ラブレターを書いた後、俺とみゅうはまた手をつないで街を歩いた。天使の翼をさがし続ける。
いつの間にか厚い雲は風に追い払われて、青空が広がり始めてた。空は明るいのに、俺の心は晴れない。きょろきょろとあたりを見回すみゅうを、複雑な気持ちで眺める――。
庭先でプランターに植物を植えている母子がいた。
「さあ、これでいいわよ。お水をあげてちょうだい」
母親に言われて、女の子が水道へ走った。赤いぞうさんの形のジョウロを持ってきて、プランターに水をまく。空の太陽がそれを照らす。
その様子を見るともなく見ていたみゅうが、突然、あっ、と声を上げた。
俺もぎょっとした。ジョウロの口からほとばしる水のしぶきが、日の光にきらめきながら広がっている。それは翼の形だった。
「あたしの翼!」
とみゅうは歓声を上げた。庭へ飛び込んでいこうとする。
みゅうの姿は見えない。みゅうの声は聞こえない。母子はみゅうには気がつかない――。
俺は思わずみゅうの手を強くつかむと、力を込めて引き戻した。みゅうが驚いたように俺を振り向く。
「舜?」
その間に女の子は水をまき終えてしまった。小さな子ども用のジョウロだったんだ。きらめく水の翼がジョウロの下から消えていく……。
またそちらを見たみゅうが、一瞬がっかりした顔をしてから、恥ずかしそうに笑った。
「やだ、見間違えちゃった。あそこに翼があったように見えたのよ」
いいや、見間違いなんかじゃない。翼は確かに俺にも見えたさ……。
でも、俺はそれをみゅうに言えなかった。
庭先で女の子が母親と話していた。
「ねえ、これ、いつになったら花が咲くの?」
「夏よ。いろんな色の苗を植えたから、咲いたらとてもきれいよ」
それを聞いて、みゅうが残念そうに言った。
「夏かぁ……。あたしはきっと見られないわね。もう翼を見つけて天国に行っちゃってるだろうから」
俺はまた、どきりとした。
花を見に来られないということは、天国に行けばもうここには来ないってことだ。
みゅうは、翼を見つけたら、もうここには戻ってこないんだ――。
じょうろの下にできた翼を見失っても、みゅうはまだ庭の母子を眺めていた。その姿が今にもどこかに消えてしまいそうで、俺はみゅうの手を離せなかった。
ちくしょう――なんだよ、これ。なんでこんな気持ちになるんだよ?
あふれてくる想いが自分で止められない。
すると、庭先の女の子が急に手を上げた。
「お母さん、見て。ほら、てんとう虫!」
ここからでは遠くて見えなかったけれど、そこに虫がとまったらしい。すぐに母子が視線を空に向ける。てんとう虫が飛びたったんだ。
とたんに、母子は歓声を上げた。つられて空を見た俺とみゅうも、あっと声を上げた。
雨が上がって晴れ間が広がってきた空。そこに鮮やかな虹がかかっていた。絵に描いたようにくっきりとした、七色の橋――。
すると、虹のそばに、みゅうの姿が見えた。手にてんとう虫を指輪のようにとまらせて、雲の上でほほえんでいる。その背中には白い翼が光っていた。
ありがと、舜。これでやっと天国に行けるわ。
みゅうの笑顔が、俺にそう言う……。
俺はぎょっとして、自分の隣を見た。
みゅうがいた。俺と手をつないだまま一緒に虹を眺めている。
もう一度空を見ると、そこにはもう、みゅうの姿は見えなかった。
錯覚だったんだ――。
みゅうが言った。
「もう夕方ね。今日も翼が見つからなかったなぁ」
ひどく淋しそうな声。でも、俺はそれに答えられなかった。なぐさめのことばが出てこない。ただ、みゅうの手を握り続ける。
すると、みゅうがにこっと笑った。
「夕方虹が出ると、次の日は晴れるのよね。明日はきっといいお天気よ。だから、明日こそあたしの翼も――」
俺は乱暴に話をさえぎった。
「夜になるから、今日はもうさがすのをやめよう。俺のアパートに来いよ。泊めてやるから」
とたんに、みゅうは目をまん丸にした。
「えぇ、舜の部屋に!? うっそ――マジ!?」
女子高生みたいな声を上げて、照れたようにもじもじし始める。
「おい、おまえ天使だろ? なんでそんなに恥ずかしがるんだよ?」
すると、しばらく迷ってから、みゅうが決心したように言った。
「うん、そうね。あたしの姿はどうせ舜にしか見えないんだし。誰も全然変になんて思わないわよね」
「だから、どうして天使がそんなにためらうんだって。天国の神様にでも叱られるのかよ」
すると、みゅうが俺の腕にしがみついて笑った。
「だぁってぇ。男の人の部屋に泊まるの、生まれて初めてなんだもん」
「ば、馬鹿! 誰かが聞いたら誤解されるようなこと言うな!」
そんな意味じゃないのに。
それはちゃんとわかっているのに――
俺の心臓はどきどきと早打ち始めていた。