翼を探して

朝倉 玲

Asakura, Ley

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8

 ラブレターを書いた後、俺とみゅうはまた手をつないで街を歩いた。天使の翼をさがし続ける。

 いつの間にか厚い雲は風に追い払われて、青空が広がり始めてた。空は明るいのに、俺の心は晴れない。きょろきょろとあたりを見回すみゅうを、複雑な気持ちで眺める――。

 

 庭先でプランターに植物を植えている母子がいた。

「さあ、これでいいわよ。お水をあげてちょうだい」

 母親に言われて、女の子が水道へ走った。赤いぞうさんの形のジョウロを持ってきて、プランターに水をまく。空の太陽がそれを照らす。

 その様子を見るともなく見ていたみゅうが、突然、あっ、と声を上げた。

 俺もぎょっとした。ジョウロの口からほとばしる水のしぶきが、日の光にきらめきながら広がっている。それは翼の形だった。

「あたしの翼!」

 とみゅうは歓声を上げた。庭へ飛び込んでいこうとする。

 みゅうの姿は見えない。みゅうの声は聞こえない。母子はみゅうには気がつかない――。

 俺は思わずみゅうの手を強くつかむと、力を込めて引き戻した。みゅうが驚いたように俺を振り向く。

「舜?」

 その間に女の子は水をまき終えてしまった。小さな子ども用のジョウロだったんだ。きらめく水の翼がジョウロの下から消えていく……。

 またそちらを見たみゅうが、一瞬がっかりした顔をしてから、恥ずかしそうに笑った。

「やだ、見間違えちゃった。あそこに翼があったように見えたのよ」

 いいや、見間違いなんかじゃない。翼は確かに俺にも見えたさ……。

 でも、俺はそれをみゅうに言えなかった。

 庭先で女の子が母親と話していた。

「ねえ、これ、いつになったら花が咲くの?」

「夏よ。いろんな色の苗を植えたから、咲いたらとてもきれいよ」

 それを聞いて、みゅうが残念そうに言った。

「夏かぁ……。あたしはきっと見られないわね。もう翼を見つけて天国に行っちゃってるだろうから」

 俺はまた、どきりとした。

 花を見に来られないということは、天国に行けばもうここには来ないってことだ。

 みゅうは、翼を見つけたら、もうここには戻ってこないんだ――。

 じょうろの下にできた翼を見失っても、みゅうはまだ庭の母子を眺めていた。その姿が今にもどこかに消えてしまいそうで、俺はみゅうの手を離せなかった。

 ちくしょう――なんだよ、これ。なんでこんな気持ちになるんだよ?

 あふれてくる想いが自分で止められない。

 

 すると、庭先の女の子が急に手を上げた。

「お母さん、見て。ほら、てんとう虫!」

 ここからでは遠くて見えなかったけれど、そこに虫がとまったらしい。すぐに母子が視線を空に向ける。てんとう虫が飛びたったんだ。

 とたんに、母子は歓声を上げた。つられて空を見た俺とみゅうも、あっと声を上げた。

 雨が上がって晴れ間が広がってきた空。そこに鮮やかな虹がかかっていた。絵に描いたようにくっきりとした、七色の橋――。

 すると、虹のそばに、みゅうの姿が見えた。手にてんとう虫を指輪のようにとまらせて、雲の上でほほえんでいる。その背中には白い翼が光っていた。

 ありがと、舜。これでやっと天国に行けるわ。

 みゅうの笑顔が、俺にそう言う……。

 俺はぎょっとして、自分の隣を見た。

 みゅうがいた。俺と手をつないだまま一緒に虹を眺めている。

 もう一度空を見ると、そこにはもう、みゅうの姿は見えなかった。

 錯覚だったんだ――。

 

 みゅうが言った。

「もう夕方ね。今日も翼が見つからなかったなぁ」

 ひどく淋しそうな声。でも、俺はそれに答えられなかった。なぐさめのことばが出てこない。ただ、みゅうの手を握り続ける。

 すると、みゅうがにこっと笑った。

「夕方虹が出ると、次の日は晴れるのよね。明日はきっといいお天気よ。だから、明日こそあたしの翼も――」

 俺は乱暴に話をさえぎった。

「夜になるから、今日はもうさがすのをやめよう。俺のアパートに来いよ。泊めてやるから」

 とたんに、みゅうは目をまん丸にした。

「えぇ、舜の部屋に!? うっそ――マジ!?」

 女子高生みたいな声を上げて、照れたようにもじもじし始める。

「おい、おまえ天使だろ? なんでそんなに恥ずかしがるんだよ?」

 すると、しばらく迷ってから、みゅうが決心したように言った。

「うん、そうね。あたしの姿はどうせ舜にしか見えないんだし。誰も全然変になんて思わないわよね」

「だから、どうして天使がそんなにためらうんだって。天国の神様にでも叱られるのかよ」

 すると、みゅうが俺の腕にしがみついて笑った。

「だぁってぇ。男の人の部屋に泊まるの、生まれて初めてなんだもん」

「ば、馬鹿! 誰かが聞いたら誤解されるようなこと言うな!」

 そんな意味じゃないのに。

 それはちゃんとわかっているのに――

 俺の心臓はどきどきと早打ち始めていた。

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