カエルの王子

朝倉 玲

Asakura, Ley

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6

 5時間目の授業は音楽だった。クラスのみんなが教室移動をする。

 つむりが俺も連れていこうとすると、クラス委員に叱られた。

「つむり、そんなものを音楽室に持っていくなよ!」

 しかたなく、俺は留守番になる。

 

 教室の後ろの棚に置かれたバケツで、俺は考えた。

 つむりが言っていた「カエルの王子様」という本。そこには俺を元に戻す方法が書いてあるだろうか?

 もちろん、おとぎ話なのはわかってる。

 だけど、俺がこんなふうにカエルになっているんだ。本の方法だって正しいかもしれない。

 あれこれ考えるうちに、俺はだんだん眠くなってきた。つむりの弁当を食って、満腹だったんだ。 

 ハムとキュウリのサンドイッチと、スモークサーモンとアボガドのロールサンド。どっちも、つむりが自分で作ったものだ。

 味は絶品。

 あいつ、意外と料理上手だなぁ……。

 

 突然あたりが激しく揺れて、俺は目を覚ました。

 いつの間にか眠り込んでいたんだ。

 俺はバケツごと学校の廊下をすごい勢いで移動していた。

 バケツを持って走っているのは、つむりじゃない。ジャージに白衣、度の強い丸メガネの男子生徒――3組の小池じゃないか!

 生物学オタクで有名な、学年きっての変わり者だ。

 なんで小池が俺を……!?

 

 小池は男子トイレに駆け込んだ。

 個室に鍵をかけると、バケツを便器に置いて、白衣からスマホを取り出す。

 と、俺の頭上にばさりと屋根がかかった。小池が白衣を脱いでバケツにかぶせたんだ。

 布の天井の向こうから小池の話し声が聞こえてくる。

「もしもし、ぼくだ! ものすごいものを発見したぞ! これが事実だと確認されたら、世界で初めての発見だ! パンやキュウリを食うアマガエルがいたんだよ! 雑食性のアマガエルはまだ世界で発見されていないからな!これは世界的な大発見だ!」

 げ。こいつ、屋上で俺がつむりの弁当を食っているところを見ていたのか。それにしても、よく俺が食っていたものが見分けられたな――。

 小池は興奮しながら話し続けていた。

「本当だったら! ちゃんと双眼鏡で餌を呑み込んでいるところも確認したんだ! これからそっちの研究所に持っていく! どんな内臓の構造になっているのか、CTでスキャンしてくれ。いや、本当なんだったら! 嘘だと思うなら、解剖でもなんでもして確かめればいいだろう!」 

 ちょ、ちょっと待て、小池! 今、なんて言った!? 解剖だと!? やめろ――!!

 俺は大声を上げたけれど、小池は聞いていなかった。ますます興奮して電話の相手と話している。

 

 俺は必死でバケツをよじ登って天井を押した。

 このままだと俺は研究材料にされる。下手をしたら本当に解剖だ。冗談じゃない!!

 力一杯押した拍子に、上着とバケツの間に隙間ができた。そこをすり抜けてバケツから飛び下りる。

 タイルの床はひやりと冷たかった。

 こっちを向くなよ、と小池へ念じながら、個室のドアの下をくぐってトイレの出口へ急ぐ。

 早く! できるだけ早くここから離れないと――!

 

 ところが、トイレを出たとたん、俺の前に靴をはいた足が停まった。大きな手が降ってきて、飛び跳ねた俺を捕まえてしまう。

 うぉぉ、出せ! ここから出せ! 俺を放せぇぇ……!!

 俺が死にものぐるいで暴れていると、外から声がした。

「増子君、こんなところにいたんだ。ずいぶん探したよ?」

 声と同時に手が開く。つむりのかわいい顔が目の前にあった――。

 5時間目はまだ終わっていない。どうやら、つむりは俺が気になって、授業を途中で抜け出してきたらしい。

 た、助かったぁ……!

 

 その時、トイレに小池の声が響いた。

「あれッ! どこに行ったッ!?」

 金切り声を上げている。

 俺はあわてて彼女に言った。

「逃げろ、つむり! 早く! 急げ――!!」

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