「行こう、舜……」
みゅうに声をかけられて俺は我に返った。父子はもう公園からいなくなっていた。
俺たちもまた翼をさがして公園を歩き出した。翼なんか、どこにも見当たらない――。
公園のはずれの池の前で子どもが二人騒いでいた。
「返して! 返してよぉ!」
黄色い幼稚園の制服を着た女の子と男の子だ。女の子が男の子から水色の手提げバッグを取り返そうとしている。男の子は笑いながらバッグを振り回してる。
ははん、からかってるんだな。よく見る光景だ。
そう言う俺だって、うんとガキの頃にはこういうことをした覚えがある。どうしてか、気になる女の子にやったっけ……。
みゅうのほうは、やんちゃな男の子に腹を立てたようだった。怒った顔で見ていたけれど、突然、「あっ」と声を上げた。男の子が振り回した拍子に、バッグが手から外れて飛んでいったからだ。
バッグはスイレンが白い花を咲かせている池に落ちた。ぱしゃん。波紋が水面に広がる。
男の子は顔色を変えた。
「お母さんが買ってくれたのに――!」
と女の子が泣き出す。
みゅうが俺に訴えた。
「ねえ、舜! 拾ってあげて!」
「えぇ? 無茶言うなよ。あんな場所、俺にだって届かないぞ。近くに長い棒も落ちてないし、池に入っていくしかないじゃないか」
「いいから、早く! バッグが沈んじゃうじゃない!」
「あのなぁ、この池、底に泥がすごくたまってるんだぞ。こんなところに入っていったら、ずぶ濡れの泥だらけだ。できるかよ」
俺とみゅうが言い争ってると、急に水音がした。驚いて振り向くと、男の子が池に入っていくところだった。底の泥に足がめり込んでいって、たちまち膝上まで水に沈む。
それでも、その子は池の中を進んでいった。通った後に、泥水が煙のように湧き上がる――。
とうとう男の子はバッグを拾い上げた。白い花模様の水色のバッグ。またざぶざぶと戻ってきて、黙って女の子に差し出す。
女の子は涙のたまった目をまん丸にして驚いていた。池から上がってきた男の子は、足も靴も靴下も、みごとに泥で真っ黒だった。
男の子がバッグを女の子に押しつけて歩き出した。泥の足跡を残しながら、公園を出ていく。
女の子は濡れたバッグを抱いて見送っていたけれど、やがて後を追って駆け出した。泥だらけの男の子に追いついて、並んで歩き出す。何か話しかけたようだった。男の子がそれに答えている――。
「よかった」
とみゅうがつぶやいた。
「だって、あたしでは拾ってあげられなかったんだもん。あたし、地上のものにはさわれないから」
何かに胸を突かれた気がして、俺はみゅうを見た。
みゅうは、淋しそうな笑顔で二人の子どもを見送っていた――。