翼を探して

朝倉 玲

Asakura, Ley

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12

 次の日、俺とみゅうは海行きのバスに乗っていた。

 バスの中でも手をつないでいたから、俺たちの姿は誰にも見えない。そう、はっきり言って無賃乗車。新しい客が乗ってきて近くに座ろうとしたら、みゅうと二人で急いで席を移動する。幽霊のみゅうは素通りだけど、さすがに俺は、触られたら気づかれるもんな。

 平日だったから、乗客はあまり多くない。俺たちは悠々と座り続けていた。

「これから行く海は、小さい頃から何度も行ってるところなのよ。近くにあたしの親戚が住んでるの。年上のいとこがいて、あたし、一人っ子だったから、お姉ちゃん、って呼んでてね。毎年夏になると泊まりに行って、お姉ちゃんたちと海に遊びに行ったのよ。でも、あたしが中学生のときに、お姉ちゃんは結婚しちゃったし、あたしも今の高校に入ったし。だから、海に行くのは久しぶりなんだ」

 バスの中で、みゅうは、はしゃいでしゃべりっぱなしだった。今日は赤いポシェットを下げて、お出かけの格好をしている。それくらい、海に行くのを楽しみにしてるんだ。

 うん、連れてきてやってよかったな。

 そう考えて、ふと思い出したのは、別れたあいつのことだった。

 俺、あいつにずいぶんいろんなことをしてやったし、欲しがるものも買ってやったけど、その時、あいつはどんな顔をしていただろう……? 今のみゅうみたいに、嬉しそうな顔をしていたかな。

 思い出そうとしても、思い出せない。

 もしかしたら、俺は、あいつに何かしてやったってだけで、満足していたのかもしれない。あいつがそれをどう感じたかなんてのは、どうでも良かったのかも。

「舜って、結局自分のことしか考えてないのよね。もうあなたにはついていけない」

 別れ際にあいつが言ったのは、そういう意味だったんだろうか……?

 思わず考え込んでしまう。

 すると、みゅうが俺の手を引っ張って声を上げた。

「ほら、舜! 海よ!」

 指さす窓の外に、海岸線が現れていた。コンクリートの防波堤の向こうに、海が見える。

「綺麗ー! お天気がいいからだね!」

 いっそうはしゃぐみゅうにつられて、俺も思わず笑顔になった。苦い後悔が遠ざかっていく――。

 

 やがて、みゅうが心配そうな顔に変わった。

「ねえ、舜……ここで降りる人、いないみたいだよ。どうする?」

 バスの乗客は少ない。目ざす海岸の近くまで来たのに、バスが停まる気配がないんだ。このまま通り過ぎてしまったらどうしよう、と みゅうが気をもんでいるのがわかる。

 俺は笑ってバスの停車ボタンを押した。車内にチャイムが響いて、「次停車します」のランプが光った。

 やがて、運転手はバス停にバスを停めた。ブザーと共に降車口のドアが開く。そのまましばらく待っていたけれど、誰も降りようとしない。運転手は、ちらっと車内を確かめ、乗客が動かないのを見てドアを閉めた。

 バスがまた発車していく。

 

 でも、その時にはもう、俺とみゅうはバス停に降り立っていた。

 海は、銀のさざ波を光らせながら、目の前に青く広がっていた。

 オレたちは堤防の階段を下りて、岩だらけの磯に出た。押し寄せる白い波の間に、黒い岩の頭が点々とのぞいている。

「うーん、満ち潮だわ。海がこっちまで来てるなぁ」

 とみゅうが言った。俺は、ここの海は初めてだから、よくわからない。

「引き潮だと、ずっと向こうの方まで岩場になるから、歩いていけるのよ。でも、どうせ今のあたしには関係ないか。あたし、もう天使なんだもんね!」

 笑って、みゅうが駆け出した。俺の手を振り切って海へ向かう。

 俺はあせった。みゅうの手を放すと、俺の姿は急に人に見えるようになってしまう――。

 だけど、平日の海辺に人影はなかった。天気はいいけれど、風が強くて波が荒い。こんな日に海に遊びに来るような奴はいなかったんだ。

 みゅうが海に駆け込んで、岩伝いに、ひょい、ひょいと飛び移っていく。

「おい、危ないぞ!」

 声をかけると、みゅうがくるりと振り返った。

「だいじょぶよぉ! あたし、天使なんだもん。ほら、全然濡れないわ!」

 確かに波はみゅうの体を素通りしていく。濡れた岩の上で足を滑らせることもない。

 だけど、いつの間にかみゅうの服が変わっていた。青いタンクトップにショートパンツとウェストポーチ。

「濡れないって言ってるくせに、いかにも海で遊ぶ格好じゃないか、それ」

 指摘すると、みゅうが口を尖らせた。

「いいじゃない。あたし、着替えが大好きなんだもん。生きてた頃は毎日学校と勉強で、おしゃれなんか全然できなかったんだから」

 ああ、そういうことか。それで……。

 

 みゅうが海辺で遊ぶ。

 岩から岩へ飛び移り、押し寄せる波に海をのぞき込み、何かを見つけては歓声を上げる。

 俺はそれを追いかけられなくて、海岸に立って眺めていた。

 みゅうは本当に楽しそうだ。それを見ているだけで、すごく満ち足りた気持ちになる。

 空は青い。沖のほうから一羽のカモメが飛んでくる。

 白い羽が日差しに光る――。

 とたんに、俺は、ぎくりとした。

 違う。あれはカモメじゃない。鳥の頭や体がない。一対の羽だけがこっちへ飛んでくる。

 みゅうの翼だ!

 俺は愕然とした。

 翼から逃げるようにここに来たのに、翼のほうで追ってきた。

 翼はどこかに「ある」んじゃない。みゅうのいるところに「現れる」んだ――。

 俺は無我夢中で海に駆け込んだ。波が押し寄せて靴やズボンを濡らしても、それを気にする暇はなかった。翼が頭上に来る前に、かばうように、みゅうの体を抱きしめる。

「舜!?」

 みゅうは驚いた。翼に気がついていなかったんだ。大きな波が打ち寄せて、俺の全身がずぶ濡れになる。

 波が通り過ぎて目を上げたとき、空に翼はもう見えなかった。

「どうしたの、舜? あたし、波なんて平気だって言ってたのに」

 あきれたように尋ねるみゅうに、俺は返事をすることがができなかった――。

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