夜中に外に立っていた女の子が、帰ってきた母親と一緒にアパートに戻っていった。手に雪だるまのぬいぐるみを持っている。
サンタピエロはそれをじっと見送っていた。女の子と母親は全然そっちを見ない。もうピエロが見えなくなってるんだ。
それでも、サンタピエロは女の子に言った。
「メリークリスマス、みゆきちゃん」
ピエロが最後に自分から話しかけるなんて珍しい。
女の子が不思議そうに振り返ってきた。ピエロはまだふたりを見送っている。
でも、ふたりがアパートに入ってしまうと、ピエロはくるりと後ろを向いた。自分の肩に話しかける。
「さあ、それじゃぼくたちも帰ろうか、チッピィ。今夜の仕事はこれで終わりだよ」
肩には金色のハムスターのぬいぐるみが乗っている。
俺はバイクにまたがった恰好で、道路から声をかけた。
「よう、サンタピエロ。今年も会ったな」
ピエロはびっくりして俺を見た。ホント、毎年よく驚いてくれるよな。
すると、ピエロは近づいてきて、しげしげと俺を見てから言った。
「ああ、君だったのか。ええと……高山君、だっけ? サングラスなんかかけてるから、誰だかわからなかったよ」
「ああ、これか? 顔を隠しているんだ。俺も有名になりすぎて、見つかるとサツににらまれることが増えたからな」
ピエロは今年もとても心配そうな顔をした。
「有名になりすぎてって――君、今はどんなふうにしているんだい? 警察に目をつけられるようなことをしているの?」
「別に。派手に喧嘩をやりすぎただけさ。ムショに入るようなヤバいことはやってねえよ。でも、俺が強いもんだから、俺を頼ってくる奴らが大勢いてよ。そいつらの頼みを断れなくなってるのさ。頼られるのもけっこう大変なんだぜ」
俺は得意になってそんな話をした。力を手に入れて強くなった俺。誰からも一目置かれて、頼りにされている俺。どうだ、サンタピエロ。あんたのプレゼントなんかなくても、俺は自分でこれだけのことをなしとげたんだぜ。
だけど、ピエロはやっぱり心配そうだった。今年もこう言ってくる。
「ご両親は君を止めてくれないのかい? 喧嘩をしたら、怪我をすることだってあるんだろう?」
「だから、んなこと全然言わねえ親なんだったら! ただ、俺が言うことはなんでも聞いてくれるぜ。このバイクも親父に買ってもらったんだ。夜中にいくら遊び回っても、全然叱らねえしよ。もっとも、恐ろしくて何も言えるわけねえけどな。なにしろ俺は、あんまり乱暴すぎるって言われて、ジムを破門された人間なんだから――」
俺は笑った。我ながら乾いた笑い声だと思ったけれど、それは無視する。
サンタピエロはいやに悲しそうだった。
「本当に、君はどうしてぼくが何もあげられないときに限って現れるんだろうね? 例えば、今のワッペンをあげたら、きっと雪だるまが君に注意してくれたんだろうけど」
「あのなぁ、どの世界に雪だるまのぬいぐるみを持った不良がいるってんだよ!? みんなの笑い者だぞ! あんたのプレゼントなんかいらねえよ!」
俺は言い捨てて、ブルン、とバイクを大きく鳴らした。ああ、すっとした。そう考えながら、雪が降り出したイブの街へ走り出そうとする――。
だけど、俺はまた振り向いた。ピエロはやっぱり悲しそうに立っていた。その肩には小さなハムスターのぬいぐるみ。俺はちょっと考えてから、また話しかけた。
「よう、あの雪だるまみたいに、そのハムスターもしゃべるのか? あんた、よくそれに話しかけてるだろう」
サンタピエロを捜して3年目。街で見かけるピエロは、しょっちゅう肩のぬいぐるみに話しかけていたんだ。
すると、ピエロは言った。
「いいや、これは何もしゃべらないよ。だって、ただのぬいぐるみだからね。ぼくはいつもこれに、ひとりごとを言っているだけなのさ」
とびきり淋しそうなその声に、俺は思わずピエロを見つめた。
なんだよ。ここって普通は照れ笑いとかする場面じゃねえのか――?
そこへ急に風が吹いた。雪まじりの冷たい風が、四角い紙切れを俺に吹きつけてくる。手に取ると、それは1枚の写真だった。白いケープに緑のシャツの女の子が写っている。
すると、ピエロがあわてたように言った。
「ごめん。その写真は、ぼくのだよ」
「あんたの?」
俺は写真とピエロを見比べてしまった。緑の服を着て分厚い眼鏡をかけたサンタピエロ。右手にハンドベル、左手に白い袋、胸にはバラの花、そして肩には――
あれ、この写真の女の子の肩にも、ハムスターのぬいぐるみが載ってるぞ……?
とたんに、俺の目の前から写真がなくなった。ピエロが俺の手から取り上げたんだ。静かな声で言う。
「とても大切な写真なんだ。拾ってくれて、どうもありがとう」
俺はつい聞いてしまった。
「その写真の子、誰なんだよ? なんとなく、さっきの女の子に雰囲気が似てる気がするぞ」
ピエロはすぐには答えなかった。返事を考えるようにしばらく黙ってから、こう言う。
「そうかもしれない。同じくらいの年頃だからね。……ぼくの娘だよ」
「娘!? あんた、子どもがいたのか!?」
けれども、ピエロはそれには答えなかった。
また雪まじりの風が吹いてきて――吹きすぎた後に、ピエロの姿はもう消えていた。