い、いた! あれ、そうだよな!? 本当にいたんだ! サンタピエロ……!
ぼくは驚いて、声も出せずに立ちすくんだ。雪が舞い散る街の通り。どの店からもクリスマスソングが聞こえてくる。
今日はクリスマスイブ。サンタクロースがやって来るという日。
それは背の高い男の人だった。緑のピエロの服を着て、ベルと大きな袋を持っている。うん、間違いない、サンタピエロだ。噂通りの恰好だ!
サンタピエロは買い物カゴを下げたおばさんと歩道で話していた。こんなやりとりが聞こえてくる。
「あらまぁ、こんなばあさんを捕まえて、なんの勧誘かと思ったけど。これ、本当にすごくあったかいじゃないの。遠赤外線のスカートかい? 腰回りがぽかぽかしてきたよ」
嬉しそうに話すおばさんは、真っ赤なスカートをズボンの上にはいていた。
サンタピエロがそれに答えて言う。
「腰の血行が良くなって、腰痛が消える巻きスカートなんですよ。奥さんがずいぶん難儀そうに歩いていたから、痛むのかな、と思って。腰の痛みのほうはどうですか?」
「うん、おかげさまですごく楽になってきたよ。こんな派手なスカートとんでもない、と思ったけど、いいねぇ、これ。はき続けたら、腰痛なんか吹っ飛んでしまいそうだよ」
本当に痛みが消えてきたんだろう。おばさんはにこにこと満面の笑顔だ。
「どうぞ使ってください。きっと、痛みが消えますよ」
サンタピエロの声も嬉しそう。
すると、おばさんが急に心配そうな顔になった。
「でもさ、高いんだろうね、これ。いくらなんだい?」
「いいえ、お代はいりません。これはプレゼントなんです。ぼくはこれでもサンタですから」
「サービスなの!? こんないいものをただでくれるのかい!? なんだか悪いみたいだねぇ」
「いえいえ、今夜はクリスマスイブですからね。それじゃ、奥さん、がんばって家族の皆さんにおいしいご馳走を作ってくださいね」
サンタピエロは手を振って、おばさんから離れていった。おばさんは半信半疑の顔のまま手を振り返している。
通りを歩いていくピエロを、ぼくはあわてて追いかけた。ピエロは足が速い。見失わないように必死で後を追って、公園の中でようやく追いついた。後ろ姿に声をかける。
「サ、サンタピエロ――!」
ピエロはびっくりしたようにぼくを振り向いた。その顔には分厚い眼鏡、肩にはハムスターのぬいぐるみ。うん、やっぱり噂の通りの恰好だ!
ぼくは思い切って話し出した。
「おじさん、サンタピエロだろう? 最近、すごく話題になってるもんな。毎年クリスマスイブとクリスマスの日の2日間だけ、街にピエロの恰好のサンタが現れてさ。道行く人に魔法みたいなプレゼントを配って、その人を幸せにしてくれるんだ、って。都市伝説かと思っていたんだけど、本当にいたんだな。さっきあのおばさんにやったスカートも、そういうプレゼントだったんだろう?」
すると、ピエロはとまどったように頭をかいた。
「ぼくはそんなに有名になっていたの? へぇ。最初は不審者だと思われて、誰もプレゼントをもらってくれなくて苦労したんだけどね。うん、あれは特別な力を持つスカートさ。はいていると、自然と痛みが消えていくんだよ。遠赤外線なんかより、ずっと強力なんだ」
やっぱり!
ぼくは興奮して話し続けた。
「ねえ、おじさんは本当はサンタなんかじゃないんだろう!? 本物のサンタなんかいるわけないし、サンタにしてはおかしいもんな! おじさんがプレゼントを配るのは、子どもだけじゃないし。割と行き当たりばったりに、出会ってる人に配ってるみたいだし。だいたい、この街だけでプレゼントを配るサンタなんてさ。おじさん、本当は科学者かなんかだろう? で、自分の発明品を街の人に配ってるんだろう? それなら説明がつくもの!」
サンタピエロはすぐには何も答えなかった。ただ黙って、ぼくを見下ろす。ピエロはぼくよりずっと背が高かったんだ。分厚い眼鏡をかけた顔が、ピエロの表情を隠している。
すると、ピエロは静かに言った。
「ぼくは科学者なんかじゃないよ。ぼくはサンタなんだ。でも、そう思わなくてもかまわないよ。ぼくが変な恰好なのは本当だからね」
サンタピエロがそのまま行ってしまいそうになったので、ぼくはあせった。違うんだ、そんなことを言いたかったんじゃないんだ! あわてて後を追いかけると、先回りをして、ピエロに通せんぼをした。
「待って。まだ話があるんだよ。おじさんが科学者でもサンタでもかまわないんだ。どうしても聞いてもらいたいことがあるんだ――」
「聞いてもらいたいこと?」
サンタピエロが聞き返す。
「そう――。あの、あのさ――ぼくは、おじさんのプレゼントがほしいんだ どうしても、どうしても、ほしいプレゼントがあるんだよ!」
ぼくにそう言われて、サンタピエロはびっくりしたようにぼくを見た。プレゼントをねだられたからじゃなく、ぼくの声がせっぱ詰まっていたから。
少し考えてから、こんなことを言う。
「君、ぼくの姿が見えているんだよね? それなら、袋の中に君へのプレゼントもあるかもしれない。君はいったい何がほしいの?」
「力だよ! ぼくは強くなりたいんだ!」
ぼくはピエロに向かってまくしたてた。
「ぼくはさ、もう中学3年だけど、こんなにチビだからさ、力はないし、喧嘩も全然弱いんだよ。頭もそんなに良くないから、みんなぼくを馬鹿にするんだ。しょっちゅうぼくのことをからかって、いじめる奴らもいる。ぼくは何もしていないのに、ただ前を通りかかっただけで――!」
ピエロはいっそう驚いたようだった。ぼくの顔をまじまじと見てから、鼻の上に貼ったバンソウコウを指さす。
「ひょっとして、それもそのいじめっ子たちにやられたのかい?」
「そうだよ! ぼくのことを3人がかりで抑えてさ、しならせた定規でここをたたいたんだ! 血が出て、すごく痛くてさ。保健室に行って手当てしてもらって、先生たちに訴えたのに。あいつら、わざとじゃなかった、なんて言うんだよ! ふざけていたら、ぼくに当たってしまっただけなんだ、って! あいつらは勉強はできるから、先生たちもあいつらの言うことを信じるんだ。あいつらが形だけぼくに謝って、それで終わりさ。だけど――ぼくは見たんだ。あいつら、先生が行ってしまってから、ぼくのほうを見て話し合ってた。ぼくのことをにらんでるヤツもいた。あいつらにやられたことを言いつけたから、ぼくに仕返ししようとしてるんだよ。今日は日曜日だけど、明日からまた冬休みの講習が始まる。あいつらともまた顔を合わせるんだ。講習の後で、絶対にまたいじめられるに決まってる! だから、その前に強くなりたいんだ! サンタピエロ、強くなれるプレゼントを出してよ! ぼくに力をくれよ――!」
それだけを一気に話して、ぼくは、ぐいとジャージの袖で目をこすった。涙があふれていたからだ。歯を食いしばって、ピエロを見上げ続ける。
すると、サンタピエロは首をかしげた。
「ぼくから力をもらったら、その後、君は何をするんだい?」
ぼくは、かっとなった。
「何をって、決まってるじゃないか! ぼくをいじめるあいつらを、ひとり残らず、こてんぱんにやっつけてやるんだよ! あいつらが泣いて謝ったって絶対許さずに、徹底的にぶん殴ってやる! もう二度と、ぼくをいじめようなんて気を起こさないようにな――!」
もしかしたら、ぼくは笑い顔になっていたのかもしれない。あいつらがぼくにやられて、はいつくばっている様子を思い描いて。
けれども、サンタピエロは言った。
「悪いけれど、君にはプレゼントをあげられないな。そういうプレゼントはないんだよ」
困ったような、なんだか悲しそうな声。
だけど、ぼくは興奮してわめき続けた。
「なんだよ! 出し惜しみするなよ! ぼくがやっつけようとしてるのは、悪い連中なんだぞ! 悪い連中をやっつけて、何が悪い!? あんたはサンタなんだろう!? 困ってる人たちを助けて回ってるんだろう!? それなら、ぼくのことも助けろよ! ぼくは本当に困ってるんだ――!」
「ごめんよ。ぼくは本当に、そういうプレゼントを持っていないんだよ」
とサンタピエロは繰り返した。その左手に握っているのは、大きな白い袋。
ぼくは歯ぎしりするとピエロから袋をひったくった。勝手に手を突っこんで中を探る。
プレゼント、プレゼント! ぼくに力をくれるプレゼントはどこだ――!?
けれども、袋の中は空っぽだった。いくら探っても、何も入ってない。サンタピエロはプレゼントを配り終わっていたんだ。
ぼくはがっかりして、同時にものすごく腹が立った。
「なんだよ、奇跡のサンタピエロだなんて、やっぱり嘘っぱちじゃないか! ペテン師だ! 詐欺師だ! ぼくのことも助けられないなんてさ! なんだい、こんな袋――!」
わめくだけわめいて、ぼくは白い袋を地面にたたきつけた。さっきまで降っていた雪に、うっすらとおおわれた公園。袋が白い道の上に落ちる。
とたんに。
袋の中から、たくさんのものが飛び出してきた。色とりどりのラッピングをされた箱。
え、どうして? 袋の中は空っぽだったはずなのに……。
ぼくは一瞬だけ呆然として、すぐに我に返った。
これはクリスマスプレゼントだ! きっと、ぼくを助けてくれるものが入っているはず! 一番近くのプレゼントに駆け寄って、緑のリボンの箱を拾い上げようとする――。
すると、箱はぼくの目の前から消えてしまった。他のプレゼントの箱も、次々雪の上から消えていく。
え、え、なんだよ!? 消えるなよ――!!
気がつくと、プレゼントはもうひとつも見当たらなかった。たたきつけたはずの袋も消えている。
そして、サンタピエロもいなくなっていた。
公園の中を探しても、公園の外へ飛び出しても、ピエロはどこにも見つからなかった――。