誰かが泣いていた。
むせぶような嗚咽が、ひっきりなしに聞こえてくる。
気がつけば、泣いていたのは俺自身だった。嗚咽と一緒にたったひとつのことばが繰り返しあふれ出る。
「どうして……どうして……どうしてだ……?」
どうして、俺は死んでるんだ? こんな冷たい霊安室の真ん中で。
ユーレイング・トラベル社でユーレイングしている間、肉体は安全に保管されているはずじゃなかったのか? ユーレイングから戻れば、即座にまた普通に動けるようになるって話だっただろう? いったい、何があったって言うんだ!?
「あんたはね、病気が悪化していて、もう助からなかったのよ」
俺の背後からみっきが話しかけてきた。
「残り寿命は、良くてあと半月。あとはもう、苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて死んでいくだけだったの。あんたのご両親は、そんなあんたの姿を見たくなかったのよ。だから、最後にユーレイングであんたに思う存分自由を楽しませてあげて、その間に、あんたの肉体を安楽死させたの。病院の医者とあんたの両親とユーレイング・トラベル社の間では、すっかりそういう合意ができていたのよ」
俺は自分の遺体のそばに立ちつくしていた。
頭の中が真っ白になって、もう何も考えられない。ただ感じているのは、焼けつくような激しい怒り。
痛みさえ感じるほど、強く激しい怒りだけだった。
なんで俺を殺した!
俺は生きたかったのに!!
どんなに苦しくても、辛くても……死ぬほど辛い想いをしても……
俺は、最後の最後まで、生きていたかったのに!!!
突然、霊安室のガラスというガラスが粉々に砕けた。
香立てが空中でまっぷたつに割れ、灰がもうもうと舞い上がる。
部屋中が地震のように激しく揺れ、地底からわき起こってくるような轟音が鳴り響く。
と、ピシピシと音を立てて、部屋の壁にヒビが走り始めた。壁の表面がはがれ落ちて床に飛び散る……
「ちょ……ちょっと、やめて! やめてよ、周一郎……!!」
みっきが悲鳴を上げていた。耳をふさぎ、真っ青な顔で俺を見ている。彼女の白いドレスは、何故か激しくはためいていた。
俺は我に返った。みっきを見つめ、ベッドの上の俺の抜け殻を見つめ……
耐えられなくて、空へ飛んだ。
上へ、上へ、どこまでも上へ……
死にたくなかった。死にたくなかった。また元気になれると信じていたからこそ、苦しい治療も我慢して受け続けたのに……
あたりがどんどん暗くなる。夜が来たんだ。ああ、いや、違う……ここは……
真っ暗な空の中、星が光り輝いている。
俺の足下にぽっかりと浮かんでいるのは、白い雲の渦を貼り付けた、青い地球だった。
俺は、地球の大気圏を抜けて、宇宙まで飛び出していたんだ。
さすがにもうそれ以上は飛べなくて、俺は宇宙に漂い始めた。
体中どこを探しても、もう力は残っていない。また霊体エネルギーを使い果たしたらしい。
ちぇ、肉体が死んだだけでなく、魂まで消失する運命かよ。
ああ、でももう、叫ぶ気力も残っていない。
体が動かない。なにもできない。
ゆっくりと、自分の体が溶けだしていくような気がする…………