カエルの王子

朝倉 玲

Asakura, Ley

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2

 俺は自分自身がカエルになっていた。全身緑色をした、ちっぽけなアマガエル。歩道のコンクリートの上に四つんばいでへばりついている――。

 あんまり驚きすぎて、とっさには声も出なかった。

 周りを見回すと、何もかもがでかい。高いビルのように見えているのは、公園を囲むコンクリートブロック。その上に天までつづくように見えるジャングルは、公園の生け垣。

 と、俺の頭上に巨大なものが飛んできた。

 はっと身構えると、逆光の中を何かが次々と飛びすぎていく。その底面に、なんとなく見覚えのある模様……。

 靴底だ!!

 俺が歩いていたのは人通りの多い歩道だった。小さなカエルになった俺の上を、通行人が何人も通り過ぎていくんだ。

 誰も俺なんか見てない。

 ていうか、俺がいきなり縮んでカエルになったのに、誰も気がつかなかったのかよ!?

 誰もがあんまり無造作に俺の上を過ぎていくから、俺はすっかり怖くなった。俺の上に足なんか下ろされたら、俺は間違いなくお陀仏だ。

 あわてて道の端に逃げようとしたら、ぴょん、と体が跳ねた。驚いて歩こうとしたが、やっぱりぴょん、と跳ねる。

 ぴょん、ぴょん、ぴょん……

 ちきしょう! 俺は本当にカエルかよ!

 

 無事に歩道脇のブロックまでたどりついて、俺はあえいだ。人間の俺にはほんの1歩の距離が、カエルの体には、やたらと遠い。

 それでも、通り過ぎていく足からは離れることができた。これでもう踏まれる心配はないだろう。

 ほっとしたら、今度は急に不安になった。

 どうして俺はカエルになってるんだ!? どうやったら元に戻れるんだよ!?

 俺をこんな姿にしたカエルは、もうどこにもいなかった。

 ちきしょう、どうしたらいいんだ!? 誰か助けてくれよ――!

 叫んだ俺の声は、人間の声だった。少なくとも、俺にはそう聞こえる。だけど、それはあまりに弱々しい声だった。だって、俺は本当にちっぽけなカエルだから。

 通行人はみんな、ものすごい勢いで歩いていく。誰も、俺の声になんて気づきもしない。

 おい! おいったら――!

 俺はブロックを這い上がり、その上の生け垣をよじ登った。誰かに見つけてもらいたくて夢中だった。

 おい、誰か気がついてくれよ! 俺は人間なんだよ!

 やっぱり誰も立ち止まってくれない。そのうちに雨まで降り出して、通行人が小走りになった。

 カエルになった俺に、雨は心地よく感じられる。だけど、俺はそれどころじゃなかった。

 雨の中、人は急いで通り過ぎていく。誰ひとり、足をとめて俺を振り向くヤツなんかいない。

 このまま人間に戻れなかったらどうする? 俺、一生カエルのままかよ? そんな!!

 

 すると、歩道の向こうのほうから、生け垣に沿って、青い傘が近づいてきた。猫の顔の形の変わった傘。

 あれ、どこかで見たことがあるような……?

 傘は時々生け垣に、ぐうっと近づいた。しばらくそこに留まって、また離れてこっちに来る。

 と、また生け垣に近づいた。なんだか吸い寄せられるような動きだ。

 傘の中から声も聞こえてきた。

「葉っぱの雨粒はビーズが並んでるみたいね。こんにちは、テントウムシさん。葉っぱの陰で雨宿りですか?」

 のんびりした調子の若い女の声。んん!? なんだか聞いたことがあるぞ! 

 傘の下に、青いシャツが見えた。裾に小さなカタツムリのワンポイント。

 カタツムリ……? ひょっとして、つむりか!?

 俺が思わず大声を出すと、驚いたように傘がこっちを向いた。

 その下に、青いシャツを着た少女がいた。

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