サンタ・ピエロ

朝倉 玲

Asakura, Ley

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7

 夜の公園で、喧嘩していた恋人たちが仲直りしたようだった。泣き出した女を男が抱きしめている。

 あの男はサンタピエロからプレゼントをもらった。どうやら、うまくいったらしい。木陰から見守っていたサンタピエロが離れていく。

 

 やがて、ピエロは公園のベンチに座った。街灯が照らしているのに、通行人はピエロに全然気づかない。他の連中には見えてないらしいな。でも、俺には見えるから、ベンチに近づいて声をかける。

「よう、サンタピエロ。さすがにくたびれてるようだな」

 ピエロはびっくりしたように俺を見て、すぐにいぶかしい顔つきになった。俺を確かめるように見つめてから、言う。

「ひょっとして、君、去年のイブに会った子かい? ぼくからプレゼントをもらいたい、って言っていた。ずいぶん大きくなったんだね」

「ああ、俺はもう高校生だぜ。スポーツも始めたから、あれから背が伸びたんだよ。もう誰も俺を馬鹿になんかしないぜ」

 そう言ってから、俺は、にやりと笑ってみせた。1年間ずっと言ってやりたかった皮肉を、ピエロに向かって言う。

「去年はホントにありがとよ。あんたは俺にだけプレゼントをくれなかっただろう? そのおかげで、俺はすごく強くなることができたのさ。感謝してるぜ」

「どういうこと?」

 ピエロはますます不思議そうな顔になる。

「去年、あんたと会った翌日、案の定、俺をいじめてた連中に呼び出されたんだよ。体育館の裏で取り囲まれて。4対1、卑怯だよな。やられる! と思ったから、俺は死にものぐるいで暴れたんだ。殴って蹴ってかみついて、髪の毛を引っぱって、また殴って……本当に死にものぐるいで反撃したら、連中は泣いて逃げ出した。なんのことはない、反撃しそうにない弱いヤツしかいじめられない、臆病者だったんだ。連中が訴えたから、俺は先公にも親にも叱られたけど、そんなことは知ったこっちゃない。俺の話を全然聞こうとしなかったのは、あいつらなんだからな。それに、俺には格闘技の才能があったんだ。自分の身は自分で守るしかないと思って、ボクシングを始めたら、けっこう強くなったのさ。今じゃ学校でも一目置かれてるぜ。喧嘩じゃ絶対負けない高山、ってな」

 ピエロはますます驚いたようだった。少し考えるような顔をしてから、こんなことを言う。

「君はしょっちゅう喧嘩をしているの? もういじめられなくなったんだろう?」

「俺にガンつけて来る奴は大勢いるさ。俺の学校は不良が多いことで有名だからな。そいつらを片っ端からぶっ飛ばして、俺の言うことを聞くようにしたのさ。今じゃ、先公だって俺に逆らえないぜ。」

 ピエロは本当に心配そうな表情になった。分厚い眼鏡が邪魔していても、それはわかる。ちぇ、なんでそんな顔するんだよ。俺はもう強くなったから、プレゼントはいらないんだ、って話をしてるんだぞ。

 すると、ピエロがまた言った。

「でも、君、まだぼくが見えるんだろう? サンタピエロはプレゼントをもらってくれる人にしか見えないんだよ。プレゼントを渡し終えたら、また見えなくなるし。ただ、ぼくは今はもうプレゼントを持っていないんだ。今年の分はもう配り終わってしまったからね……。君のお父さんやお母さんは、君に何も言っていないの?」

 へっ、と俺は鼻で笑った。最大限の皮肉を込めて答える。

「あいつらが何か言うもんか! 二言目には『有名校に入れ』『そのためにがんばれ』としか言わなかった奴らだぜ。俺が有名校に落ちて今の学校に行くようになってからは、何も言わなくなったよ。俺のことなんか空気みたいに無視してやがる。まあ、俺としては、ジムに通う金を出してもらえりゃ、それで充分なんだけどな」

 サンタピエロはしばらく何も言わなかった。考えているような沈黙の後、こんなことを言う。

「さっきのネックレスを君にあげられたら良かったのかもしれないな……。クリスマスローズのネックレスといって、人の心を表して、相手に知らせてくれるものなんだ。そうすれば、周りの人たちも、君の本当の気持ちに気がついたのにね」

「はぁ? 心を表して人に伝えるネックレスだぁ? んな麗しいもん、いらねえよ!」

 俺はまた笑った。皮肉度200%。

「じゃあな、サンタピエロ。俺はこれからジムだから」

 

 だけど、俺はピエロから離れようとして、ふと立ち止まった。

 振り返ると、ピエロはまだベンチに座っていた。ちょっとためらってから、思い切って聞いてみる。

「なあ、あんた、さっき恋人たちにネックレスをやってから、なんだか悲しそうだったよな。あの恋人たちを仲直りさせられたのに。なんでだよ?」

 俺はサンタピエロにもう一度会って皮肉を言いたくて、昨日からずっとピエロを捜し回っていた。通りで男に声をかけてるピエロを見つけて跡をつけたから、ピエロの様子も見えていたんだ。恋人たちは抱き合って幸せそうだったのに、サンタピエロは嬉しそうじゃなかった。どうしてだ?

 すると、ピエロが言った。

「嬉しかったよ。すごく嬉しかった。ぼくは、みんなに喜んでもらいたくて、プレゼントを配っているからね。ただ……ちょっと思い出してしまったんだよ。あのネックレスをあげるつもりだった人のことをね」

「うん? 先に誰かにあれをやろうとして、受けとるのを断られたのか?」

「いいや、そういうことじゃないよ。あれは、本当は別の人のためのプレゼントだったんだ。でもね、もう渡せなくなっちゃったのさ。だから、彼にあげたんだ」

 ピエロの声は、ひどく淋しそうだった。口元に微笑を浮かべて、胸元のバラの花を見ている。

 ――?

 

 すると、ピエロが急に立ち上がった。

「さあ、ぼくももう行かなくちゃね。今年のサンタの仕事は終了。来年のクリスマスまで、店じまいだよ」

 とたんにサンタピエロの姿が消えた。

 後には空っぽのベンチが街灯に照らされているだけだった――。

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