人々に追われて、俺とみゅうは大きな建物に逃げ込んだ。カメラやスマホを構えた連中も後を追ってくる。
とたんに建物の警備をしていた人たちに止められた。
「入場券を見せてください!」
押し問答が始まる。
俺とみゅうはそれを背後に聞きながら、さらに建物の奥へ進んだ。大きな扉を開けて中に入る――。
とたんに、ギャーンッとものすごい音が耳を打った。エレキギターの音だ。
真っ暗な会場のステージでスポットライトを浴びながら歌う女性がいた。黒っぽい派手な衣装でギターを弾き、マイクを振り回して熱唱している。彼女がステージで跳ねるたびに、胸元でクリスタルのネックレスがきらめく。
ステージ奥でちかちかとまたたく、NE・N・NE という文字。ロック歌手のライブ会場に飛び込んだんだ。
うひゃ、うるせぇっ――!
ところが、みゅうは俺の隣で目を輝かせていた。
「すごぉい……! あたし、こんなの初めて! 楽しそう!」
「楽しい? うるさいの間違いだろう? 俺、音が大きな場所は苦手なんだよ」
すると、みゅうが笑った。
「いいじゃない。外に出たらまたあの人たちに見つかるかもしれないんだもん。もう少しここに隠れていようよ」
会場の音がものすごいので、俺の耳許で言う。みゅうのかわいい顔が間近に来て、思わずどぎまぎした。
ライブはますます盛り上がっていった。ステージの熱唱が続く。歌手のハスキーな歌声、バンドの激しい演奏。いつの間にか観客は一人残らず席を立ち、歌いながら踊り出していた。ステージと客席が一つになって、飛び跳ねながら踊り歌う。熱気が会場で渦を巻く。
俺とみゅうも、いつの間にかその渦に巻き込まれていた。手をつなぎながら、飛び跳ね、うろ覚えで繰り返しの歌詞を歌う。そうすると、不思議な感じがした。めくるめくような高揚感が体の底から湧き上がる――。
俺と手をつなぎ、一緒に飛び跳ねながら、みゅうが笑った。
「楽しいね、舜! ステキだね!」
その笑顔は本当に嬉しそうだった。少しの陰りも淋しさもない。
俺はみゅうの手を握り返した。いっそう高く飛び跳ねてみせる。みゅうがまた笑って一緒に跳ぶ。
熱いライブ会場。誰にも見えない姿のままで、俺たちは踊り続けた――。
ライブが終わって外に出ると、俺たちを追いかけていた奴らはもういなくなっていた。
空は厚い雲におおわれて、今にも雨が降り出しそうに見える。
と思っている間に、本当に降り出した。灰色の雨粒が落ちてきて、あたりの景色をセピア色に染める。
「舜、傘をささなくちゃ」
とみゅうが言った。姿は人から見えなくなっていても、俺はちゃんと存在している。俺の髪や服は雨に濡れ始めていた。
俺はあわてて答えた。
「すぐやみそうだから、大丈夫だよ。傘なんていらないって」
ライブで元気になったみゅうが、また淋しそうな顔に戻ってたからだ。
雨はみゅうの上にも降りかかる。だけど、みゅうが濡れることはない。雨はみゅうの体を素通りしていく。
すると、みゅうが俺の手の下で、くるりと回った。その服がたちまち変わって、青い振り袖姿になる。
意外な格好に俺が驚いていると、みゅうが言った。
「さっき、街のショーウィンドウで見て、いいなぁって思ってたの。はい、どうぞ」
手にしていた和傘を広げて、俺の上にさしかけてくる。雨は傘も素通りしてくる――。
「気は心よ。傘さしてると、なんとなくマシな気がするでしょう?」
とみゅうが笑った。
どこか楽しそうに。どこか淋しそうに。
雨は俺の体を濡らし続ける。
だけど、俺は傘の下にいた。
「みゅうの傘は青空の色だな」
と言うと、みゅうがまた笑った。今度はとても嬉しそうに。
雨が降り続けるセピア色の街。傘の花がいくつも歩道に咲く。和傘をさす奴なんか他にはいないけれど、人は誰も俺たちを振り返らない。
傘にぶつからないように、少し前屈みになって、俺は歩き始めた。雨が服を濡らしても、少しも気にならなかった。
このままずっと降り続ければいい――。
ひとつ傘の下、みゅうと同じ歩調で歩きながら、俺はそんなことを考えていた。