サンタ・ピエロ

朝倉 玲

Asakura, Ley

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13

 次の年のクリスマスイブ、俺はまた街中でサンタピエロを探した。

 探して探して、もう夕方になるって頃に、ようやく人気のない公園でピエロを見つけた。

 

 ピエロはベンチにひとりで座っていた。足元には白い袋。

 俺が前に立つと、驚いたように見上げてきた。

「高山君じゃないか。君、まだぼくが見えるのかい?」

 言ってから、ピエロは急に苦笑した。

「ああ、いや、ぼくのほうが見えるようになっただけか。ついさっき、最後のプレゼントを配り終わったんだ。サンタピエロはこれで本当に店じまいだよ」

 淋しそうな笑顔。

 俺は持っていた赤い靴下を急いでピエロに差し出した。

「プレゼントだよ、あんたへの。あんた、みんなにプレゼントをやったのに、自分には何ももらってないもんな」

「プレゼント?」

 ピエロは意外そうに言った。靴下から出てきた小さな機械に、また不思議そうな顔になる。

「ボイスレコーダーだよ。あんたが今までプレゼントをやった人のメッセージが入ってる。あんまり大勢だったから、全員は無理だったけどな。でも、50人分くらいは集まったんだぜ」

「ぼくがプレゼントをあげた人のメッセージ?」

 とピエロはますます驚いた。俺に促されて、再生ボタンを押す。

 

 最初に流れてきたのは若い男の声だった。

「サンタピエロさん、こんにちは! 公園で結婚式を挙げた筒井です。覚えていますか? あの時は一生の思い出をありがとうございました。先月ふたり目の子どもが生まれました。近くに住んでいるので、ぜひ遊びに来てください!」

「あのときの彼か」

 とピエロは驚いたように言った。

 ボイスレコーダーから、今度は、はにかむような若い女の声が流れた。

「サンタピエロさん、お久しぶり。あたし、浜島です。えっと、あたし、大学を卒業しました。でも、まだ彼とは会っていますよ」

 すると、元気な男の声が続けて言った。

「やあ、サンタピエロ! 彼女と仲よくなるきっかけをくれてありがとう! 彼女、すごく気がきいて優しいんだぜ! 俺もう、めろめろさ!」

 もう、久保君ったら、と女の声が恥ずかしがっている。

 次は年配の女の声だった。

「サンタピエロさん、あの時はスカートをありがとう。今でも愛用してますよ。おかげさまであれから全然腰痛知らず。この前なんか、息子たちと山に登ってきましたよ」

 ほほほほ、と笑う声。

 

 声は次々流れ続けた。

 男の声。女の子の声。また男の声。

「サンタピエロさん、あの時はネックレスをありがとうございました。あれから彼女とはなんでも話し合うようにしています。なんとか就職もできました。来年、結婚するんですよ。ぼくたちの結婚式にはぜひ出てください」

「えぇと、えぇと――サンタピエロさん。あたしだよ。みゆきだよ。あたし、2年生になったよ。ユーキーとも仲よくしてるよ。サンタピエロさんも元気でいてね」

「サンタピエロさん、和菓子屋の社長です。あの時は本当にお世話になりました。あの後、社員一同で作り出したお菓子が大ヒットしましてね。注文が多すぎて、製造が間に合わないほどになっています。新作菓子には『サンタピエロの笑顔』という名前をつけさせていただきました。ぜひ店に食べにおいでください」

 ありがとうございました! と大勢の声が響いた。和菓子屋の従業員たちがいっせいにサンタピエロに感謝したんだ。

 サンタピエロは泣いていた。眼鏡の下から涙が流れ出して頬を伝っていく。

「うん、うん……こちらこそありがとう……」

 そんなことを言っている。

 

 すると、今度は若い女の声が流れた。

「サンタピエロさん、あたし、もえです。あの時は駅まで送ってくれてありがとう。さきちゃんとは今も友だちでいます。普段はLINEでやりとりして、夏休みに会ったりしています。それと――サンタピエロさん。高山君は、生まれ変わったみたいに真面目になったんですよ。毎日、とてもがんばってます。この声も、プレゼントをもらった人を1年がかりで探し回って集めたんです。サンタピエロさんに届けたいから、って言って。高山君はとても優しいです。でも、その優しさを彼にプレゼントしてくれたのは、サンタピエロさんなんだと思います」

 も、もえのヤツ!

 俺は真っ赤になった。

 最初は普通の感謝メッセージだったはずだろう? 俺の知らない間に吹き込み直してたな!

 ピエロはびっくりした顔をして、それから笑い顔になった。

「高山君、もえちゃんとつき合うようになったんだ。よかったね」

「ま、まあな」

 俺は照れながら答えた。

「俺、家を出てアパートでひとり暮らししてるんだよ。もういっぺん勉強し直したくて、定時制高校に通ってる。アパート代は親に出してもらってるけど、学費や生活費はバイトで自分で稼いでるんだ。まだ学校を休んだことはないぜ。もえも時々遊びに来るんだ」

「そうかぁ。よかった。うん、本当によかったね」

 本当に嬉しそうに、サンタピエロが繰り返す。

 なんだか俺はせつなくなる。

 みんなを喜ばせて、それで喜ぶサンタピエロ。これからも、そんなふうに生きていくんだろうか。来年からはもうサンタピエロもできなくなるのに。

 

 すると、なんのはずみか、ピエロの肩からハムスターのぬいぐるみが急に落ちた。ころん、と転がって足元の袋に飛び込んでしまう。

「おっと」

 ピエロが拾い上げようとすると、今度は胸のバラの花が落ちた。やっぱり袋の中に落ちる。

 やれやれ、と袋に手を入れたピエロが、とたんに声を上げた。

「ええっ!?」

 ぬいぐるみのはずのハムスターが袋の中で動き回っていた。本物のハムスターに変わっていたんだ。ひげをひくひくさせ、金の毛の背中を丸めて、手に持っていたヒマワリの種を食べ始める。

 枯れないように加工したバラも、苗木になっていた。みずみずしい葉、土と根を包んだ白い布。柔らかな赤い花びらが風に揺れている。

「どういうことだ……?」

 ピエロがハムスターとバラを取り出すと、とたんに強い風が吹いてきた。白い袋は舞い上がり、空の彼方へ飛んでいってしまった。あっという間に見えなくなる――。

 

 それを見送っていたピエロが、やがて言った。

「どうやら、ぼくもプレゼントをもらってしまったらしいな。しかも、こんなにたくさん」

 その右手にはボイスレコーダー、左手にはバラの苗木。ハムスターは冷たい風を嫌ってピエロの服のポケットに潜り込んだ。

「メリークリスマス、サンタピエロ」

 と俺は言った。

「メリークリスマス、高山君」

 とピエロも言った。その口元には本物のほほえみ。

 

 プレゼントを持ってサンタピエロは帰っていった。

 どこへ帰ったのか、俺は知らない。

 そして、二度とサンタピエロは街に現れなくなった――。

 

―― The End ――

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