カエルの王子

朝倉 玲

Asakura, Ley

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3

 つむりは、俺の高校のクラスメートだ。

 もちろん本名はそんな変な名前じゃない。大沢春香。でも誰もそう呼ばない。

 馬鹿ってわけじゃないはずなんだが、とにかく行動がとろい。教室移動でも、ぼーっとひとりだけクラスに残って、クラス委員や担任に叱られてやっと動く。

 ついた仇名が「かたつむり」。いつしかそれも省略されて、ただ「つむり」。 

 青い猫の傘をさして生け垣を眺めていたのは、彼女だった。俺が声を上げたものだから、驚いてこちらを見ている。

 

 すると、つむりが俺に目を留めた。すうっと歩み寄って、顔を近づけてくる。

「こんにちは。今、あたしを呼んだのはあなた?」

 つむりは俺に向かってそう言った。俺はカエルなのに! 紛れもなく、小さなアマガエルなのに!

「おまえ、俺がわかるのか……!?」

 思わずまた声に出して尋ねると、つむりが首をかしげた。傘が揺れて雨しずくが縁からこぼれ落ちる。

「カエルさん、口がきけるの? すごいね。童話みたい」

 俺は呆気にとられた。こいつ、俺をカエルだと思って話しかけていたのか!

 つむりは目を細めて笑っていた。歳の割に幼く見える、純な笑顔だ――。

 

 だが、俺はすぐに我に返った。

 このチャンスを逃してたまるか! 勢い込んでまた話し出す。

「つむり、俺だ! 増子大介! わかるか!? おまえのクラスの増子だよ!」

 つむりは笑顔をひっこめた。

 おまえのくらすのましこ?と不思議そうに繰り返す。

「そうだよ! クラスで一緒の増子だったら!」

 それでも、つむりはまだぴんと来ないようだった。じぃっと俺を見つめてくる。

 こいつ、目がでかいな。それに、アップで見ると意外とかわいい顔してやがる――

 って、今はそんなことを考えている場合じゃない!

「わかんないのかよ! 増子だったら!!」

 すると、ようやく彼女が納得した顔になった。ああ、と言って両手を打ち合わせる。

 とたんに傘が歩道の上に落ちた。

「あら、いけない。傘の中が濡れちゃう」

 と、つむりがおもむろに傘を拾う――

 いや、そんなもの放っておけよ! ここはびっくりして、「どうしてそんな恰好になってるの!」と言う場面だろう!?

 

 つむりがまた俺を見た。不思議そうに話しかけてくる。

「増子君、カエルになっちゃったんだ。すごい変身だね。楽しい?」

 た、楽しいわけあるかぁぁ――!!!

 とにかく、つむりと話すとテンポがずれる。それでも俺は必死で話し続けて、ようやく俺に起きたことを彼女に理解してもらった。

「増子君、魔法でカエルにされちゃったんだ。元に戻る方法がわからなくて、困っていたのね」

「そうそう! そうなんだよ! やっとわかったか!」

 とたんに、どっと疲れが出て、俺は葉っぱの上にしゃがみ込んだ。

 ああ、腹も減ってきたなぁ……。

 

 すると、つむりがひょいと俺をつまみ上げた。高速エレベーターに乗ったように、俺の体が持ち上げられていく。

 と、俺はつむりの頭の上に載せられた。その上に、青い傘がかかる。

「あたしの家に来て、増子君。増子君が元に戻れる方法、一緒に探してあげるからね」

 そう言って、つむりが歩き出す。

 俺は転げ落ちそうになって、つむりの頭にしがみついた。その拍子に、つむりの顔が目に入る。

 つむりは泣いていた。涙の粒が、頬を伝っている。

「お、おい。なんで涙なんて……」

 うろたえる俺に、つむりはまた言った。

「必ず戻してあげるからね。だから、安心してね、増子君」

 俺を頭に載せたまま、つむりが歩く。

 歩道の横にアジサイの花が咲いている。

 降りしきる雨は、いつの間にか小雨に変わっていた……。

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