カエルの王子

朝倉 玲

Asakura, Ley

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10

 次の土曜日、俺は公園でつむりと待ち合わせをしていた。

 約束の時間からたっぷり30分以上も遅れて、ようやくつむりが駆けてくる。

「ごめんね、増子君。お弁当作ってたら、遅くなっちゃった」

 つむりは相変わらずだ。

 

 俺が元の姿に戻って1週間が過ぎた。

 3日ぶりで俺が見つかったものだから、学校も両親も本当に大騒ぎだった。

 どこにいたんだ、と聞かれたけれど、俺は、覚えていない、と言って通した。カエルになってつむりの家にいたなんて話、信じてもらえるはずがないからな。

 俺の頭にはブロックにぶつけた時のこぶがあったから、それが原因だろうということになった。頭を打った拍子に一時的に記憶喪失になっていたんだろう、と。

 本当は何があったのか。

 それは俺とつむりだけの秘密だ。

 

 つむりは今日はカタツムリの服を着ていなかった。涼しげなタンクトップに水色のラインのスカート。

「珍しいな」

 と言うと、つむりはニコッと笑った。

「これもカタツムリだよ。カタツムリの殻の渦巻き模様のスカートなの」

 えぇ。そこまでこだわるのか!?

 俺はあきれ、すぐに苦笑いした。

 しょうがないよな。それがつむりだもんな。

 

 俺はちょっとためらってから、隠していた細長い箱を出した。

 中からアジサイのペンダントを取りだして、つむりの首にかけてやる。

「これはお礼だよ。つむりはには本当に助けられたからな。カタツムリにはアジサイ――ぴったりだろう?」

 照れながらそう言うと、つむりはとても嬉しそうに手を打ち合わせた。

「うわぁ、ありがとう! 大事にするね、増子君」

 うぅぅ……こいつって、ホントにめちゃくちゃかわいい!

 

 公園は雨上がりだった。アジサイの花の上でしずくが光る。その間をぶらぶら歩きながら、俺たちは話し続けた。

「父さんが、志望校を俺の行きたい学校に変えていい、って言ってきたんだ。塾の回数も減らしていいって言われてさ。おかげで、こうして土曜日に遊べるようになったんだ。俺が行方不明になって、父さんたちもいろいろ考えたらしいな。父さんはあんまりうるさくなくなったし、母さんは前より泣かなくなったよ」

「そっか、よかったね」

 と、つむりは屈託なく言った。少し考えてから、こう続ける。

「あたしのママもね、大きなプロジェクトが一段落したらしいの。これからは早く帰ってこられるわよ、って言ってるわ。明日はママがお休みだから、一緒に買い物に出かけるのよ。――でも、きっとすぐにまた仕事が忙しくなっちゃうと思うんだけどね」

 嬉しそうなことばの後に、そんなふうに付け足すつむり。ちょっと淋しげな笑顔は変わらない。

 俺はあわてて言った。

「週末なら、俺がこうして付き合ってやるって。学校の昼飯だって一緒に食ってやってるだろうが。おまえの作る弁当、すごくうまいぞ」

 とたんに、つむりはまた顔を輝かせた。手に下げていたバスケットを差しだして言う。

「今日のお弁当も上手にできたんだよ。どこか眺めのいいところに座って食べよう」

「おいおい、まだ10時だぞ! 昼飯には早いだろうが!」

 あきれた俺に、つむりは、あら、と首をかしげた。またしばらく考えてから、にっこり笑って言う。

「そっか。じゃあ、もっと歩いてお腹をすかせてからにしようね」

 歩くだけかよ? ……まあ、いいか。

 俺たちは公園を歩き続けた。とりたてて何もなくても、つむりは楽しそうだ。

 途中で小池を見かけた。生け垣でカエルの俺をまだ探していた。わけを話しても無駄に決まってるから、黙って後ろを通り過ぎる。

 

 すると、つむりが急に空を指さした。

「増子君、ほら、虹だよ!」

 見上げると本当に七色の橋がかかっている。

 ケロケロケロケロ……

 どこかでカエルがのんびり鳴き出した。

 もしかしたら、あのカエルだったのかもしれない――。

 

――The End――

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