カエルの王子

朝倉 玲

Asakura, Ley

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5

 翌日、つむりは俺を学校に連れていった。あのハスの花のバケツに俺を入れて。

 バケツを机に置くと、案の定、クラスの連中が驚いた。

「やぁだ、つむり、どうしてバケツなんか持ってきたの?」

「花を持ってきたのか? どうして花瓶にしなかったんだよ?」

 俺はおそるおそるハスの葉の上によじ登った。みんな、俺だってわかってくれるだろうか……。

 とたんに何人もの女子が悲鳴をあげた。

「きゃーっ、いやーっ!! カエルーーッ!!」

 しまった。女子って、カエル嫌いが多いんだっけ。

 早く外に出して! というヤツ、どれどれカエルだって? と集まってくるヤツ。教室の中は大騒ぎだ。

 

 そこへ、廊下から飛び込んできたヤツがいた。

「大変だ! 増子が昨日から家に帰ってないんだってさ!」

 え、俺のこと……?

「職員室に日誌を取りに行ったら、増子の両親が来てたんだよ。昨日、塾に行くって家を出て、一晩中戻らなかったんだってさ。山下先生と一緒に校長室に入っていったぞ」

 父さんと母さんが……。

 教室の話題はそっちに移ってしまった。

「増子、この前の実力テストで順位が下がって、親にすごく叱られた、って言ってたからなぁ」

「昨日は英語の森先生にも叱られてたでしょう? どうしてこんな簡単な文法がわからないんだ、って」

「もう一度中学1年からやり直せ、とか言われてたよね」

「あれは森が悪いんだよ。あいつの授業、全然わかんねえもん」

 増子の気持ち、わかるよな、と誰かがつぶやき、全員がなんとなく黙り込んだ。

 みんな……。

「あのぅ」

 と、つむりが口を開いた。

 俺のことを話そうとしたんだが、クラスのみんなは聞いていなかった。ちょうど授業の予鈴が鳴ったからだ。

 俺はあわててつむりに言った。

「俺のことはみんなに話すな! 俺が増子だって、教えなくていいから!」

 みんなから心配されている俺。家出をしたと思われているんだ。その俺がカエルになっているとわかったら、みんななんて言うだろう。

 驚く? 笑う? あきれる? 嘆く? どの反応も俺にはしんどい。

 それに、今、学校には俺の両親も来てるから、俺の正体が知れたら飛んでくる。母さんは泣くだろう。父さんはきっと激怒する。罰が当たったんだぞ、ときっと叱られる。

 冗談じゃない!

 俺はバケツの水に飛び込んでハスの葉の裏に隠れた――。

 

 昼休み、つむりは俺を連れて学校の屋上に行った。

「ここ、ほとんど人が来ないから、あたし、いつもここでお弁当を食べるの。増子君も一緒に食べよう」

 と俺にサンドイッチを分けてくれる。

 俺たちは弁当を食べながら相談をした。もちろん、どうやったら人間に戻れるだろうか、という話だ。

「とにかく、これは魔法のしわざなんだよな。だから、その魔法を解かなくちゃいけないんだ。魔法でカエルになったヤツの話ってなかったっけか?」

 と俺が言うと、つむりはしばらく考えてから、うなずいた。

「うん、あるね。たしか、『カエルの王子様』って童話だったよ」

「やっぱりあったか! それって、どんな話だ!? どうやったらカエルから人間に戻れるんだ!?」

 えぇと、とつむりがまた考える。

 俺にはその童話は思い出せない。たぶん読んだことがないんだ。 

 やがて、つむりは言った。

「あたしもよく覚えてないわ。帰りに図書館に回ってみよう、増子君。きっと、本があると思うから」

 そこへ昼休み終了5分前のチャイムが響いたので、つむりは立ち上がった。空の弁当箱と俺が入ったバケツを持って、屋上から校舎の中へ戻る。

 

 でも、その時の俺たちは、気がついていなかった。誰もいないはずの屋上に、別の人物がいたことに。

 そいつが、物陰からじっとこちらの様子をうかがっていたことに。

 午後の授業開始のチャイムが校舎に響いた――。

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