次の年のクリスマスイブ、俺はまた街中でサンタピエロを探した。
探して探して、もう夕方になるって頃に、ようやく人気のない公園でピエロを見つけた。
ピエロはベンチにひとりで座っていた。足元には白い袋。
俺が前に立つと、驚いたように見上げてきた。
「高山君じゃないか。君、まだぼくが見えるのかい?」
言ってから、ピエロは急に苦笑した。
「ああ、いや、ぼくのほうが見えるようになっただけか。ついさっき、最後のプレゼントを配り終わったんだ。サンタピエロはこれで本当に店じまいだよ」
淋しそうな笑顔。
俺は持っていた赤い靴下を急いでピエロに差し出した。
「プレゼントだよ、あんたへの。あんた、みんなにプレゼントをやったのに、自分には何ももらってないもんな」
「プレゼント?」
ピエロは意外そうに言った。靴下から出てきた小さな機械に、また不思議そうな顔になる。
「ボイスレコーダーだよ。あんたが今までプレゼントをやった人のメッセージが入ってる。あんまり大勢だったから、全員は無理だったけどな。でも、50人分くらいは集まったんだぜ」
「ぼくがプレゼントをあげた人のメッセージ?」
とピエロはますます驚いた。俺に促されて、再生ボタンを押す。
最初に流れてきたのは若い男の声だった。
「サンタピエロさん、こんにちは! 公園で結婚式を挙げた筒井です。覚えていますか? あの時は一生の思い出をありがとうございました。先月ふたり目の子どもが生まれました。近くに住んでいるので、ぜひ遊びに来てください!」
「あのときの彼か」
とピエロは驚いたように言った。
ボイスレコーダーから、今度は、はにかむような若い女の声が流れた。
「サンタピエロさん、お久しぶり。あたし、浜島です。えっと、あたし、大学を卒業しました。でも、まだ彼とは会っていますよ」
すると、元気な男の声が続けて言った。
「やあ、サンタピエロ! 彼女と仲よくなるきっかけをくれてありがとう! 彼女、すごく気がきいて優しいんだぜ! 俺もう、めろめろさ!」
もう、久保君ったら、と女の声が恥ずかしがっている。
次は年配の女の声だった。
「サンタピエロさん、あの時はスカートをありがとう。今でも愛用してますよ。おかげさまであれから全然腰痛知らず。この前なんか、息子たちと山に登ってきましたよ」
ほほほほ、と笑う声。
声は次々流れ続けた。
男の声。女の子の声。また男の声。
「サンタピエロさん、あの時はネックレスをありがとうございました。あれから彼女とはなんでも話し合うようにしています。なんとか就職もできました。来年、結婚するんですよ。ぼくたちの結婚式にはぜひ出てください」
「えぇと、えぇと――サンタピエロさん。あたしだよ。みゆきだよ。あたし、2年生になったよ。ユーキーとも仲よくしてるよ。サンタピエロさんも元気でいてね」
「サンタピエロさん、和菓子屋の社長です。あの時は本当にお世話になりました。あの後、社員一同で作り出したお菓子が大ヒットしましてね。注文が多すぎて、製造が間に合わないほどになっています。新作菓子には『サンタピエロの笑顔』という名前をつけさせていただきました。ぜひ店に食べにおいでください」
ありがとうございました! と大勢の声が響いた。和菓子屋の従業員たちがいっせいにサンタピエロに感謝したんだ。
サンタピエロは泣いていた。眼鏡の下から涙が流れ出して頬を伝っていく。
「うん、うん……こちらこそありがとう……」
そんなことを言っている。
すると、今度は若い女の声が流れた。
「サンタピエロさん、あたし、もえです。あの時は駅まで送ってくれてありがとう。さきちゃんとは今も友だちでいます。普段はLINEでやりとりして、夏休みに会ったりしています。それと――サンタピエロさん。高山君は、生まれ変わったみたいに真面目になったんですよ。毎日、とてもがんばってます。この声も、プレゼントをもらった人を1年がかりで探し回って集めたんです。サンタピエロさんに届けたいから、って言って。高山君はとても優しいです。でも、その優しさを彼にプレゼントしてくれたのは、サンタピエロさんなんだと思います」
も、もえのヤツ!
俺は真っ赤になった。
最初は普通の感謝メッセージだったはずだろう? 俺の知らない間に吹き込み直してたな!
ピエロはびっくりした顔をして、それから笑い顔になった。
「高山君、もえちゃんとつき合うようになったんだ。よかったね」
「ま、まあな」
俺は照れながら答えた。
「俺、家を出てアパートでひとり暮らししてるんだよ。もういっぺん勉強し直したくて、定時制高校に通ってる。アパート代は親に出してもらってるけど、学費や生活費はバイトで自分で稼いでるんだ。まだ学校を休んだことはないぜ。もえも時々遊びに来るんだ」
「そうかぁ。よかった。うん、本当によかったね」
本当に嬉しそうに、サンタピエロが繰り返す。
なんだか俺はせつなくなる。
みんなを喜ばせて、それで喜ぶサンタピエロ。これからも、そんなふうに生きていくんだろうか。来年からはもうサンタピエロもできなくなるのに。
すると、なんのはずみか、ピエロの肩からハムスターのぬいぐるみが急に落ちた。ころん、と転がって足元の袋に飛び込んでしまう。
「おっと」
ピエロが拾い上げようとすると、今度は胸のバラの花が落ちた。やっぱり袋の中に落ちる。
やれやれ、と袋に手を入れたピエロが、とたんに声を上げた。
「ええっ!?」
ぬいぐるみのはずのハムスターが袋の中で動き回っていた。本物のハムスターに変わっていたんだ。ひげをひくひくさせ、金の毛の背中を丸めて、手に持っていたヒマワリの種を食べ始める。
枯れないように加工したバラも、苗木になっていた。みずみずしい葉、土と根を包んだ白い布。柔らかな赤い花びらが風に揺れている。
「どういうことだ……?」
ピエロがハムスターとバラを取り出すと、とたんに強い風が吹いてきた。白い袋は舞い上がり、空の彼方へ飛んでいってしまった。あっという間に見えなくなる――。
それを見送っていたピエロが、やがて言った。
「どうやら、ぼくもプレゼントをもらってしまったらしいな。しかも、こんなにたくさん」
その右手にはボイスレコーダー、左手にはバラの苗木。ハムスターは冷たい風を嫌ってピエロの服のポケットに潜り込んだ。
「メリークリスマス、サンタピエロ」
と俺は言った。
「メリークリスマス、高山君」
とピエロも言った。その口元には本物のほほえみ。
プレゼントを持ってサンタピエロは帰っていった。
どこへ帰ったのか、俺は知らない。
そして、二度とサンタピエロは街に現れなくなった――。
―― The End ――