勇気を出せ! 勇気を出せ、あたし! 会場の入口はもう目の前。がんばってここまで来たんだもの。勇気を出して――
あ~ん、やっぱりダメぇ! 勇気なんか出てこない。中に入れないよぉ!
パーティ会場に続く階段の下で、あたしは立ちつくしていた。通りを行く人たちが、けげんそうにあたしを見ていく。あたしは耐えられなくなって、階段の後ろに逃げた。人目につかない場所。そこで深呼吸をして、思い切って歩き出そうとして――
ああ、やっぱりだめ! 足が一歩も動かない!
そんなことを繰り返していたら、急に後ろから話しかけられた。
「どうしたんですか、こんな場所で? 具合でも悪いんですか?」
あたしは驚いて飛び上がってしまった。
「な、なんでもありません! 具合なんか悪くないです!」
そう言って振り向いて、あたしは、ぽかんとした。だって、そこにいたのは緑の服を着たピエロだったから。胸に赤いバラの花、肩にはハムスターのぬいぐるみ。ハンドベルを持って、大きな袋を下げて、分厚い眼鏡ごしにあたしを見て尋ねてくる。
「おせっかいだったら、すみません。ただ、あなたがさっきから、とても困っているように見えたもんですから。ああ、言い遅れましたが、ぼくはサンタです。こんな恰好をしているけれど、本当にサンタなんですよ」
あたしはますます呆気にとられてしまった。なぁに、この人? ハンバーガー屋さんのアルバイトかしら? ピエロなのに、サンタだなんて……。
あんまり呆れて、ついうっかり怖いと思う気持ちを忘れてしまった。
とたんに、さっきまでの悩みがまたもどってきた。急に泣きたくなって、うつむいてしまう。
「ど、どうしました!? 何か悲しいことでも!?」
ピエロの恰好は奇妙だけれど、話す声はとても優しかった。優しさにつられて、つい話し出す。
「あたし、本当は今日、この上で開かれているクリスマスパーティに出るつもりだったんです。クラスのみんなで集まって、ゲームや会食をすることになっていて。あたし、今まではこんな集まりに出たことがなかったんです。あたしはすごく、そのぅ……引っ込み思案で……何を話したらいいのかわからないし……友だちもいないし、ゲームも下手だし……だから、みんなをしらけさせちゃいけないって、ずっと集まりはパスしてきたんだけど……でも……」
すると、ピエロは首をかしげて言った。
「でも、君、こうしてぼくとは話ができてますよね? 本当の引っ込み思案ってわけじゃ、ないんじゃないのかな?」
「あたしは自意識過剰すぎるんだ、って、あたしを知ってる人には言われます。だから、人目が気になりすぎて、人の中に出て行けないんだ、って。そうかもしれないです。パーティでみんなに嫌な思いをさせたらどうしよう、パーティを台無しにしたらどうしよう。そんなことばかり考えていて、昨夜はよく眠れなかったし。だけど、パーティに会いたい人が来てるんです。3年になって専攻が別になっちゃって、めったに会えなくなっていたから。話とかしなくてもいいから、元気な顔が見たいな、って思って……」
いつも元気で陽気な久保君。クラスの人気者で、冗談ばかり言っては、みんなのことを湧かせて。失敗しても全然めげなくて。引っ込み思案のあたしには、うらやましいくらいまぶしい彼。
話なんかできなくてかまわない。同じ場所にいて、彼を見ていられたらいい。そう思って、出欠メールに「参加します」って返事をしたんだけど……
本当にあたしは自意識過剰。緊張しちゃって、不安になりすぎて、あたしの足は動いてくれない。
あたしは、そんな話を延々と語った。ピエロ相手になら、不思議なくらいなんでも話せた。話したって、どうにもならないのに。
すると、ピエロは急に袋を突き出すと、にっこり笑ってあたしに言った。
「君にプレゼントをあげましょう。中のものを取って、身につけてごらん。きっといいことが起きるから」
意味はよくわからなかったけれど、あたしは勧められるまま袋に手を入れた。中から出てきたのは、かわいいピアス。小さな赤い靴下が先にぶら下がっている。これをつけると、いいことがあるの?
あたしは家からつけてきたピアスをはずして、赤い靴下のピアスをつけた。おまもりかしら? 何かのおまじない? でも、いいことなんて、別に何も――
とたんに、あたしの足が動き出した。
ずんずんずん。
すごい勢いで歩き出して、階段へ向かっていく。
え、え、これってどうなってるの!? あたしの体が、か、勝手に――!
後ろのほうからピエロの声が聞こえてきた。
「それは『歩けのピアス』ですよ。つけた人に歩く元気をくれるんです」
あ、歩けのピアス――? あたしの耳元で、2つの靴下が、本当に歩いているみたいに交互に揺れる。
あっという間に、あたしは階段を上って、パーティ会場の入口に来ていた。
受付のクラスメートが笑顔で立ち上がった。
「ああ、よかったぁ! 浜島さん、来てくれたのね! 遅いから、欠席じゃないかって心配してたのよ。もうゲーム始まってるから、奥に入って」
そこへなんと、あの久保君もやってきた。すごい勢いであたしに駆け寄ると、開口一番こんなことを言う。
「浜島さん、君、赤い靴下はいてない!?」
え? あたしは呆気にとられて返事ができない。あたしは今日は黒いタイツ。赤い靴下なんて、はいて――
すると、受付のクラスメートが言った。
「久保君、浜島さんのピアスを見て! 赤い靴下だわ!」
「うぉ、ラッキー! 浜島さん、俺と来い!」
え、え、え……? あたしは久保君に手を引かれてパーティ会場を走っていた。ステージの上にはベルのついたアーチ。ふたりでその下に駆け込んで、久保君が叫ぶ。
「やったぁ! 借り物競走、俺たちが優勝だ!」
ゲームの後も、あたしはずっと久保君と一緒にいた。競争で優勝したら、あたしの変な自意識もどこかへ吹っ飛んでいた。久保君に聞かれるまま、いろんな話をする。
「うん、階段の下で不思議なピエロにあってね。そのピエロがあたしにこれをくれたの。歩けのピアスなんだ、って言って……」
あたしの話を面白がって、他のクラスメートたちも集まってきた。うわぁ、なんだか夢みたい。あたし、みんなと一緒にいる――。
すると、会場の入口から、ぴょこんとピエロが顔を出した。
ピエロはちょっとあたしに手を振って。
そのまますぐに、いなくなってしまった。