雨降る夜の窓辺。
みゅうは笑いながら涙ぐんで、それから溜息をついた。
「ホントに、どこにあるのかなぁ……あたしの翼。もう三日も探してるのに、全然見つからないんだもの。このままずっと見つからなかったらどうしよう。あたし、天国に行けないよね」
窓に座って、しょんぼりとうつむく。みゅうが座っても、窓の敷居はきしみもしなかった。
俺はそんなみゅうから目をそらした。
大丈夫、ちゃんと翼は見つかるさ――そう言ってやれば、みゅうは安心するだろう。そして、「ありがとう」って笑うだろう。
それはわかっているのに、どうしても言ってやれない。
すると、みゅうがまた立ち上がった。いつものようにくるりと回ると、その背中に羽が現れた。天使の翼じゃない。白いチョウチョの羽だ。
俺が目を丸くしてると、みゅうが苦笑いした。
「他の羽なら、こうやって出せるのよ。だけど、天使の翼だけはどうしてもダメ。自分で見つけ出さなくちゃいけないみたいなのよね」
チョウチョの羽は作り物のようだった。動くことも羽ばたくこともしない――。
それでも羽を見たくなくて、俺は玄関に向かって歩き出した。
「夕飯買いに、コンビニに行ってくるよ。今、俺んち、何も食いものがないんだ。みゅうは何がいい? 買ってきてやるから」
すると、みゅうが驚いたように目を見張った。すぐに大きく吹き出す。
「やだ。あたし、なにも食べられないよ! あたしの分なんか買ってくることないって――!」
そう言った顔は、今までで一番淋しそうに見えた。
ごめん、と言って部屋を出ようとすると、みゅうの声が追いかけてきた。
「舜、ありがとう」
振り向くと、みゅうの背中に、もうチョウチョの羽はなかった。
俺は何も言わずに部屋を出た――。
コンビニは俺のアパートから歩いて10分足らずのところにあった。しょっちゅう買い物をしている行きつけだ。弁当が並ぶ棚で夕飯を選ぶ。
最近あんまり食欲がなかったけど、今夜は久しぶりに腹が減った気がする。みゅうと一緒に歩き回ったからだな、きっと。
俺の隣では仕事帰りらしい二人のOLがスイーツを選んでいた。黄色い髪飾りをつけた方が、もう一人に言う。
「でさぁ、その子が帰ってきてから興奮して言うわけ。幽霊を見たんです、写真に撮りました! って」
俺は思わず聞き耳を立てた。それって、もしかしたら……
「幽霊? ホントに?」
相手が聞き返していた。
「本当みたい。中央公園の池のそばにいたんだって。みんなが幽霊だって大騒ぎしてカメラで撮っていたから、その子も自分の携帯出したら、本当に幽霊が見えたって話なのよ。写真も見せてもらったけど、本当に二人の幽霊が写ってるの。もう、事務所中みんなで大騒ぎよ」
げげ、やっぱりだ。俺とみゅうのことだぞ。
俺たちを撮った写真を見てるって? まずいな。俺、あの時と同じ服装だ……。
俺はそっとOLたちから離れて別の棚の前に移動した。話が気になって、店を出られない。
「二人もいたの? その幽霊」
「うん、どうも男女みたいなんだけどね。その子、走りながら携帯構えてたから、ボケボケでよくわかんないのよ。手をつないで走っていく二人の後ろ姿だけ、何枚も写ってたわ。ライブやってたホールに飛び込んで、それっきり消えちゃったんだって」
「へぇ……恋人の幽霊かなんかかな? ライブにすごい未練をもったまま死んじゃったとか?」
「心中した恋人同士だろうとか、公園の近くで交通事故で死んだ夫婦がいたとか、みんないろいろ話してたけどね。実際のところは、よくわからないわ」
OLたちは話しながらレジへ向かっていった。
俺はその場に残った。
どうやらばれずにすんだみたいだ――。
OLたちが店を出て行ったので、俺は安心してまた弁当を選び始めた。
幽霊かぁ……傍目(はため)には確かにそんな感じだよな。みゅうなんか特にそうだ。普通の奴らには姿が見えないし、さわることもできないし。ものを素通りするんだから、こんな弁当だって食えないもんな。
そういや、あいつ、もう三日も翼をさがしてるって言ってたっけ。その間、何も食ってないんだろうか。いくら天使でも大丈夫なのかな……?
その時、俺はふと気がついた。
初めて出会ったとき、みゅうは、自分が天使になったばかりだと言っていた。だから翼が見つからないんだ、と。
ってことはつまり、三日前に天使になったばかりだってことだよな?
じゃあ――それより前、あいつは何だったんだろう?
そもそも、天使ってどうやって生まれてくるんだ?
今まで考えたみたこともなかった疑問に、俺は茫然とした。
天使になる前――この街で翼を探し始める前。
みゅうはいったいどこで何をしていたんだ――?