サンタ・ピエロ

朝倉 玲

Asakura, Ley

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12

 その次の日。俺は街中を探しに探し回って、街外れでようやくサンタピエロを見つけた。

 ピエロは教会に入っていく。

 俺は後を追いかけた。

 

 クリスマス当日だったけれど、礼拝が終わった礼拝堂は静かだった。サンタピエロはひとりで長椅子に座って背中を丸め、祈るように手を組んでいた。その肩にハムスターのぬいぐるみはない。

 俺は近づいていって、声をかけた。

「よう、サンタピエロ。昨日はありがとう――」

 ピエロは俺を見上げた。

「やあ、高山君。無事で本当に良かった。でも、君はプレゼントをもらってしまったのに、まだぼくが見えるんだね」

 俺はちょっとためらってから、ポケットからハムスターのぬいぐるみを出した。

「これ、あんたのだろう? あのクリップの箱から出てきたんだよ」

 サンタピエロは驚いた顔をすると、両手でぬいぐるみを受けとった。

「急に見えなくなったから、どこに行ってしまったんだろうと思っていたんだ。そうか、君のところへ行っていたんだね。わざわざ届けにきてくれたんだ。ありがとう」

 大切そうな手つきで、ぬいぐるみをまた肩に戻す。

 俺はピエロに話し続けた。

「街であんたに会ったことがある、って言う娘(こ)に会ったぜ。もえって名前で、昔あんたにトナカイのそりに乗せてもらったってさ。覚えてるかい?」

「もちろん覚えているよ。ぼくから初めてプレゼントをもらってくれた子だからね。友だちの見送りに間に合わないって泣いていたから、駅まで送ってあげたんだ。へえ、そうか。もえちゃんに会ったの。きっともう大きくなったんだろうなぁ」

 懐かしそうにピエロが言って、肩のぬいぐるみをなでる。

 俺はまたためらってから、思い切って聞いてみた。

「そのハムスター、あの写真の娘さんのものなんだろう? なんでいつも肩に載せてるんだ? あの子は今、どうしているんだよ?」

 なんとなく、そこにピエロがプレゼントをする理由があるような気がしていた。いつだって、プレゼントを配るピエロは、嬉しそうで淋しそうなんだ。

 ピエロはすぐには答えなかった。でも、俺が待ち続けると、ようやく話し出した。

 長い長い話だった……。

 

「ぼくはね、本当はサンタなんかじゃないんだ。君と同じ、普通の人間だよ。ただ、親がたくさん財産を残してくれていた。奥さんと娘もいた。特に苦労することもなく、のんびりと暮らしていたよ。

「そんなある年、ぼくは思い立ったんだ。そうだ、奥さんと娘に最高のクリスマスプレゼントを贈ってあげよう。ふたりがびっくりして、笑って喜ぶような、すごいプレゼントを見つけよう、ってね。その時から、世界中を旅して回ったよ。なにしろ、ちょっとやそっとのものじゃ驚かせられないと思ったからね。いろんな場所に行って、不思議なものをたくさん買い集めた。何年もかけて、最後には百個近くも集まったよ。なにしろ、お金だけはたくさんあったからね。

「最後に手に入れたのは、サンタのそりの試乗券付き靴下だった。もえちゃんにあげたやつだよ。北欧で本物のサンタクロースから買ったんだけど、その時に言われたんだ。『この袋をあげるから、プレゼントを入れて、家族のところに帰ってあげなさい』ってね。これは魔法の袋で、中にプレゼントがいくらでも入るんだ。

「ぼくは意気揚々と家に帰ったよ。奥さんと娘を大喜びさせようと思ってね。そして、遅すぎたことを知ったんだ。ぼくの集めたものは役に立たなくなっていた。だって、死んだ人を生き返らせるプレゼントなんてものは、なかったからね……。

「ぼくの家は空っぽだった。ただ、部屋の隅っこに、このぬいぐるみが忘れられてた。娘がチッピィって名前をつけて、かわいがっていたんだ。庭では奥さんが大事にしていたバラが咲いていた。ぼくはその家で何ヶ月もの間ぼんやりしていたけど、そのうちに思いついた。誰ももらう人がいなくなったプレゼント。これをたくさんの人たちに配って、その人たちに喜んでもらおう。そうすれば、娘たちだって喜ぶはずだ、ってね。

「サンタからもらった袋はね、頼むと、プレゼントの受け取り主に一番ふさわしい人のところへ案内してくれるんだよ。その人以外にぼくの姿は見えなくなる。最初はそれを知らずに街頭で呼びかけて、プレゼントを配れなくて苦労したっけなぁ。ピエロの恰好をしたのは、みんなに喜んで笑ってほしかったから。娘のチッピィと奥さんのバラは、いつもぼくと一緒さ。あの後、家は庭ごと手放してしまったから、奥さんのバラもなくなってしまったんだけどね、この1輪だけはぼくと一緒にプレゼントを配ってきたんだよ」

 そう言って、ピエロは自分の肩と胸を見た。肩にはハムスターのぬいぐるみ。胸には枯れないように加工された赤いバラの花が挿してある。

「その眼鏡は?」

 と俺は聞いてみた。ピエロの表情を隠す、分厚い丸い眼鏡。

「これは照れ隠しだよ。だって、いつだって、プレゼントをもらってもらえると、ぼくは泣いてしまうからね――」

 とピエロは言う。恥ずかしそうに。淋しそうに。

 

 話がとぎれた。

 礼拝堂の中は冷え切っていて静かだ。

 やがて、ピエロがまた言った。

「でも、これももう、あと1年で終了だよ。集めたプレゼントがもう少しでなくなるんだ。たぶん、来年のイブで終わりだな」

 俺は、どきりとした。

「サンタピエロは終わりってことか? そしたら、その後、あんたはどうするんだよ?」

「さあ、どうしよう? プレゼントを配って喜んでもらうことしか、考えてこなかったからなぁ」

 とピエロは言った。

 それから、少し考えて、また続ける。

「でも、君にプレゼントをもらってもらえて嬉しかったよ。君は本当は悪い子なんかじゃないよね。ただ少し淋しかっただけなんだ」

 俺の目からいきなり涙があふれた。

 馬鹿野郎――なんでここで俺のことなんか――!

 

 だけど、それに答える声はなかった。

 教会の椅子から、サンタピエロの姿は消えていた。

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