小池に研究材料にされそうになった俺は、間一髪でつむりに助けられた。ヤツに見つからないうちに、学校の外へ逃げ出す――。
俺を肩の上に載せて、つむりが言った。
「せっかくだから図書館に行こうか、増子君。『カエルの王子様』の本を探してみよう」
「おっ、いいな! 行こう!」
俺たちはそのまま図書館に直行した。
「お待たせしました。お探しの本は、きっとこれですね」
眼鏡の女性司書が、つむりに本を持ってきてくれた。予想外に分厚い本だ。
あれ、『カエルの王子様』って、絵本じゃないのか?
俺がつむりの制服のポケットで驚いていると、つむりも言った。
「『カエルの王子様』って書いてない……」
「ええ、これはグリム童話集よ。『カエルの王子様』と呼ばれている作品は、この本にあってね。『かえるの王様』とか『かえると金のまり』と呼ばれることもあるのよ。この本には『かえると金のまり』で載っているわ。もしかしたら、あなたが知っている話とは、ラストも少し違うかもね」
かえると金のまり? あれ、なんだか聞いたことがあるような、ないような……。
つむりは、グリム童話集を借りると、図書館の裏手のベンチで、さっそく本を開いた。『かえると金のまり』の話を見つけると、声に出して読み始める。
「昔々、ある国のお城に、かわいいお姫様がいました。お姫様は金のまりがそれはお気に入りで、いつもそれをついて遊んでいました。ところが、ある日、まりが手をそれて、お城の中庭の泉に落ちてしまったのです――」
話を聞くうちに、俺は急に思い出した。
この話は知ってるぞ! 昔、母さんに読んでもらったんだ。
落としたまりをカエルが拾ってくれて、お姫様と一緒にお城で暮らすようになる。カエルの正体は本当はどこかの国の王子で、悪い魔女にカエルにされていたんだ。カエルから元に戻る方法は、確か――
俺は思わず何かを丸呑みしたような気分になった。
完全に思い出してしまったからだ。
そうだ。カエルから戻る方法っていったら、「あれ」じゃないか。おとぎ話のお約束。お姫様の「キス」だ。
俺はカエルになっているのに、顔面が真っ赤になっていく気がした。
え、え、えぇと……キスってのは、別に本物のお姫様とかでなくてもいいわけか? 日本に王女なんかいないもんな。女の子が俺にキスしてくれればいいわけか……?
どぎまぎしながら、そっとつむりの顔を盗み見る。
そんなことには全然気づかずに、つむりは本を読み続けていた。いつの間にか物語は肝心のラストに差しかかっていた。
「カエルがお姫様のベッドで一緒に寝たいと言ったので、お姫様はすっかり腹をたてました。いきなりカエルをつかまえると、壁にたたきつけてしまいます。カエルはぺちゃりとつぶれ、とたんに姿が消えて、後には美しい王子が立っていました。王子は悪い魔女にカエルにされていたのです。王子は、おかげで元の姿に戻れました、とお姫様に感謝しました――」
なに!!?
俺はびっくり仰天した。
壁にたたきつける――それが元に戻る方法なのか!?
「もしかしたら、あなたが知っている話とは、ラストも少し違うかもね」
女性司書が言ったことばが浮かんできた。
そんな――。
つむりは困ったように俺を見た。
「どうしようか? 元に戻るには増子君を壁にぶつけなくちゃいけないみたいだね」
「ばばば、馬鹿言うなっ! そ、そんなことしたら、俺は死ぬかもしれないじゃないか! 死ななくても、壁に激突したら大怪我だぞ! それはただのおとぎ話なんだ!俺がそれで戻れるとは限らないんだからな! 却下だよ! 却下!」
「そうだよねぇ」
つむりは溜息をつくと、そっと本の扉を閉じた――。