翼を探して

朝倉 玲

Asakura, Ley

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6

 人々に追われて、俺とみゅうは大きな建物に逃げ込んだ。カメラやスマホを構えた連中も後を追ってくる。

 とたんに建物の警備をしていた人たちに止められた。

「入場券を見せてください!」

 押し問答が始まる。

 俺とみゅうはそれを背後に聞きながら、さらに建物の奥へ進んだ。大きな扉を開けて中に入る――。

 

 とたんに、ギャーンッとものすごい音が耳を打った。エレキギターの音だ。

 真っ暗な会場のステージでスポットライトを浴びながら歌う女性がいた。黒っぽい派手な衣装でギターを弾き、マイクを振り回して熱唱している。彼女がステージで跳ねるたびに、胸元でクリスタルのネックレスがきらめく。

 ステージ奥でちかちかとまたたく、NE・N・NE という文字。ロック歌手のライブ会場に飛び込んだんだ。

 うひゃ、うるせぇっ――!

 ところが、みゅうは俺の隣で目を輝かせていた。

「すごぉい……! あたし、こんなの初めて! 楽しそう!」

「楽しい? うるさいの間違いだろう? 俺、音が大きな場所は苦手なんだよ」

 すると、みゅうが笑った。

「いいじゃない。外に出たらまたあの人たちに見つかるかもしれないんだもん。もう少しここに隠れていようよ」

 会場の音がものすごいので、俺の耳許で言う。みゅうのかわいい顔が間近に来て、思わずどぎまぎした。

 ライブはますます盛り上がっていった。ステージの熱唱が続く。歌手のハスキーな歌声、バンドの激しい演奏。いつの間にか観客は一人残らず席を立ち、歌いながら踊り出していた。ステージと客席が一つになって、飛び跳ねながら踊り歌う。熱気が会場で渦を巻く。

 俺とみゅうも、いつの間にかその渦に巻き込まれていた。手をつなぎながら、飛び跳ね、うろ覚えで繰り返しの歌詞を歌う。そうすると、不思議な感じがした。めくるめくような高揚感が体の底から湧き上がる――。

 俺と手をつなぎ、一緒に飛び跳ねながら、みゅうが笑った。

「楽しいね、舜! ステキだね!」

 その笑顔は本当に嬉しそうだった。少しの陰りも淋しさもない。

 俺はみゅうの手を握り返した。いっそう高く飛び跳ねてみせる。みゅうがまた笑って一緒に跳ぶ。

 熱いライブ会場。誰にも見えない姿のままで、俺たちは踊り続けた――。

 

 ライブが終わって外に出ると、俺たちを追いかけていた奴らはもういなくなっていた。

 空は厚い雲におおわれて、今にも雨が降り出しそうに見える。

 と思っている間に、本当に降り出した。灰色の雨粒が落ちてきて、あたりの景色をセピア色に染める。

「舜、傘をささなくちゃ」

 とみゅうが言った。姿は人から見えなくなっていても、俺はちゃんと存在している。俺の髪や服は雨に濡れ始めていた。

 俺はあわてて答えた。

「すぐやみそうだから、大丈夫だよ。傘なんていらないって」

 ライブで元気になったみゅうが、また淋しそうな顔に戻ってたからだ。

 雨はみゅうの上にも降りかかる。だけど、みゅうが濡れることはない。雨はみゅうの体を素通りしていく。

 すると、みゅうが俺の手の下で、くるりと回った。その服がたちまち変わって、青い振り袖姿になる。

 意外な格好に俺が驚いていると、みゅうが言った。

「さっき、街のショーウィンドウで見て、いいなぁって思ってたの。はい、どうぞ」

 手にしていた和傘を広げて、俺の上にさしかけてくる。雨は傘も素通りしてくる――。

「気は心よ。傘さしてると、なんとなくマシな気がするでしょう?」

 とみゅうが笑った。

 どこか楽しそうに。どこか淋しそうに。

 雨は俺の体を濡らし続ける。

 だけど、俺は傘の下にいた。

「みゅうの傘は青空の色だな」

 と言うと、みゅうがまた笑った。今度はとても嬉しそうに。

 雨が降り続けるセピア色の街。傘の花がいくつも歩道に咲く。和傘をさす奴なんか他にはいないけれど、人は誰も俺たちを振り返らない。

 傘にぶつからないように、少し前屈みになって、俺は歩き始めた。雨が服を濡らしても、少しも気にならなかった。

 このままずっと降り続ければいい――。

 ひとつ傘の下、みゅうと同じ歩調で歩きながら、俺はそんなことを考えていた。

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