翌日の土曜日、俺とつむりは例の公園へ向かった。俺に魔法をかけたカエルを見つけて、元に戻してもらうためだ。
空は明るいけれど、予報は雨。つむりは青い傘を持つと、俺を頭に載せて言った。
「昨夜、増子君の傘も作ったんだよ。ほら、これ。雨が降り出したら使ってね」
つむりの指先にはミニチュアサイズの赤い傘があった。
あのな、カエルは傘をさせないって言っただろうが! それにカエルは雨は平気なんだよ!
俺はそう言いそうになって、ぐっとこらえた。
つむりはこの傘を一生懸命作ってくれたんだ。俺が濡れたら大変だと思って。
「ありがとう、つむり」
俺はただそう言った。
公園に行く途中、つむりは俺の家の前を通った。そういう道順だったんだ。
すると、門の前に父さんが立っていた。
あれ? 土曜日でも仕事のはずなのに、どうしたんだろう?
父さんは黙って腕組みしたまま、じっと通りの向こうを眺めていた。誰かを待っているように。
そうだ、俺が帰るのを待っているんだよ。仕事を休んで――。
父さんはひどく疲れているように見えた。
母さんの姿は見当たらない。たぶん、家の中でまた泣いているんだ。
「増子君のお父さん、なんだか淋しそうだね」
家の前を過ぎてから、つむりが俺にささやいた。
俺は返事ができなかった……。
公園に着くと、俺たちはあのカエルを探した。
生け垣では今日もアジサイが咲いていたが、どこにもカエルはいなかった。
出てきてくれよ! 俺はどうしても元に戻りたいんだよ!
念じるけれど、やっぱりヤツはでてこない。
すると、突然近くで大声がした。
「こんなところにいた! つむり、そのカエルをぼくに渡してくれ!」
なんと、生物学オタクの小池だった。つむりの頭の上に俺を見つけたんだ。
「だめ! これは増子君だよ!」
と、つむりは言ったけれど、小池は聞いていなかった。
「世紀の大発見なんだ! それをよこせ!」
と、無理やり俺を捕まえようとする。
つむりは小池を避けて逃げた。歩道から車道へ。
そこへ向こうから大型トラックが走ってくる。
やべっ、運転手がよそ見をしてるぞ! つむりに気がついてない!
そして、つむりもトラックに気づいてなかった。小池のほうに気を取られている。
俺は一瞬だけ迷った。
次の瞬間には、つむりの額を蹴って思いきりジャンプする。
車道とは反対側の、小池が来る方へ。
「増子君!?」
案の定、つむりは驚いて俺を追いかけてきた。向きを変えた彼女のすぐ後ろを、大型トラックが走りすぎていく。
よし、助かったぞ――!
ところが、そのとたん俺は何かにぶつかった。
つむりと小池の間を、自転車がものすごい勢いで走りすぎていったんだ。
馬鹿野郎、歩道を自転車で疾走するな!
そう思ったけれど後の祭り。俺は大きく跳ね飛ばされて、公園のブロックに激突した。
痛みと共に、自分の体がつぶれる嫌な感触がする――。
すると、どこからか声が聞こえた。
「まあ、このくらいで勘弁してやろうかね、ひねくれ坊主」
あのカエルの声だ!
俺はそのまま気が遠くなり……
気がつくと、生け垣に寄りかかるようにして倒れていた。
小池は歩道や生け垣を必死で探し回っている。
「どこだ!? どこに逃げた!?」
俺のいる場所には気づいていない。
すると、つむりが駆け寄ってきた。あれ、なんか、つむりの顔が小さく見える……?
つむりは目を涙でいっぱいにしていた。
「よかったね、増子君! 本当によかったね!」
そう言って、いきなり俺の首に抱きついてくる。
お、おい!?
俺はあせって、そして気がついた。
彼女と俺は同じ大きさ。俺は人間の姿に戻っていた――。