翼を探して

朝倉 玲

Asakura, Ley

前へ

2

 俺があたりを見回していると、近くで音がした。がさがさ……茂みが揺れる音だ。

 見ると、白い花が満開になった生け垣の前に女の子がいた。髪を二つに結って、ちょっと派手な花柄のタイツをはいている。高校生くらいかな……? けっこうかわいいぞ。

 その子は髪を枝に引っかけていた。髪の毛を引っ張りながら怒った声を出してる。枝が高くて手が届かないらしい。

 ま、それも俺には関係なんて――

 ないんだけど、つい、俺はその子のそばに行った。黙ったまま、枝から髪の毛をはずしてやる。

 たちまち女の子は目をまん丸にした。ちぇ、変なヤツだと思われたかな。親切心でやったのに、変態や痴漢呼ばわりされたらたまらないぞ。

 いそいでその場を離れようとすると、突然その子が俺の腕をつかんだ。

「待って! あなた――あたしが見えるの!?」

 ホントにもう、なんなんだよ今日は。どうしてこう変なことを言うヤツにばかり会っちまうんだ?

 すると、その子は驚いたようにまた目を見張った。

「ちゃんとつかめる! あなた、本当にあたしが見えるんだわ。すてき!!」

 俺は思わず何も言えなくなった。笑いかけてきたその子の顔が、とびきり嬉しそうだったから――。

 

 女の子が身を乗り出して俺を見上げた。

「お願い、あたしと一緒に翼をさがして。あたし、天使なのよ。でも、翼が見つからないの」

 て・ん・し?

 俺は心の中で繰り返した。

 人をからかうな、と言おうとしたのに、やっぱり声が出なかった。だって、その時、俺は気がついてしまったから。

 俺の腕を両手でしっかりつかんでいる、見ず知らずの女の子。その子の頭の上には、金に輝く輪っかが浮かんでいたんだ――。

 俺が自分の目を疑っていると、その子が急に駆け出した。通りを歩いてくる通行人に向かっていく。

 危ね、ぶつかる――!

 つい声を上げたとたん、その子の体は通行人をすり抜けた。まるで幽霊みたいに。通行人はまったく気がつかない。大声を出した俺を、変な顔で見ながら通りすぎていく。あの子が全然見えてないんだ……。

「ね、今度は信じられた?」

 女の子が戻ってきて言った。

「あたし、天使になりたてなの。翼がないから、まだ空を飛べないのよ。どこかにあたしの翼が隠してあるから、見つけなくちゃいけないの。そうしないと、あたし、天国に行けないんだもの」

 ははぁ。要するにそれが天使になる試験なんだな。

 本当に馬鹿馬鹿しいくらいありえない状況なのに、俺はどうしてか納得していた。

 その子は話し続ける。

「あたしが見える人がいてくれて本当によかったわ。あたし一人では、どこをどうさがしたらいいか全然わかんなかったんだもの。ね、お願い! あたしと一緒に翼をさがして!」

 その子があんまり真剣なんで、俺はとうとう承知してしまった。

 まあいいか。この後、何をするって予定もなかったんだしな――ずっと。

 

 とりあえず、俺はその子と一緒に歩き出した。

 翼なんてそうそう落ちてるもんでもないから、あればすぐに気がつくだろう。そんな軽い気持ちだった。

 すると、その子がまた急に駆け出した。通りの通行人を少し追いかけてから言う。

「この人の格好、すてきよね。真似しちゃおう」

 くるりとその場で回転すると、彼女の服が変わっていた。白いレースの半袖に黒いフリルのスカート、ちょっと派手な青いタイツと黒いブーツ……

「ね、どう? 似合う?」

 得意そうに笑ってポーズをとる。

 たく。今時の天使ってのはこんな感じなのか?

 俺があきれていると、今度はその子が、ぷっとふくれた。

「どうして何も言ってくれないの? あたしの格好、そんなにおかしい?」

 いや、似合ってるよ。かわいいけどさ――

 すると、その子がまた笑った。

「かわいい? ホントに? 嬉しいっ!」

 とびきりの笑顔がいっぱいに広がる。――マジでむちゃくちゃかわいかった。

 また何も言えなくなった俺に、その子が言った。

「あたし、みゅうよ。あなたの名前は?」

「……舜(しゅん)だよ」

 気がつかないうちに、俺はそう名乗っていた。

トップへ戻る