サンタ・ピエロ

朝倉 玲

Asakura, Ley

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3

 夜空には満天の星。雲ひとつない空は澄んでいて、街中からでも星がよく見える。

 今夜はクリスマスイブ。うん、舞台も雰囲気もばっちりだ――。ぼくは公園で彼女を待ちながら、自分にそう言い聞かせていた。

 晴れている分、夜は冷え込む。街灯の光の中に息を白く吐きながら、彼女の到着を待つ。

 本当は……なんだよな。彼女だって、きっと……なんだ。だけど、ぼくは、ぼくたちは……。それでも、やっぱり……

 もう何十回、何百回考えたかわからないことを、ぼくはまた考えていた。胸にこみ上げてくるのは、せつなさと悲しさ。

 変だな、嬉しいはずなのに。今日は人生で一番幸せな日になるはずなのに。

 確かめるように、ポケットの中の小箱を握りしめる。

 

 考え事をしていたせいか、ぼくはその人がすぐそばに来るまで気がつかなかった。

「こんばんは」

 間近で話しかけられて、びっくりして飛び上がる。

 相手を見て、またびっくり。だって、それは緑の服を着たピエロだったから。手にハンドベルと袋を持って、分厚い眼鏡をかけている。肩にはちょこんとハムスターのぬいぐるみ。な、なんだ、この人? 仮装パーティの帰り……かな?

 すると、ピエロが言った。

「おどかしてしまって、すみません。実はぼくはサンタなんです。プレゼントを配っていた最中なんですが、なんだかあなたが悲しそうに見えて。どうかしましたか?」

 サンタと聞いて、ぼくはまたびっくりした。そういう仮装をしたつもりなのかな? でも、どう見たって、その恰好はサンタじゃなくてピエロだけど。

 ピエロがぼくの返事を待っていたので、ぼくは頭をかいて答えた。

「いえ、別に悲しくなんかないんです。もうすぐここに彼女が来るから、今日ここで彼女に指輪を渡そうと思っているんですよ」

「それはそれは。プロポーズですか?」

 とピエロがまた聞いてきた。

「いや、プロポーズはもうOKしてもらいました。今日は結婚指輪を渡すんです……。ぼくたちはどちらも家族がいなくて、故郷を離れてきてしまったから、友だちもなくて。だから、ふたりで新しい家族になろう、家族になってここで暮らそう、と言って結婚を決めたんです。お金もあまりないから、式は挙げません。今日、ここで指輪を交換するのが結婚式の代わりなんです。それでいい、と彼女も言ってくれました。言ってくれたから、それでいいんですが……いいんだけれど……だけど、なんとなく……」

「彼女に申し訳ないような気がする?」

 とピエロはぼくの気持ちを言い当てた。

 ぼくは黙ってうなずいた。

 

「ウェディングドレスなんていいのよ。借りるだけで何万円もしちゃうんだから。それは新しい生活のほうに回しましょう。 私はあなたと家族になれるだけで幸せなんだもの」

 彼女はそう言って、ぼくに笑ってくれた。

 それが本心だっていうのは、ぼくにもわかる。わかるからこそ、せつなくなるんだ。

 純白のウェディングドレス、裾引くベール、花束、花婿、そして、祝福してくれる人々……。彼女がそんなものをずっと夢見ていたってことも、ぼくはわかってしまっていたから。

 今日はぼくの人生で一番幸せな日。だけど、同時に一番せつない日だ。

 

 すると、ピエロがぼくの前に袋を突き出してきた。

 面食らうぼくに、こんなことを言う。

「あなたにプレゼントをあげますよ。どうぞ、この中から取ってください」

 この人、見ず知らずのぼくたちをお祝いしてくれるのか。

 ぼくはなんだか感激して、言われるままに、袋に手を入れて中身を探った――

 あれ、何もない?

 袋の中は空っぽだった。いくら探し回っても、ビー玉ひとつない。

 こんな話をしたから、からかわれたかな? 苦笑いをしてまた手を出すと、何かが一緒に飛び出してきた。きらきらと星のような銀の輝き。そのまま天へと昇っていく……

 

「待たせてごめんなさい! 寒かったでしょう!?」

 気がつくと、ぼくの前に彼女が来ていた。ちょっぴりよそ行きの服を着て、綺麗に化粧をして。

 あのピエロはもうどこにもいなかった。見回しても、影も形もない。あれ? 夢でも見ていたのかな……?

「始めましょう、私たちの結婚式」

 と彼女は言って笑った。

 ぼくはあわててコートのポケットから小箱を出した。蓋を開けると、一対の指輪が現れる――。

 すると、それと同時に天から光が降ってきた。きらきらと星のように輝きながら、ぼくたちの上に降りかかる。

「え、なぁに、これ!?」

 驚く彼女の姿が、ぼくの目の前で変わっていった。よそ行きの服が純白のドレスに。ウールの帽子が長いベールと冠のような髪飾りに。そして、手には美しい花束が……。

 すると、彼女が目を見張ってぼくを指さした。自分を見て、ぼくも驚く。ぼくの服も白いスーツに変わっていた。胸にはピンクのコサージュまで挿してある。

 

「おおっ、花嫁と花婿じゃないか! こんなところで結婚式かい!?」

 公園を通りかかった人が、ぼくたちを見て集まってきた。今日はクリスマスイブ、人通りは多かったんだ。ぼくたちはあっという間に人の輪に囲まれてしまった。

 結婚式? と何度も尋ねられて、はぁ、とぼくたちは答えた。ぼくの手には指輪の小箱がまだ握られていた。言ってることは嘘じゃない。

 まわりはたちまち大騒ぎになった。

「すごぉい、本当に結婚式なんだ!」

「こんな星空の下で!? うわぁ、ロマンチック!」

「そうだ、派手にやるのだけが結婚式じゃない。若いのにしっかりしてるな」

「幸せになれよ、おふたりさん!」

 まわり中から声が飛んでくる。

 ぼくたちは照れながら、みんなの見ている前で指輪を交換した。なんと牧師見習いだという人まで通りかかって、結婚の誓いのことばを言わせてくれた。まあ、かなりいいかげんな感じだったから、牧師見習いというのは嘘かもしれないけれど。

 でも、ぼくたちはものすごく幸せだった。見ず知らずの大勢の人たちが、ぼくたちの門出を祝福してくれている……。

 

 ふと気がつくと、遠く離れた時計台の陰に、ピエロの姿が見えた。サンタピエロさん! とぼくは呼びかけようとした。これがあの人からのプレゼントだと、わかっていたから。

 すると、ピエロはぼくたちにちょっと手を振って――

 そのまま見えなくなってしまった。

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