サンタピエロ! サンタピエロ、どこだ!?
クリスマスイブの街の中を、俺は必死に探し回っていた。全力疾走する俺を、通行人が驚いて振り向く。だけど、ピエロは見つからない。
どこだよ、サンタピエロ! 出てきてくれよ!!
すると、人が集まっている和菓子屋があった。クリスマスに客が集まるような店じゃないのに――そう思ったとたん、俺はひらめいた。
きっとあそこだ!
人垣のほうへ走り寄る。
和菓子屋には「準備中」の札が下がっていて、中から大笑いの声が聞こえていた。通行人は笑い声を不思議に思って立ち止まっていたんだ。
「この店、最近景気が悪くて、雰囲気が暗かったんだけどねぇ」
と野次馬のひとりが言う。
すると、店の奥から突然元気な男の声が響いてきた。はいっ、と大勢が答える声も聞こえる。
じきに女性店員が店に出てきて入口を開け、集まっていた人々に呼びかけた。
「お客さま、お待たせして申しわけございませんでした! どうぞお入りください!」
店員の元気な笑顔につられて、なんとなく野次馬たちが店に入っていった。入ったからには商品を眺めて買い物を始める――。
俺は店の横の小道に飛び込んだ。きっといる! サンタピエロはここだ!
案の定、緑の服のピエロが、店の裏から離れていくところだった。そのまま小道から抜けていく。
「待ってくれよ、サンタピエロ!」
すると、ピエロは立ち止まって振り向いた。俺を見てびっくりする。
「君は高山君。どうしたの、そんなにあわてて?」
俺はピエロに飛びついた。やっと見つかった安心感で、今にも泣き出しそうになる。
「助けてくれよ、サンタピエロ! 俺、殺されるかもしれないんだ――!」
ピエロはたちまち真剣な顔になった。眼鏡で顔が見えなくたって、俺にはわかったんだ。
「何があったんだい?」
と聞いてくれる。
「俺……今までずっと、喧嘩ばかりしてきたんだよ。学校に逆らうヤツはいなくなったけど、頼られるからさ。ダチやダチの知り合いのために、他の学校のヤツともやり合ってきたんだ。そうしたら、S高のヤツらがヤバイ助っ人を呼んできてさ――。やくざに半分足突っこんでるようなヤツで、ナイフを持ってるんだよ! 俺を呼んだダチは、そいつが来るとわかったら、ぶるって逃げちまった。でも、俺はこれから、そいつとやり合わなくちゃいけないんだ。どうしよう、サンタピエロ! 俺、刺されて殺されちまうよ――!」
話しながら、俺は本当に泣き出していた。今さらながら自分の愚かさが骨身にしみる。なにがダチのためだ。危なくなったらさっさと逃げるようなヤツらが友だちだったもんか。
さんざん悪いコトしてきた俺だから、警察だって助けちゃくれない。親はそんな俺にあいそをつかして、「早く家を出て行け」って言っている。殺されそうだ、なんて話したって、やっかい払いができると喜ばれるだけなんだ。
俺は混乱しながら、そんな話をしていた。自分でどうしていいのかわからなかった。わかっていたことは、たったひとつ。俺は本当は喧嘩なんか怖くて大嫌いだったんだ、ってこと――。
すると、俺の目の前に白い袋が突き出された。目をあげると、涙で白っぽくなった世界でピエロが言った。
「ようやく君にもプレゼントがあげられるね。袋の中のものを取ってごらん」
ピエロの声は強くて優しい。
袋から出てきたのはヘアクリップだった。ピンク色のプレゼントの箱をかたどった、かわいい飾りがついている。
とまどう俺にピエロは言った。
「それをつけて呼び出された場所に行ってごらん。大丈夫、きっとうまくいくから」
俺はおそるおそるヘアクリップをつけた。金髪に染めた不良の頭にピンクのプレゼントボックス。なんだかもう、本当に珍妙な姿だよな。
だけど、俺はピエロのことばを信じた。勇気をふるって決闘場所に向かう。
街外れの工場跡地。人気のない場所に雪が降り出す。ちきしょー、雰囲気満点だな。
向こうの連中は5人もいた。そのうちのひとりが助っ人だ。
「なんだ、おまえひとりで来たのかよ、高山」
S高の連中が俺をあざ笑う。
「どれ、やろうぜ、高山とかよ」
と助っ人が進み出てきた。その手にはサバイバルナイフ。目が笑いながら冷たく光る。ヤバイヤバイ、こいつ本当に危ないぞ――! 俺の本能が悲鳴のように警告してくる。
とたんに、俺の頭の上から歌が流れ出した。
♪ジングルベール ジングルベール 鈴がーなるー……
敵は驚いて立ち止まった。
俺もびっくり仰天した。歌は、頭のヘアクリップから聞こえていたんだ。
「何ふざけてやがる! それを止めろよ!」
連中が言ったが、俺には止め方がわからなかった。
クリップからは次々とクリスマスソングが流れてくる。
♪きーよしー こーのよるー……
♪もーろーびとー こぞーりーてー……
♪アイム ドリーミング オブ ザ ホワーイトクリスマス……
「やめろって言ってんだよ! 頭おかしいのか、てめえ!?」
相手が顔を真っ赤にしたのを見て、俺は焦った。やばいぞ、本気で怒らせた。
だけど、やっぱり歌は止まらない。
♪まっかなお鼻の トナカイさんは いつもみんなの笑いもの……
ついに相手は飛びかかってきた。ナイフの刃がぎらりと白く光る。
すると、クリップから流れる音が変わった。
ファンファンファンファン――!!!!
パトカーのサイレン!?
同時に空き地の入り口から声が聞こえた。誰がベルを鳴らして叫んでいる。
「喧嘩です! 喧嘩ですよ、お巡りさん! こっちです、早く――!」
サンタピエロの声だ。
S高の連中や助っ人は顔色を変えた。
「やばい、ずらかるぞ!」
あっという間に逃げていって、工場跡地には誰もいなくなった。
俺は、へたへたとその場に座り込んだ。
助かった。助かったんだ。
ほっとしたら、また涙が出てきた。
お巡りを呼ぶサンタピエロの声はもう聞こえなかった。俺を助けるために嘘をついてくれたんだ、とやっと気がつく……。
ところが。
ヤバイ喧嘩から助かっても、クリップの音は止まらなかった。サイレンはすぐにやんだけれど、またクリスマスソングが流れ出したんだ。
どうしたら止まるかわからない。クリップもどうしても外れない。俺はクリスマスメドレーと一緒に通りを歩くことになった。
♪ハーレルヤ ハーレルヤ ハレルヤハレルヤ ハレールーヤー……
通行人が俺を振り向いては、くすくすと笑う。
たまりかねて、俺は駆け出した。サンタピエロ、これ、どうしたらいいんだよぉ……!?
とたんに通りがかりの女子高生にぶつかってしまった。
ふたりもつれて歩道に転ぶ。
その拍子にサングラスが飛び、頭からはヘアクリップが外れた。ありがたいことに、音楽もようやく止まる。
ところが、クリップが歩道に落ちると、飾りのプレゼントボックスがいきなり開いて、中からハムスターのぬいぐるみが転がり出てきた。
あれ、これはサンタピエロがいつも肩に載せていたヤツだ。なんでこんなところに――?
ぬいぐるみは女子高生の手元に転がっていった。驚いたように俺とそれを見比べる。
「うわ、えっと、そ、それは……」
俺があわててぬいぐるみを拾おうとすると、女の子のほうが先にそれを手に取った。しげしげと見つめてから、俺に言う。
「あたし、これを覚えているわ。もしかして、あなたもサンタピエロに会ったの?」
「えっ?」
俺は呆気にとられて彼女を見つめ返した――。