サンタ・ピエロ

朝倉 玲

Asakura, Ley

前へ

6

 「えぇぇ……サンタピエロ!? 本当に? 本当に、本当に、本物なんですか!?」

 ぼくは自分の目が信じられなくて、何度も確かめてしまった。クリスマスイルミネーションに飾られた夜の街。目の前に緑の服を着たピエロが立っていた。分厚い眼鏡にハンドベルと白い袋。確かに噂通りの恰好だ――!

 

 すると、ピエロがぼくに言った。

「呼び止めてしまって、すみません。でも、なんだかあなたが元気ないように見えたものですから。何か困りごとですか?」

 最近、街で噂のサンタピエロ。イブとクリスマス当日だけに現れて、人を幸せにするプレゼントを渡してくれるという。ということは……?

 ぼくは思わず期待をして、すぐにまた肩を落とした。ぼくが悩んでいるのは、本当にちっぽけなこと。プレゼントでどうにかなるようなことじゃない。

 それでもピエロに尋ねられて、ぼくはとうとう話してしまった。

「実はぼくには恋人がいるんです。これからデートなんで、待ち合わせ場所に向かっているんですが。でも、その……なんというか……彼女が最近、冷たい気がするんです……。喧嘩をしたとか、そういうことはないんですが。話しかければ答えてくれるし、LINEにもちゃんと返事をくれるんだけど。でも……なんだかその……以前よりよそよそしいというか、そっけないというか……。す、すみません。こんな話、見ず知らずの人にしたってしょうがないですよね。サンタピエロさんだって、こんな話を聞かされたら困るのに――」

 サンタピエロは怒らなかった。

「彼女はどんな方なんですか?」

 と尋ねてくれる。

「えぇと……実は彼女は年上なんです。もう社会人で、頭が良くて才能もあるから、会社で大事なプロジェクトを任されてます。それに比べて、ぼくはまだ学生で、しかもまだ就職が決まってないんです。就活はがんばっているんだけど、なかなか内定がもらえなくて……。彼女は、こんなぼくに怒ってるのかもしれません。呆れて、心の中でもう見限っているのかもしれない。だから、あんなによそよそしいんじゃないかって……そんなことを心配して歩いていたんです」

 これだけのことを話してから、ぼくは真っ赤になってうつむいた。本当に、こんな話、サンタピエロにしたってしかたないんだ。実力がなくて就職も決められないぼくが悪いだけなんだから。本当に情けない……。

 

 すると、ぼくの目の前に白い袋が突き出された。驚くぼくに、サンタピエロが言う。

「君にプレゼントをあげますよ。中から取ってください」

 え……ほ、本当にもらえるの?

 ぼくは半信半疑で袋に手を入れて、中のものを取りだした。それは綺麗なネックレスだった。先端に白い花の飾りがついている。

「それはね、つけた人の心を表すネックレスですよ。その花が、心の様子を見せてくれるんです。花が赤くなったら怒りの気持ち、青くなったら悲しみの気持ち。黄色くなったら嬉しい気持ちだし、灰色になったら心が疲れている。ピンクは愛情、黒は無関心……そんなふうに花が変わるんですよ」

 ぼくは思わずごくりと唾を飲んだ。手の中のネックレスの花は、イルミネーションを映してさまざまな色に変わっていく。

「そのネックレスを彼女の首につけてみるといいですよ。彼女の気持ちがわかります。いつまでも考えているより、直接確かめてしまったほうがいいことも、あるんですよ」

 とサンタピエロが言った。何故だろう、なんだか声が少し淋しそうだ……?

 

 彼女は待ち合わせ場所でイルミネーションを眺めていた。

「お、遅くなってごめん! 待っただろう!?」

 あわてて謝ったけれど、彼女は怒りもしなければ笑いもしなかった。「別に」と答えて、またイルミネーションのほうを向く。冷ややかな声。

「え、えぇと……」

 いきなりペンダントも差し出せなくて、ぼくは話し続けた。

「ど、どこに行くことにしようか? 映画を観る約束だったけどさ、食事と映画、どっちを先にしようか。い、いや、どっちも君の出費だから、ぼくがこんなことを聞くのも変なんだけどさ……」

 口ごもるぼくを、彼女は見ようともしない。

「どっちでもいいわよ」

 答える声は本当にそっけない。

 ぼくは思い切ってネックレスを出した。

「そ、それから、これはクリスマスプレゼントだよ! つけてもらえるかい?」

 受けとってもらえなかったら、どうしよう。心配したけれど、彼女はすんなりもらってくれた。その場で自分の首につける――。

 ピエロが言ったとおり、先端の花が変わり始めた。ぼくはそれを見つめた。いったい何色になるんだろう? ピンクや黄色ならいいけれど、赤や黒だったらどうしよう。

 赤は怒りの気持ち、黒は無関心――そんなピエロのことばを思い出す。

 すると、花はまっ白になった。

 いや、花じゃない。形も変わって、雪の結晶になっている。純白のペンダント。繊細な雪の結晶は、彼女の胸の上で、心細そうに震えている……

 それを見たとたん、ぼくには彼女の気持ちがわかった。淋しそうな色、寒そうな色。そうか、そうだったのか――!

 

 ぼくは両手を広げて、腕の中に彼女を抱きしめた。驚く彼女を強く抱き寄せて言う。

「ごめん。淋しい思いをさせて本当にごめん。そういえば、ずっと就活就活で、ろくに電話もしてなかったよね。デートもあんまりできなかったし――。ずっと君をほったらかしにしちゃっていたよね」

 すると、彼女の目から涙があふれた。泣き顔を伏せて、こんなことを言う。

「あなたが忙しいことはわかってるわよ。なかなか内定がもらえなくて、つらい気持ちでいることだって。でもね、だったら、それを私に話して。私が先に働いてるからって、それで私を敬遠しないでよ! 私がどんなに淋しい気持ちでいたか、あなた、わかってた――!?」

 彼女はぼくの胸に顔を埋めて泣き出した。

「本当にごめん……もうほったらかしにしないから。君に負い目を感じたりするのはやめるから……」

 ぼくは謝りながら彼女を抱きしめ続けた。

 ネックレスの雪の結晶は、ぼくたちの胸の間で溶けていった。彼女の首から鎖だけが外れて、地面の上に落ちていく――。

 

 すると、公園の木陰にサンタピエロが見えた。ピエロは自分の胸のバラの花に話しかけていた。

 声は聞こえない。でも、なんだか淋しそうに見える。

 気になって見つめていると、ピエロは夜に溶けるようにいなくなってしまった……。

トップへ戻る