サンタ・ピエロ

朝倉 玲

Asakura, Ley

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2

 「ちょ、ちょっと! やだぁ、ちょっと待って! 乗ります、乗りますったら! 行かないで、そのバス! 待ってったらぁ――!!」

 必死で走って追いかけたのに、バスはあたしをおいてった。どんなに叫んでも停まってくれない。

 ひどい。運転手ったら、あたしに気がついたのに、面倒だから停まらなかったんだわ、きっと!

 排気ガスを吐きながら遠ざかるバスを、あたしはにらみつけた。その後ろ姿とまわりの景色がにじむ。

 どうしよう、もう間に合わないよ……。

 涙がこぼれて止まらなくなる。

 

 すると、急に男の人に話しかけられた。

「どうしたの、お嬢ちゃん? 何を泣いているの?」

 年とっているわけではないけれど、すごく若いってわけでもない声。

 あたしはどきりと顔をあげて、とたんに、呆気にとられてしまった。だって、あたしの前に立ってのぞき込んでいたのは、緑の服を着たピエロだったから――。

「どうして泣いてるの? 困りごと?」

 ピエロがまたあたしに話しかけてきた。でも、なに、このピエロ? ベルを持って白い大きな袋を持って、しかも分厚い眼鏡をかけてる。眼鏡は度が強すぎて、どんな顔をしてるのかわからない。なに、この人ぉ! 怪しすぎ!

 すると、ピエロがまた言った。

「ぼくはね、こんな恰好をしてるけど、サンタなんだよ。みんなにプレゼントを配りに来たんだ」

「そ、そう……お仕事ご苦労様です。あ、あたし、急いでるんで。それじゃあ」

 変質者に違いないと思ったあたしは、ピエロに背中を向けて走り出そうとした。やだやだやだ、気持ち悪いぃ!

 

 でも、その瞬間、あたしはピエロの肩にいるものに気がついてしまった。小さくてまん丸な、金色のハムスターのぬいぐるみ。両手にヒマワリの種を持って、ちょこんと肩に乗っている。あ、かわいい――。

 思わず見つめて、逃げるタイミングを逃したあたしに、ピエロがまた話しかけてきた。

「今、バスを追いかけていたよね。乗り遅れてしまったのかい?」

 その声は意外なくらい優しかった。

 とたんに、あたしはまた涙がこみ上げてきた。このピエロはきっと、どこかの店のサンドイッチマンだわ。そんなふうに勝手に決めつけると、泣きながらわけを話した。

「あたしの友だちがね、今日、遠いところへ引っ越してしまうの。さきちゃんって言って、一番仲よくしていた友だちなんだ。今日の11時の新幹線で行ってしまうから、クラスのみんなで見送ることにしてたんだけど――」

「バスに乗り遅れちゃったんだ」

 とピエロに言われて、あたしはうなずいた。

「さきちゃんに渡すプレゼントを家に忘れて、取りに戻ったの。そしたら――。次のバスじゃもう間に合わないの。今日は日曜日だけど、うちはパパもママも仕事でいないから、駅まで送ってもらえないし。あたし、タクシーに乗るお金もないし、携帯持ってないから連絡も取れないし」

 話している間も、後から後から涙がこぼれてきた。こんな話をピエロにしたってしかたないんだけど、話さずにはいられなかった。

 さきちゃんは、あたしが見送りに来なかったら、きっとすごく悲しむだろう。ずっと友だちだと思ってたのにひどい、って怒るのにちがいない。

 違うよ、そうじゃないよ! お願い! 誰か、さきちゃんのところまで連れてって――!

 すると、ピエロが優しく言った。

 

「じゃあ、君にプレゼントをあげよう。ここから取って」

 と、あたしの目の前に大きな袋を差し出す。

 そんな、プレゼントなんていらないよ! と言おうとして、あたしはやめた。この人、泣いてるあたしを慰めようとしてくれてるんだ。プレゼントだって、きっとティッシュだよね。それで涙をふけって言ってるんだわ。

 あたしは恥ずかしくなって、でもやっぱりすごく悲しくて、泣きながら袋に手を入れて中のものをつかんだ。あれ? これ、ティッシュじゃない……?

 袋から出てきたのは、一足の靴下だった。緑色の、暖かそうなニーハイソックス。意外なものにあたしが驚いていると、ピエロは言った。

「それをはいてごらん」

「え、え、え? いっ、今ここで!?」

「そう」

 あたしの涙はたちまち引っ込んだ。やだぁ! やっぱりこの人、変質者だ! とんでもない人と話しちゃった! は、早くここから逃げなくちゃ……!

 ところが、あたしの体はあたしの気持ちと裏腹に動き出していた。靴を脱ぎ、今まではいていた短いソックスを脱いで、もらったニーハイをはき始める。えぇぇ!? な、なんであたし、こんなことしてるのよ!? やめようと思うのに、あたしの体は止まらない。靴下の上に編み込まれたトナカイの顔のワンポイントが目に入る――。

 

 シャンシャンシャーン、とたくさんの鈴の音がして、あたしの顔に風が当たった。

 我に返ると、あたしはいつの間にか「そり」に乗っていた。サンタクロースが乗ってくるような、緑色に塗られた大きなそりだ。それを6頭のトナカイが引いている。

 そりは空に浮いていた。はるか下のほうに道路や街並みがあって、それがぐんぐん後ろへ飛びすぎていく。えぇぇ、あ、あたし、そりで空を飛んでるのっ!!?

 すると、あたしの隣で、トナカイの手綱を握ったピエロが言った。

「もうすぐだよ。そら、もう駅だ。到着――」

 気がつくと、あたしは駅の前に立っていた。何がどうなっているのかわからなくて、ぽかんと立っていると、クラスの子たちが駆け寄ってきた。

「もえちゃん、なんてものに乗ってきたの!?」

「すっげぇ! 本物のトナカイのそりなんて初めて見た!」

「どうしたんだよ、いったい!?」

 付近の通行人も集まってきて、あたしはたちまち取り囲まれてしまう。

 そこへさきちゃんが駆けてきた。人混みをかき分けて、あたしに飛びついてくる。

「もえちゃん、やっぱり来てくれたのね! 遅いから、間に合わないんじゃ、って心配してたんだ! だけど、あたし今、もえちゃんが空から飛んできたように見えたよ! いったいどういうこと!?」

「どういうことって、えっと、その、サンタだって言うピエロがあたしに――」

 説明しながらピエロを捜したけれど、その時にはもう、そりもピエロもいなかった。たった今までここにいたのに、とみんな驚いて見回したけれど、やっぱりどこにも見つからない。

 

 すると、シャンシャンシャーンとまた鈴の音が聞こえてきた。頭のずっと上のほう。

 思わず見上げると、空飛ぶそりに乗ったピエロが見えた。

 そりとピエロは、どんどん遠ざかって、青空の中に見えなくなってしまった――。

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