俺はクラスメートのつむりに救出されて、新興住宅地の戸建ての家に連れていかれた。ちょっとしゃれた建物で、庭には芝生と小さな池もある。
玄関を鍵で開けて、つむりが言った。
「はい、どうぞ、増子君。ここがあたしの家よ」
と俺を廊下に下ろす。
げ。なんて馬鹿でかくて長い廊下だよ。行き止まりがかすんでいて、見えないぞ!
でも、つむりはスリッパにはき替えて、すたすた歩き出した。
しかたないから、俺も必死でついていく。
ぴょん、ぴょん、ぴょん……
ジャンプして進む俺は、どうしたってカエルそのものだ。
ったく!
つむりが俺を案内したのは、キッチンだった。パステルカラーの流し台にフローリングの床。綺麗に掃除されていて、ゴミはひとつも落ちてない。
つむりがまた言った。
「お腹すいたでしょう、増子君? 待っててね。何か食べられるものを準備するから」
俺は、ハエかゴキブリでも持ってこられるんじゃないかと思って、本気でびびった。いくらカエルになっても、そんなもんは食いたくないぞ!
でも、それは杞憂(きゆう)だった。つむりがエプロンをしめて、キッチンでじゅうじゅうと何かを焼き始める。
ああ、この匂いはソーセージだぁ……。
カエルになった俺の腹が、ぐうと鳴った。
「はい、お待たせ、増子君。たくさん食べてね」
と、つむりが持ってきたのは、楊子に刺したウィンナーソーセージだった。ご丁寧に切り目を入れて、タコにしてある。
「かわいいでしょう? 今日はタコさんの顔もうまくいったの」
満足そうなつむりを、俺はあきれて眺めた。
「あのな、つむり、こんなもん、どうやって食えって言うんだ? 俺はカエルだぞ。でかすぎて口に入らないだろうが」
あら、とつむりは言った。しばらく考えてから、思いついたように手を打ち合わせる。
冷蔵庫から新たに出したのは、ミニサイズのウィンナーソーセージだった。おもむろに包丁で切り目を入れて、ミニサイズのタコさんウィンナーを作ろうとする。
違うっ!! ソーセージを小さく刻んでくれ、って言ってるんだよっ!!!
5分後、俺は細かくしたソーセージになんとかありつくことができた。砕いたクッキーも食べて、やっと満足する。
すると、いつの間にか庭に出ていたつむりが、また台所に戻ってきた。手には水を入れた赤いバケツを下げている。
「これ、増子君の客室よ。ハスの葉っぱと花も池から採ってきて、入れてあげたから」
えぇぇ!!? 俺はカナヅチなんだ! そんなもんに入りたくは――
だが、つむりは有無を言わさず、俺をつまんでバケツに入れた。
ぽちゃん。
人間から見れば小さなしぶきを上げて、俺は水に落ちる。
うぁぁ、おぼ、おぼれる――!!!
おぼれなかった。
さすがにカエル。俺の体は、何も考えなくてもすいすいと泳ぎ、あっという間にバケツを横切って、ハスの花によじ登った。
ずっと息苦しかったのに、呼吸も急に楽になって、気分がよくなっていく。
とたんに、眠気が襲ってきた。とんでもない出来事の連続で、俺はすっかり疲れ果てていたんだ。
ハスの花に載ったまま、大あくびをひとつ。
つむりが何か言っていたけれど、その声は遠いどこかから聞こえてくるようだった。
「明日、増子君を学校に連れていってあげるね。そこで元に戻る方法を探そう……」
学校かぁ。誰か戻し方を知ってるヤツはいるかなぁ。
夢うつつで返事をするうちに、俺は完全に眠ってしまっていた――。