俺と天使のみゅうは翼をさがして歩き回った。街の表通り、裏通り、店の中……。
でも、そのうち困ったことが起きてきた。みゅうと違って俺の姿はみんなに見えているから、やたらときょろきょろしてる俺に、周りの連中がすごく変な目をするんだ。店の中では店員に思いきり怪しい顔をされた。
「おい、まずいぞ、みゅう。俺、そのうち警察に通報されるかも」
そう訴えたら、みゅうがちょっと考えて言った。
「あたしと手をつないでみよう。天使が持ってるものは誰にも見えなくなるんだもの。きっと舜もそうなるかも」
物陰で俺の手をとって、また大通りに出て行く。みゅうの言うとおりだった。今度は誰も俺の方を見ない。俺なんか存在しないように、どんどん通りすぎていく。
「やったね。さ、また翼をさがそ」
そう言って俺の手を握りしめたみゅうの手は、何故だかひやりと冷たかった――。
公園のベンチに寝ているヤツがいた。
分厚いメガネをかけた中年のおっさん。まだ昼間だっていうのに、通勤鞄を枕にして、ぐうぐういびきをかいてやがる。ちぇ、かっこ悪いよなぁ。こういう人間にだけは絶対なりたくないぞ。
見えないのをいいことに、すぐ近くからのぞきこんで考えていたら、みゅうが言った。
「やだぁ、この人。こんな時間から酔っぱらってるの? 最低のオヤジね!」
同意見。でも、天使がそんなにはっきり言っていいのか?
すると、そこに高校の制服を着た男の子が近づいてきた。ベンチのオヤジを揺すぶって声をかける。
「父さん、起きろよ。こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
およ。このオヤジの息子かよ?
オヤジは目を覚ましてベンチに起き上がった。
「ああ、健一か……。帰る途中でちょっとひと休みしたら、いつのまにか寝ていたな」
恥ずかしそうに頭をかく。
息子がその隣に座って言った。
「疲れてるんだろう、父さん……。毎日夜勤の上に、残業までしてきてさ。リストラされて職場が変わったから、仕事にも慣れてないんだろうし。俺さ、別に就職してかまわないんだぜ。卒業しても大学に行かないことにすれば、父さんだってそんなに無理して働くことは――」
「馬鹿もん。子どもが金の心配なんかするんじゃない」
とオヤジが笑った。
「おまえだって志望校目ざしてずっとがんばってきたんだ。ここであきらめてどうする? 父さんは大丈夫だよ。あんまり天気が良くて暖かかったから、ついうとうとしちまっただけさ」
オヤジは確かに疲れた顔をしていた。それでも、分厚いメガネの奥から、息子に笑いかけている。
わかった、と息子も明るい顔になった。
「じゃ、俺、これから塾だから。父さんもちゃんと家に帰って寝ろよ」
「わかったわかった」
父子はベンチから立ち上がった。それぞれ別の出口から公園を出て行く。
俺とみゅうは、それを見ながら、何も言えなくなっていた――。