カエルの王子

朝倉 玲

Asakura, Ley

前へ

4

 俺はクラスメートのつむりに救出されて、新興住宅地の戸建ての家に連れていかれた。ちょっとしゃれた建物で、庭には芝生と小さな池もある。

 玄関を鍵で開けて、つむりが言った。

「はい、どうぞ、増子君。ここがあたしの家よ」

 と俺を廊下に下ろす。

 げ。なんて馬鹿でかくて長い廊下だよ。行き止まりがかすんでいて、見えないぞ!

 でも、つむりはスリッパにはき替えて、すたすた歩き出した。

 しかたないから、俺も必死でついていく。

 ぴょん、ぴょん、ぴょん……

 ジャンプして進む俺は、どうしたってカエルそのものだ。

 ったく!

 

 つむりが俺を案内したのは、キッチンだった。パステルカラーの流し台にフローリングの床。綺麗に掃除されていて、ゴミはひとつも落ちてない。

 つむりがまた言った。

「お腹すいたでしょう、増子君? 待っててね。何か食べられるものを準備するから」

 俺は、ハエかゴキブリでも持ってこられるんじゃないかと思って、本気でびびった。いくらカエルになっても、そんなもんは食いたくないぞ!

 でも、それは杞憂(きゆう)だった。つむりがエプロンをしめて、キッチンでじゅうじゅうと何かを焼き始める。

 ああ、この匂いはソーセージだぁ……。

 カエルになった俺の腹が、ぐうと鳴った。

「はい、お待たせ、増子君。たくさん食べてね」

 と、つむりが持ってきたのは、楊子に刺したウィンナーソーセージだった。ご丁寧に切り目を入れて、タコにしてある。

「かわいいでしょう? 今日はタコさんの顔もうまくいったの」

 満足そうなつむりを、俺はあきれて眺めた。

「あのな、つむり、こんなもん、どうやって食えって言うんだ? 俺はカエルだぞ。でかすぎて口に入らないだろうが」

 あら、とつむりは言った。しばらく考えてから、思いついたように手を打ち合わせる。

 冷蔵庫から新たに出したのは、ミニサイズのウィンナーソーセージだった。おもむろに包丁で切り目を入れて、ミニサイズのタコさんウィンナーを作ろうとする。

 違うっ!! ソーセージを小さく刻んでくれ、って言ってるんだよっ!!!

 

 5分後、俺は細かくしたソーセージになんとかありつくことができた。砕いたクッキーも食べて、やっと満足する。

 すると、いつの間にか庭に出ていたつむりが、また台所に戻ってきた。手には水を入れた赤いバケツを下げている。

「これ、増子君の客室よ。ハスの葉っぱと花も池から採ってきて、入れてあげたから」

 えぇぇ!!? 俺はカナヅチなんだ! そんなもんに入りたくは――

 だが、つむりは有無を言わさず、俺をつまんでバケツに入れた。

 ぽちゃん。

 人間から見れば小さなしぶきを上げて、俺は水に落ちる。

 うぁぁ、おぼ、おぼれる――!!!

 おぼれなかった。

 さすがにカエル。俺の体は、何も考えなくてもすいすいと泳ぎ、あっという間にバケツを横切って、ハスの花によじ登った。

 ずっと息苦しかったのに、呼吸も急に楽になって、気分がよくなっていく。

 

 とたんに、眠気が襲ってきた。とんでもない出来事の連続で、俺はすっかり疲れ果てていたんだ。

 ハスの花に載ったまま、大あくびをひとつ。

 つむりが何か言っていたけれど、その声は遠いどこかから聞こえてくるようだった。

「明日、増子君を学校に連れていってあげるね。そこで元に戻る方法を探そう……」

 学校かぁ。誰か戻し方を知ってるヤツはいるかなぁ。

 夢うつつで返事をするうちに、俺は完全に眠ってしまっていた――。

トップへ戻る