「えぇぇ……サンタピエロ!? 本当に? 本当に、本当に、本物なんですか!?」
ぼくは自分の目が信じられなくて、何度も確かめてしまった。クリスマスイルミネーションに飾られた夜の街。目の前に緑の服を着たピエロが立っていた。分厚い眼鏡にハンドベルと白い袋。確かに噂通りの恰好だ――!
すると、ピエロがぼくに言った。
「呼び止めてしまって、すみません。でも、なんだかあなたが元気ないように見えたものですから。何か困りごとですか?」
最近、街で噂のサンタピエロ。イブとクリスマス当日だけに現れて、人を幸せにするプレゼントを渡してくれるという。ということは……?
ぼくは思わず期待をして、すぐにまた肩を落とした。ぼくが悩んでいるのは、本当にちっぽけなこと。プレゼントでどうにかなるようなことじゃない。
それでもピエロに尋ねられて、ぼくはとうとう話してしまった。
「実はぼくには恋人がいるんです。これからデートなんで、待ち合わせ場所に向かっているんですが。でも、その……なんというか……彼女が最近、冷たい気がするんです……。喧嘩をしたとか、そういうことはないんですが。話しかければ答えてくれるし、LINEにもちゃんと返事をくれるんだけど。でも……なんだかその……以前よりよそよそしいというか、そっけないというか……。す、すみません。こんな話、見ず知らずの人にしたってしょうがないですよね。サンタピエロさんだって、こんな話を聞かされたら困るのに――」
サンタピエロは怒らなかった。
「彼女はどんな方なんですか?」
と尋ねてくれる。
「えぇと……実は彼女は年上なんです。もう社会人で、頭が良くて才能もあるから、会社で大事なプロジェクトを任されてます。それに比べて、ぼくはまだ学生で、しかもまだ就職が決まってないんです。就活はがんばっているんだけど、なかなか内定がもらえなくて……。彼女は、こんなぼくに怒ってるのかもしれません。呆れて、心の中でもう見限っているのかもしれない。だから、あんなによそよそしいんじゃないかって……そんなことを心配して歩いていたんです」
これだけのことを話してから、ぼくは真っ赤になってうつむいた。本当に、こんな話、サンタピエロにしたってしかたないんだ。実力がなくて就職も決められないぼくが悪いだけなんだから。本当に情けない……。
すると、ぼくの目の前に白い袋が突き出された。驚くぼくに、サンタピエロが言う。
「君にプレゼントをあげますよ。中から取ってください」
え……ほ、本当にもらえるの?
ぼくは半信半疑で袋に手を入れて、中のものを取りだした。それは綺麗なネックレスだった。先端に白い花の飾りがついている。
「それはね、つけた人の心を表すネックレスですよ。その花が、心の様子を見せてくれるんです。花が赤くなったら怒りの気持ち、青くなったら悲しみの気持ち。黄色くなったら嬉しい気持ちだし、灰色になったら心が疲れている。ピンクは愛情、黒は無関心……そんなふうに花が変わるんですよ」
ぼくは思わずごくりと唾を飲んだ。手の中のネックレスの花は、イルミネーションを映してさまざまな色に変わっていく。
「そのネックレスを彼女の首につけてみるといいですよ。彼女の気持ちがわかります。いつまでも考えているより、直接確かめてしまったほうがいいことも、あるんですよ」
とサンタピエロが言った。何故だろう、なんだか声が少し淋しそうだ……?
彼女は待ち合わせ場所でイルミネーションを眺めていた。
「お、遅くなってごめん! 待っただろう!?」
あわてて謝ったけれど、彼女は怒りもしなければ笑いもしなかった。「別に」と答えて、またイルミネーションのほうを向く。冷ややかな声。
「え、えぇと……」
いきなりペンダントも差し出せなくて、ぼくは話し続けた。
「ど、どこに行くことにしようか? 映画を観る約束だったけどさ、食事と映画、どっちを先にしようか。い、いや、どっちも君の出費だから、ぼくがこんなことを聞くのも変なんだけどさ……」
口ごもるぼくを、彼女は見ようともしない。
「どっちでもいいわよ」
答える声は本当にそっけない。
ぼくは思い切ってネックレスを出した。
「そ、それから、これはクリスマスプレゼントだよ! つけてもらえるかい?」
受けとってもらえなかったら、どうしよう。心配したけれど、彼女はすんなりもらってくれた。その場で自分の首につける――。
ピエロが言ったとおり、先端の花が変わり始めた。ぼくはそれを見つめた。いったい何色になるんだろう? ピンクや黄色ならいいけれど、赤や黒だったらどうしよう。
赤は怒りの気持ち、黒は無関心――そんなピエロのことばを思い出す。
すると、花はまっ白になった。
いや、花じゃない。形も変わって、雪の結晶になっている。純白のペンダント。繊細な雪の結晶は、彼女の胸の上で、心細そうに震えている……
それを見たとたん、ぼくには彼女の気持ちがわかった。淋しそうな色、寒そうな色。そうか、そうだったのか――!
ぼくは両手を広げて、腕の中に彼女を抱きしめた。驚く彼女を強く抱き寄せて言う。
「ごめん。淋しい思いをさせて本当にごめん。そういえば、ずっと就活就活で、ろくに電話もしてなかったよね。デートもあんまりできなかったし――。ずっと君をほったらかしにしちゃっていたよね」
すると、彼女の目から涙があふれた。泣き顔を伏せて、こんなことを言う。
「あなたが忙しいことはわかってるわよ。なかなか内定がもらえなくて、つらい気持ちでいることだって。でもね、だったら、それを私に話して。私が先に働いてるからって、それで私を敬遠しないでよ! 私がどんなに淋しい気持ちでいたか、あなた、わかってた――!?」
彼女はぼくの胸に顔を埋めて泣き出した。
「本当にごめん……もうほったらかしにしないから。君に負い目を感じたりするのはやめるから……」
ぼくは謝りながら彼女を抱きしめ続けた。
ネックレスの雪の結晶は、ぼくたちの胸の間で溶けていった。彼女の首から鎖だけが外れて、地面の上に落ちていく――。
すると、公園の木陰にサンタピエロが見えた。ピエロは自分の胸のバラの花に話しかけていた。
声は聞こえない。でも、なんだか淋しそうに見える。
気になって見つめていると、ピエロは夜に溶けるようにいなくなってしまった……。