翼を探して

朝倉 玲

Asakura, Ley

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13

 もう帰ろう、と俺が言うと、みゅうは素直に同意した。俺が波でずぶ濡れになっていたからだ。

 風邪をひくんじゃ、と心配するみゅうに生返事をしながら、俺は足早に歩き出した。翼が飛んできた海から急いで遠ざかる――。

 

 うまくバスに乗れそうな場所を探して歩き続けていると、みゅうが急に声を上げた。

「ここ、お姉ちゃんが結婚式を挙げたところ!」

 俺たちはいつの間にか賑やかな町の通りに来ていた。西洋の城みたいな結婚式場が建っている。

「うわぁ、なつかしい。入りたいなぁ」

 とみゅうが言った。

 手をつないでいるから、俺たちの姿は誰にも見えない。暇そうにアクビしている警備員のわきを通って中に忍び込んだ。

 平日の結婚式場は人気がなくて静かだった。こっちよ、と勝手知った様子でみゅうが俺を引っ張っていく。

 案内されたのは、結婚式の衣装を展示してある部屋だった。色とりどりのドレスがずらりと並んでいる。ベールやブーケ、和服の花嫁衣装なんかもあって、部屋全体が本当に華やかだ。

 目を輝かせてそれを眺めていたみゅうが、急に足を止めて言った。

「うん、ステキ。これにしようっと」

 俺の手の下でくるりと回ると、そこに花嫁が現れた。純白のウエディングドレスを着て、白い長いベールをかぶり、手には花束を持っている。みゅうだ。

 驚く俺に、えへっ、と舌を出して笑ってみせる。

「似合うかな? ベールのつけ方はよくわかんないから、適当なんだけど」

 俺はすぐには返事ができなかった。花嫁姿のみゅうが、まぶしいくらい綺麗に見えたから――。

「あれ? だけど、その耳につけてる、てんとう虫のピアス。なんかウェディングドレスには合わないんじゃないのか?」

 照れ隠しにそんなことを言うと、みゅうが笑った。

「これでいいのよ。だって、このピアスだったら、舜も悲しいこと思い出さないでしょ?」

 俺はまた返事ができなくなった。なんだか本当に胸がいっぱいになる――。

 すると、みゅうがまた言った。

「さ、じゃあ、舜も着替えてね。男性用の衣装はあっちよ」

「え!? 俺にも花婿の格好をしろって言うのか!?」

「もちろん。花嫁だけじゃ全然さまにならないじゃない。ねえ、早く」

 は、早くって――おまえな――!!!

 

 結局、俺も花婿の衣装を着た。

 弱いんだよな、みゅうに願い事をされると。笑い顔が見たくて、つい聞いてやりたくなる……。

「おかしくても絶対笑うなよ! 白いタキシードなんて、着るの生まれて初めてなんだからな!」

 言い訳して自己防衛していると、みゅうがほほえんだ。

「ううん、すごくステキだよ。来て、舜。チャペルはこっちだから」

 ……ああもう、好きにしてくれ。

 みゅうに手を引かれるまま、俺はチャペルへ向かった――。

 同じ結婚式場の中にチャペルはあった。赤いバージンロードの果ての祭壇で、花嫁姿のみゅうが俺の両手を取る。

「結婚式では、ここで神様に誓うのよ。健やかなるときも病めるときも、生涯二人で助け合って生きていきます、って。そして、指輪をかわして、誓いのキスをするの――」

 おごそかなくらい静かな声で言う。

 でも、俺が思わず赤くなると、みゅうはすぐに笑った。

「大丈夫よぉ、そこまで舜にやってなんて言わないから! ただ気分を味わいたかっただけ。夢だったんだ。この式場のこの場所で花嫁さんになるのが。お姉ちゃんの結婚式の時に決めてたのよ」

 純白のウェディングドレスで身を包んだみゅうは、いつもより大人びて見えた。祭壇の十字架をほほえみながら見上げて言う。

「あたし、自分が死んでしまったってわかったときに思ったのよね。あんなこともこんなこともしたかったのに、全部できなくなっちゃったんだぁ、って。すごく悲しかったんだけど……。でも、舜のおかげで、もう一度海に行けたし、こんなステキな花嫁さんにもなれた。あたし、今すごく幸せよ。なんかもう思い残すことがない感じ」

 俺はぎくりとした。思わずみゅうを見る。

 

 みゅうはまだ十字架を見ていた。大きな瞳が何故かいっそう大きくなる。

 視線を追った俺の背筋を、冷たいものが走った。

 翼だ!

 金の十字架から抜け出そうとするように、白い翼が羽ばたいている――!

 みゅうがまたほほえみを浮かべた。俺の手を離し、両手を翼に差し伸べる。

 翼が十字架を飛びたつ。みゅうに向かって舞い下りてくる。

 俺はみゅうの両肩をつかみ、翼とみゅうの間を体でさえぎった。それでもみゅうは見つめ続ける。迫る翼が瞳に映る。

 俺はみゅうを抱いて全身でかばった。翼が俺の背中を打って、ばさばさと羽音を立てる。

 それを聞きながら、俺は唇に唇を重ねた。

 柔らかなみゅうの唇には、少しもぬくもりがない――。

 

 すると、ふいに羽音が消えて、背中に翼が当たらなくなった。

 唇を離すと、みゅうが真っ赤な顔で俺を見ていた。

「やだ、舜ったら……。ホントにはやらないよって言ったのに……」

 その瞳はもう翼を映していなかった。翼はまた消えていたんだ。

 俺はみゅうの肩をつかんだまま夢中で言った。

「行くな、みゅう! 俺のそばにいてくれ! おまえが天使でも幽霊でもかまわないから! ――おまえが好きなんだよ!」

 みゅうはまた目を見張った。その瞳にふいに大粒の涙が浮かぶ。

「ダメ――それはダメだよ。舜は好きだけど――ホントは、ものすごく好きだけど――だけど――あたし、もう死んじゃってるんだもん!」

 泣いて逃げ出したみゅうを、俺は追った。

「待て、みゅう! 待てったら――!」

 その声に警備員が駆けつけてきた。俺の姿はもう見えるようになっていた。

「待て、君! それはうちの衣装じゃないか!」

 警備員が俺を捕まえる。

「みゅう! みゅう!!」

 呼び続ける俺の視界から、みゅうは走り去っていった――。

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