次の土曜日、俺は公園でつむりと待ち合わせをしていた。
約束の時間からたっぷり30分以上も遅れて、ようやくつむりが駆けてくる。
「ごめんね、増子君。お弁当作ってたら、遅くなっちゃった」
つむりは相変わらずだ。
俺が元の姿に戻って1週間が過ぎた。
3日ぶりで俺が見つかったものだから、学校も両親も本当に大騒ぎだった。
どこにいたんだ、と聞かれたけれど、俺は、覚えていない、と言って通した。カエルになってつむりの家にいたなんて話、信じてもらえるはずがないからな。
俺の頭にはブロックにぶつけた時のこぶがあったから、それが原因だろうということになった。頭を打った拍子に一時的に記憶喪失になっていたんだろう、と。
本当は何があったのか。
それは俺とつむりだけの秘密だ。
つむりは今日はカタツムリの服を着ていなかった。涼しげなタンクトップに水色のラインのスカート。
「珍しいな」
と言うと、つむりはニコッと笑った。
「これもカタツムリだよ。カタツムリの殻の渦巻き模様のスカートなの」
えぇ。そこまでこだわるのか!?
俺はあきれ、すぐに苦笑いした。
しょうがないよな。それがつむりだもんな。
俺はちょっとためらってから、隠していた細長い箱を出した。
中からアジサイのペンダントを取りだして、つむりの首にかけてやる。
「これはお礼だよ。つむりはには本当に助けられたからな。カタツムリにはアジサイ――ぴったりだろう?」
照れながらそう言うと、つむりはとても嬉しそうに手を打ち合わせた。
「うわぁ、ありがとう! 大事にするね、増子君」
うぅぅ……こいつって、ホントにめちゃくちゃかわいい!
公園は雨上がりだった。アジサイの花の上でしずくが光る。その間をぶらぶら歩きながら、俺たちは話し続けた。
「父さんが、志望校を俺の行きたい学校に変えていい、って言ってきたんだ。塾の回数も減らしていいって言われてさ。おかげで、こうして土曜日に遊べるようになったんだ。俺が行方不明になって、父さんたちもいろいろ考えたらしいな。父さんはあんまりうるさくなくなったし、母さんは前より泣かなくなったよ」
「そっか、よかったね」
と、つむりは屈託なく言った。少し考えてから、こう続ける。
「あたしのママもね、大きなプロジェクトが一段落したらしいの。これからは早く帰ってこられるわよ、って言ってるわ。明日はママがお休みだから、一緒に買い物に出かけるのよ。――でも、きっとすぐにまた仕事が忙しくなっちゃうと思うんだけどね」
嬉しそうなことばの後に、そんなふうに付け足すつむり。ちょっと淋しげな笑顔は変わらない。
俺はあわてて言った。
「週末なら、俺がこうして付き合ってやるって。学校の昼飯だって一緒に食ってやってるだろうが。おまえの作る弁当、すごくうまいぞ」
とたんに、つむりはまた顔を輝かせた。手に下げていたバスケットを差しだして言う。
「今日のお弁当も上手にできたんだよ。どこか眺めのいいところに座って食べよう」
「おいおい、まだ10時だぞ! 昼飯には早いだろうが!」
あきれた俺に、つむりは、あら、と首をかしげた。またしばらく考えてから、にっこり笑って言う。
「そっか。じゃあ、もっと歩いてお腹をすかせてからにしようね」
歩くだけかよ? ……まあ、いいか。
俺たちは公園を歩き続けた。とりたてて何もなくても、つむりは楽しそうだ。
途中で小池を見かけた。生け垣でカエルの俺をまだ探していた。わけを話しても無駄に決まってるから、黙って後ろを通り過ぎる。
すると、つむりが急に空を指さした。
「増子君、ほら、虹だよ!」
見上げると本当に七色の橋がかかっている。
ケロケロケロケロ……
どこかでカエルがのんびり鳴き出した。
もしかしたら、あのカエルだったのかもしれない――。
――The End――