ライトパンサー

朝倉 玲

Asakura, Ley

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7

 「それは……?」

 意外なものにあたしが驚くと、ビオは笑った。

「見ての通り、クッキーだよ。メルの大好物だったんだ。これをメルに渡そうと思ってね」

「渡すって……メルはライトパンサーになってしまっているんでしょう。どうやって?」

 ビオはそれには答えずに、鞄にかがみ込んで言った。

「君にも上げるよ、シシィ。こんなにたくさんあるから、ひとつくらい上げてもメルは怒らないさ」

 え、そんな。あたしは別に……

 でも、ビオはあたしに近づいてきた。あたしの手にクッキーの袋を落としながら、顔を寄せてあたしの頬にキスをする。あたしはびっくりして真っ赤になった。

「ちょっと――いきなり何するのよ――!」

 ただのキスなのに、ひどくうろたえてしまう。

 とたんに、あたしはその場に崩れるように倒れた。目の前を紫色の星が飛びかい、全身がしびれて力が入らなくなる。

 立ち上がれない――。

 

 すると、ビオがすまなそうに言った。

「ごめんね、シシィ。特別な気を送り込んだんだよ。これもぼくの能力なんだ。三十分くらいすれば、また動けるようになるから。それまで、ここでじっとしているんだよ」

「特別な気? どうしてあたしに――」

 体は動かなくても声だけは出た。

 ビオがまたちょっと笑う。

「危険だからさ。本当はこの船であいつを待つつもりだったんだけど、そうするとシシィまで食われるからね。ぼくは船の外であいつと一緒になることにするよ」

 一緒にって――ビオ!?

 ビオはほほえんだままだった。静かな優しい笑顔で言う。

「最後に話を聞いてもらえて嬉しかったよ。君は生きなくちゃね、シシィ。スキャンダルなんかに負けずに」

 ビオ! ――ビオ!?

 ビオは鞄を持ち直した。じゃ、と言ってコクピットから出ていく。動けないあたしを、その場に残したまま。

 やだ。あの人、死ぬつもりだ。自分からライトパンサーのところに行って、食われるつもりなんだわ。あれはメルだから。死なせて、ライトパンサーにしてしまったから――。

 だめよ、ビオ! 行ってはだめ!!

 引き止めたいと思うのに、あたしは立つことができなかった。腕を動かそうとしても、本当に、情けないくらい体に力が入らない。それでも必死で自分の体と格闘してると、やっと肘から先が動いた。指先が耳のピアスに触れる。

 とたんにピアスがピッと鳴った。これは護身用のピアス。こんな仕事をしてると、いつ変なファンに襲われるかしれないから、常に身につけている。あたしの全身に、さあっと涼しいものが流れ込んで、麻痺(まひ)が消えていく――。

 

 あたしは跳ね起きた。

 操縦席のモニターの中で、ライトパンサーがどんどん近づいていた。宇宙を駆ける光の豹。計器が示す残り時間はあと三分。早く彼を止めなくちゃ。

 ビオは船の外でライトパンサーを待つと言ってた。宇宙服が必要だわ!

 あたしは急いで周囲を見回した。船には必ず宇宙服が備えてあるし、置いてある場所も決まってる。ハッチの近くと、コクピット。

ほら、あった! あのロッカーに「船外服」って!

 宇宙服の装着方法ならわかる。「赤い海賊」の撮影で何度も着たもの。手順さえ間違えなければ、三十秒もかからない。たちまち宇宙服を着て、コクピットを飛び出す。

 ビオはハッチに向かったはず。急がなくちゃ!

 すると、足下が急に軽くなって、体がふわりと浮き上がった。

 船の人工重力がなくなってる! ビオが重力発生装置を停止させたんだわ。船の外に出るために。

「だめよ、ビオ!! だめよ!!!」

 通路の天井まで漂いながら、あたしは精一杯に叫んだ――。

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