ロボットは電気毛布の夢を見るか?#2


一週間後、相変わらず会議は平行線だった。
「よーし、わかった。じゃ国民投票でもって決定しようじゃないか。」
大統領の言葉に場は騒然となった。
「冗談じゃない!愚かな国民は安易なヒューマニズムで否決するに決まってる。大体、内容が諸外国に漏れたらこの国は終わりだ。」
「へー! じゃあ俺達はやっぱり極悪非道なことをやろうとしてるんじゃないか。」
「最大の危機を避けるために最小の犠牲を強いることは必要です。大統領の不信任案を出してもこのプランは実行します。」
そこへ緊急の連絡が入った。

「大統領! お嬢様を誘拐したという男から連絡が…。」
ラグナは聞き終わるより早く電話をひったくるようにして話しだした。
「おい! 本当なのか? エルはそこにいるのか?」
「プラン・ノアの実行を許可してもらいたい。5時間待つ。」
機械で合成された声が流れ、電話は切れた。ラグナは受話器に亀裂が入るほど強く握りしめながらゆっくりと会議のメンバーを振り返った。
「プランを通せ、だとよ。おめーらの中の誰だか知らねーが、エルに何かしたらズタズタのグチャグチャにしてやるからな!」
メンバーは皆、顔を見つめあっては首を横に振っていた。ラグナは電話を握りつぶすと部屋に向かった。

キロスが心配そうに迎えた。
「俺は間違ってるのか?」
「…。」
「ええ!? 俺は間違ってんのかって聞いてんだよ!」
「その件で、アンドリューが話したいそうです。計算ミスがあったと。」

隠し部屋ではアンドリューが無表情にコンピューターに向かっていた。
「天候を計算に入れていませんでした。来年は大規模な冷害が予想されます。予定より早く危険な状態になるのは確実です。飢饉による暴動から戦争になったとすると、飢えで死亡するよりも47倍の人間が死亡する可能性があります。また核兵器が使用されれば、太陽光が不十分になり人類そのものが滅亡するかもしれません。ノアのプランは有望です。エル様のためにも必要です。」
「そんなの可能性だろ?! 未来なんて変えられるんだぜ?」
「ロボットは三原則に基づいて、より確実により多数の人間を救助するよう作られています。」
「俺はエルを助けに行く! そして今度の話しを国民の前でぶちまけてやる。」
「その必要はありません。」
「どういうことだ…」
アンドリューは銃口をラグナに向けた。
「私が大統領になります。」

電話から6時間が経過した執務室のテレビでは臨時ニュースが流れ出した。レポーターがヒステリックに絶叫して大ニュースを伝えている。
「衝撃的な映像がテレビ局に送りつけられました! 女の子が崖から突き落とされたシーンです! この少女は大統領の娘であると声明が届いています。これは大事件です。反大統領の勢力が悲劇的な事件を起こしました!」
大きな荷物を抱えたキロスは静かにテレビのスイッチを切った。

ラグナはある有名歌手の野外コンサート会場にいた。テレビでも生中継している。
「悪いね、ちょっとマイク貸して。」
軽く手をあげたラグナはにこやかに話しかけた。突然の乱入に歌手やスタッフは驚いたものの、喜んでマイクを渡した。

「みんな、よーく聞いて欲しい。今さ、地球には人間がいーっぱいいるんだ。しかも悪いことに来年は食いもんが取れねーらしい。俺さー、ガキの頃、母さんのケーキが好物で一度でいいから丸ごと食ってみたかった。母さんはケーキを焼くと近所の子供まで集めちまうから、俺はいっつも一切れしか食えなかったんだ。んでさ、俺、ドロボーしたの。まだ飾り付けもしてないケーキを一人で台所で食ったんだ。半分も食わないうちにめっかって怒られたけどな。でもさ、なんだかそのケーキ、まずかったんだよ。みんなでわいわい言って食った時は最高にうまかったのに、盗んで一人占めしたのは最低の味だった。」
ラグナは聴衆を見回した。一人一人に目をあわせるかのようにゆっくりと。

「わかるだろ? 忘れないでくれ。世界中で食いもんが足りねー、って時が来るけど、助け合えばきっと乗り切れる。自分だけうまいもん食ったつもりでも、それは本当の幸せじゃないんだ。今、政府には病気で人口が減っちまえばいいのに、なんて悪い冗談言うヤツがいる。でも大丈夫なんだ。みんながちょっとづつ我慢すれば世界中が幸せになれる。一緒にがんばろーぜー!」
会場から拍手が起こった。それに応えるようにラグナが手を上げた瞬間、一瞬の閃光、そして爆発音と共にラグナの体は消えていた。いや、蒸発したと言っていいような状態だった。骨すら残さない溶解銃の跡。テレビで中継されている最中に大統領が暗殺された。

国中が悲しみに包まれ、大統領とその娘のために喪に服した。ノア・プロジェクトの大統領暗殺計画が暴露され、総選挙によって人事は一新された。民間団体と政府が協力して食料の確保をはじめ冷害に備え、国民も節約を心掛け家庭菜園を作り未来に備えた。その結果、翌年の冷害でも世界に混乱は起きなかった。ラグナの死を悼む喪章をつけた各地のボランティア団体が連絡を取り合い、世界中が協力して乗り切ることができたのだ。


小鳥がさえずり、リスが木の枝からのぞいている。青い空の下を爽やかな風が吹き抜けて行く。そんな緑豊かな小さな山あいの村で、白い2つの墓石の前にたたずむ男がいた。長い黒髪、まくりあげたシャツの袖が不揃いな、彼はラグナだった。
「エルのおかーさん、今日もエルは元気です。安心して下さい。」
パンパンと手を叩いた。
「普通、手は叩かないと思うが。」
振り返ると二人の事務官とエルがいた。彼らは今、ひっそりとこの村で暮らしていた。
「いいじゃねーかよー。気持ちが大事なんだぜ、墓参りってヤツは。」
ラグナは今度は隣の真新しい墓石に向かった。
「アンドリュー、おまえのおかげで今日も俺達は元気だ。俺もめいっぱい生きたら天国に行くから、そん時は酒盛りしよーぜー。」

ラグナはキロスに話しかけた。
「あいつ、勝手に俺の身替わりやって自爆しちまうなんて、あんまりだぜ。」
「アンドリューは完璧でした。ウォードがエルを連れだし、合成した映像をテレビ局に送る。私は麻酔銃で撃たれたあなたをこの村に輸送する。そしてアンドリューは、あなたの雑談のエピソードから、実に巧みな演説で確実に国民の心をつかんだ。世界中にとって最高の結果になったじゃないですか。」
「あいつは三原則に縛られたロボットだから人間を守ったってのか?」
「いいえ。アンドリューはロボットとしては不良品でしょう。成功の確率は35%と言っていましたから。そうだ、電気毛布の夢を見たいとも言ってましたね。何の冗談かわかりませんが。」

ラグナは拳を握りしめると空を見上げた。
「…ちっきしょー!カッコよすぎるぜ、アンドリューのヤツ!」
青い空に雲が流れていく。ラグナはアンドリューが笑った声を聞いたような気がした。

ロボット三原則(アイザック・アシモフ)
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。またその危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし与えられた命令が第一条に反する場合はこの限りではない。
第三条 ロボットは前にあげた第一条および第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。


おしまい


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