。
そして、俺も自分がひどく疲れ果てているのに気がついた。
そうだよ、俺だってもう、ほとんどエネルギーが残っていなかったんだ……
「ここから地上に戻るのは、もう無理よ……」
みっきが力なく言った。魂だけの体がゆっくりと空間を漂い始める。俺はとっさに腕をつかんで引き戻した。みっきが俺にもたれかかってくる。
「ふふっ……まさか、この体で宇宙まで出られるなんて……思わなかったな……。地球って、ホントに青いのねぇ……」
そう言ってはかなく微笑むみっきを、俺は抱きしめた。
ちきしょう。どうしたらいい? このままじゃ二人とも消えちまうぞ。
俺はあわててズボンのポケットを探った。
あった、バイタル・シート! 2枚とも残ってる!
だが、みっきは静かに首を振った。
「ダメよ……シートは1枚たったの100バイタルしかないもん……ここから地上に戻るには、どう見たって足りない……ひとりで2枚食べたって無理よ……」
俺は歯を食いしばった。なにか方法はないのか? なにか……
物に乗り移れば消失しないですむとみっきは言っていた。だが、ここは宇宙空間。物なんて何もないぞ……ちきしょう!
「周一郎、あたしねぇ……」
みっきが俺の腕の中で気だるく話し出した。
「あんたがうらやましかったの……あんた、病気のくせに、やたらと元気じゃない……? 生きるのがすごく楽しい、って思ってるのが、こっちにもばんばん伝わってきてさ……悔しかったのよね……毎日ユーレイングして過ごしてるような自分が、責められてるような気がしたから……だから……ごめんね、意地悪しちゃって。周一郎は元気になって、もっともっと生きられたのに……」
俺はみっきを強く抱きしめた。
「生きようぜ、みっき。一緒に生きよう。あきらめるにはまだ早いよ。きっと、なにか方法があるはずだ」
すると、みっきが俺を見上げて不思議そうな顔をした。
「……どうして、周一郎はそんなに元気でいられるの……? 同じくらい疲れて辛いはずなのに……。そんなに、生きるのっていいことなの……?」
俺はうなづいた。
「俺は生きたいよ。絶対に生きたい。確かにいつかは必ず死ぬけどさ、最後の最後のその瞬間まで、俺は思いっきり生きたいんだ。生きるのって、いいことだぜ。そりゃ、生きていると嫌なことも面白くないことも、いろいろあるけどさ。だけど、やっぱり、生きるのっていいことなんだよ」
大真面目に言う俺に、みっきはまた目を見張り、それから、ふふっ、と笑い返した。
「いいなぁ……周一郎は。まっすぐで……。もう一度、地上に帰れたら、またあんたに会いたいな。幽霊の体じゃなく、生身の体で、ね……」
俺の胸がドキンと鳴った。
だが、俺が何か言うのを待たずに、みっきは目を閉じてしまった。その体がどんどん薄くなっていく。まずい、本当に消えちまうぞ。
俺はバイタル・シートを1枚みっきの口に押し込み、みっきの体が戻ってくるのを見守った。そして、また目を開けたみっきに、俺はうなづいて見せた。
「帰ろう、地上に。絶対に帰ろう」
それから、俺はあたりを見回した。
黒い宇宙空間。足下には青い地球。何もない虚無の空間に見えるけれど、でも、ここはまだ地球の引力圏内だ。きっとなにかしらあるに違いない。絶対に、どこかに何かが……
遠くでチカリと何かが光った。
俺はじっと目を凝らし、それから歓声を上げた。
「あれだ! あいつを使おう!」
「なに……?」
少し元気になったみっきが、そちらを見て、呆れたような顔つきになった。
「あれって……何? まさか、宇宙船……?」
「違う、もっと小さいよ。あれくらいなら、きっと動かせる。あれに乗り移って、地上に帰ろう!」
言いながら、俺は最後のバイタル・シートを口に放り込み、湧いてきた力でみっきを抱きかかえて飛び始めた。太陽を反射して銀色に光る、人工衛星をめざして――