ママ、おそいなぁ……。
あたしはアパートの外でママを待ってた。
早く帰ってこないかなぁ。今日はクリスマスイブなんだもん。
でも、ママはなかなか帰ってこなかった。
外はまっくら。アパートにの階段の灯が寒そうに光ってる。
ううん、ホントに寒いんだよ。あたしはさっきからぶるぶる震えてる。だけど、ママはやっぱり帰ってこない。
ふっと、ママがもう帰ってこなかったらどうしよう、と思った。おうちにあたしひとりっきりになっちゃう。そしたら、どうしよう――どうしよう?
考えてるうちに怖くなってきて、涙が出てきた。ママァ、帰ってきてよぉ。
すると、急に誰かが話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、どうして泣いているの?」
あたしはびっくりして目を開けた。目の前に緑の服を着たピエロが立っていたから、もっとびっくりする。
「おじさん……だれ?」
ピエロは丸い眼鏡をかけて、肩にハムスターのぬいぐるみをのせてた。あたしに向かって、優しい声で言う。
「もう夜遅いよ。こんなところにひとりでいたら危ないよ。変な人が来るかもしれないからね」
「変な人って、おじさんのこと?」
すると、ピエロは困ったように笑った。
「えぇと、見た目は確かに変な人だけどね。でも、ぼくは怖い人じゃないよ。ぼくはサンタなんだ」
「えっ、ほんと!? でも、おじさん、赤いサンタの服を着てないじゃない。白いひげもないし。今日、幼稚園に着たサンタさんは、ちゃんと赤い服を着て、ひげがあったよ」
ピエロはもっと困ったような顔でまた笑った。
「うん、それはそうなんだけどね。ぼくはアルバイトのサンタなんだ。だから、こんなピエロの恰好をしてるんだよ。お嬢ちゃんみたいに、悲しそうな顔をしてる人にプレゼントを配っているんだ」
「あたしにもプレゼントをくれるの!? なぁに!?」
うれしくなったあたしに、ピエロは大きな袋を差し出した。
「中のものを取ってごらん。それが君へのプレゼントだよ」
あたしは袋に手を入れた。中から出てきたのは……わぁ、かわいい! 雪だるまのワッペンだ!
ピエロのおじさんは、ワッペンをあたしが着ていたケープの上につけてくれた。そうしながら、また優しい声で言う。
「お嬢ちゃんは淋しかったんだろう? でもね、これでもうあんまり淋しくなくなると思うよ――」
ピエロが急に見えなくなっていった。あたしはアパートの前に、またひとりきりになる。あれ、ピエロさんはどこ……!?
すると、あたしの足元のほうから声が聞こえてきた。
「あの人はピエロじゃない。サンタピエロさ、嬢ちゃん」
小さなかわいい声。
驚いて下を向くと、あたしはいつの間にかぬいぐるみを持っていた。胸のワッペンみたいに赤い帽子をかぶった雪だるま。それがあたしを見上げていた。
「なにびっくりしてんだよ、嬢ちゃん。雪だるまがしゃべっちゃいけないって言うのかい?」
声はかわいいのに、なんだかすごく元気なしゃべり方。あたしはおかしくなって、思わず笑った。
「変だよぉ。だって、ぬいぐるみは普通、しゃべらないよ?」
「でも、俺はしゃべるんだよ。その魔法のワッペンに呼び出された人形だからな。おれはユーキー。よろしくな、嬢ちゃん」
「あたしは嬢ちゃんじゃないよ。あたしはみゆき。来年小学生になるんだよ」
「そうか、よかったな。でもな、みゆき、幼稚園生がこんなに遅く外にいるのはダメだぞ。危ないヤツに目をつけられたら大変だからな。それにこんなに寒い中にいたら風邪をひくぞ。早く家に入ろうぜ」
「でも、あたしママを……」
あたしは急にまた心配になってきた。
「ママは『今日はイブだから早く帰ってくるね』って言ってたんだよ。何かあったんじゃないかな。ママが死んじゃってたらどうしよう――!?」
すると、雪だるまがまた言った。
「心配すんな、そんなことはないって。もし事故でもあったら、連絡が来るはずだしな。大人には大人の事情ってヤツがあるんだよ、いろいろとな。だから、心配しないで家で待っていようぜ。な?」
「うん……」
あたしはちょっと元気が出てきた。雪だるまと一緒にアパートに入ろうとする。
その時、アパートの前にタクシーがとまって、中からママが飛び出してきた。
「みゆき、ただいま! 待たせちゃってごめんね!」
「ママァ!!」
あたしはママに飛びついた。つい、声を上げて泣き出しちゃった。はずかしいな。あたし、来年は小学生になるのに。
でも、ママはあたしを抱きしめてくれた。
「本当にごめんね、みゆき。心配したでしょう? 帰ろうとしたところに、急にお客さまからクレームが来ちゃってね。それが終わるまで、全然帰れなくなっちゃったのよ」
そうだったんだぁ……。
すると、ママは雪だるまに気がついた。
「あら、どうしたの、そのワッペンとぬいぐるみ? 今朝はそんなもの、なかったはずでしょう? え、サンタさんからもらった? ああ、そういえば、今日は幼稚園でクリスマス会だって言ってたわね。サンタからプレゼントをもらったのね?」
クリスマス会でサンタからプレゼントをもらったのは本当だったから、あたしは、うん、と言った。
「でも、でもね、この雪だるまはそうじゃなくて――」
ママにもっと説明しようとすると、雪だるまのぬいぐるみがまた話しかけてきた。
「いいから、クリスマス会でもらったことにしとけよ、みゆき。そのほうが面倒がないからな。ああ、ママに俺のことを教えようとしても無駄だぜ。俺の声は、みゆきにしか聞こえないんだ」
「あら、誰と話しているの、みゆき?」
とママが驚いた。
「この雪だるまだよ、ママ。ユーキーって名前なの。お友だちになったんだよ」
あたしは説明したけど、やっぱりママはよくわかってくれなかった。
「そう、お人形遊びしてたのね」
ユーキーがそっと片目をつぶってきたので、あたしは、それ以上言うのをやめた。
うん、わかった。ユーキーがしゃべれることは、あたしとユーキーだけのヒミツなんだね。
「さあ、おうちに入りましょう。ケーキも買ってきたわよ。遅くなっちゃったけど、クリスマスのお祝いをしましょうね」
ママに言われて、あたしはママと雪だるまのユーキーと手をつないで、階段を上がっていった。ママの手はあったかい。
すると、後ろで声がした。
「メリークリスマス、みゆきちゃん」
振り向いたけど、そこには誰もいなかった。
ただ、花びらみたいな雪が、ゆっくりと空から降ってくるだけだった――。