カエルの王子

朝倉 玲

Asakura, Ley

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7

 小池に研究材料にされそうになった俺は、間一髪でつむりに助けられた。ヤツに見つからないうちに、学校の外へ逃げ出す――。

 俺を肩の上に載せて、つむりが言った。

「せっかくだから図書館に行こうか、増子君。『カエルの王子様』の本を探してみよう」

「おっ、いいな! 行こう!」

 俺たちはそのまま図書館に直行した。

 

「お待たせしました。お探しの本は、きっとこれですね」

 眼鏡の女性司書が、つむりに本を持ってきてくれた。予想外に分厚い本だ。

 あれ、『カエルの王子様』って、絵本じゃないのか?

 俺がつむりの制服のポケットで驚いていると、つむりも言った。

「『カエルの王子様』って書いてない……」

「ええ、これはグリム童話集よ。『カエルの王子様』と呼ばれている作品は、この本にあってね。『かえるの王様』とか『かえると金のまり』と呼ばれることもあるのよ。この本には『かえると金のまり』で載っているわ。もしかしたら、あなたが知っている話とは、ラストも少し違うかもね」

 かえると金のまり? あれ、なんだか聞いたことがあるような、ないような……。

 

 つむりは、グリム童話集を借りると、図書館の裏手のベンチで、さっそく本を開いた。『かえると金のまり』の話を見つけると、声に出して読み始める。

「昔々、ある国のお城に、かわいいお姫様がいました。お姫様は金のまりがそれはお気に入りで、いつもそれをついて遊んでいました。ところが、ある日、まりが手をそれて、お城の中庭の泉に落ちてしまったのです――」

 話を聞くうちに、俺は急に思い出した。

 この話は知ってるぞ! 昔、母さんに読んでもらったんだ。

 落としたまりをカエルが拾ってくれて、お姫様と一緒にお城で暮らすようになる。カエルの正体は本当はどこかの国の王子で、悪い魔女にカエルにされていたんだ。カエルから元に戻る方法は、確か――

 

 俺は思わず何かを丸呑みしたような気分になった。

 完全に思い出してしまったからだ。

 そうだ。カエルから戻る方法っていったら、「あれ」じゃないか。おとぎ話のお約束。お姫様の「キス」だ。

 俺はカエルになっているのに、顔面が真っ赤になっていく気がした。

 え、え、えぇと……キスってのは、別に本物のお姫様とかでなくてもいいわけか? 日本に王女なんかいないもんな。女の子が俺にキスしてくれればいいわけか……?

 どぎまぎしながら、そっとつむりの顔を盗み見る。

 

 そんなことには全然気づかずに、つむりは本を読み続けていた。いつの間にか物語は肝心のラストに差しかかっていた。

「カエルがお姫様のベッドで一緒に寝たいと言ったので、お姫様はすっかり腹をたてました。いきなりカエルをつかまえると、壁にたたきつけてしまいます。カエルはぺちゃりとつぶれ、とたんに姿が消えて、後には美しい王子が立っていました。王子は悪い魔女にカエルにされていたのです。王子は、おかげで元の姿に戻れました、とお姫様に感謝しました――」

 なに!!?

 俺はびっくり仰天した。

 壁にたたきつける――それが元に戻る方法なのか!?

「もしかしたら、あなたが知っている話とは、ラストも少し違うかもね」

 女性司書が言ったことばが浮かんできた。

 そんな――。

 

 つむりは困ったように俺を見た。

「どうしようか? 元に戻るには増子君を壁にぶつけなくちゃいけないみたいだね」

「ばばば、馬鹿言うなっ! そ、そんなことしたら、俺は死ぬかもしれないじゃないか! 死ななくても、壁に激突したら大怪我だぞ! それはただのおとぎ話なんだ!俺がそれで戻れるとは限らないんだからな! 却下だよ! 却下!」

「そうだよねぇ」

 つむりは溜息をつくと、そっと本の扉を閉じた――。

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