ロボットは電気毛布の夢を見るか?
   ぷよまん


彼の名はラグナ。長い黒髪を背中で軽く結び、まくりあげたシャツの袖はいつも左右の長さが違う。自由の国を象徴するかのような若い大統領だ。2年前の内乱の時に二人の仲間と娘を連れて現れた彼は、旧政府を倒し人民の政府を築いた英雄と呼ばれていた。しかし現在、特別プロジェクト「ノア」では大きな問題を抱えていた。

「だから〜そんなプランを認めるわけねーだろ!?」
「大統領、ここで手を打たないと大変なことになるんですよ? 地球規模の飢餓と貧困の時代になってしまいます。」
メンバーの一人が苦笑しながら説明する。まるで子供に言い聞かせるような話し方だ。
「効率的な農林水産業の推進! 教育の徹底! 孤児の救済! それでいいじゃねーか。」
「大統領の提案では最低80年は必要です。人口爆発の危機はもう間近に迫っています。」
「だから細菌ばらまいて人殺しをするってのか!?」
「体の弱いものは淘汰される、仕方のないことです。我が国の国民には予防接種を行えば問題ありませんし。」
ラグナはじっとメンバーの顔を見つめていたが急に立ち上がった。
「他の提案がないなら今日は解散! ごっくろーさん。」

ラグナは渋い顔をして執務室に戻った。以前からの二人の仲間が事務官として彼を出迎える。長身のキロスがコーヒーを差し出しながら話しかけた。大柄で優しい目をした無口なウォードは静かに見守っている。
「聞いてましたよ。あれは会議ではないですね。子供の意地の張り合いです。」
「子供で悪かったな。んでも戦争よりひっでーぜ。よその国民を30%減らすだなんて。」
「会議の内容は根回しが進んでいます。後は大統領の決断を待つだけ。このままでは不信任、あるいは暗殺されかねません。」
「なんでだよ、なんで賛成すんだよ、信じらんねー。」
「普通の政治家は自分の利に聡いですから。」
「もういい、アンドリューと話して来る。」

ラグナは頭をかきながら立ち上がり、壁にかかった油絵を動かしボタンを押した。壁が動き隠し部屋が現れる。その中にはコンピューターの画面に向かうもう一人のラグナがいた。
「お帰りなさい、大統領。今日も浮かない顔ですね。」
「よ、アンドリュ−。」
ラグナは軽く手をあげて挨拶をした。

「昼飯のラーメンはのびちまってるし、足の裏はかゆいしロクなことねーぜ。ゆうべなんかよ、暑かっただろ? 電気毛布にくるまれて逃げらんねー夢見てうなされちまったぜ。」
「ラーメンがのびたのはウエイトレスと話し込んだ結果ですし、水虫の悪化は薬をつけ忘れているせいです。残念ながら私は電気毛布の夢は見ないので同情致しかねます。」
にこやかに話すアンドリューは大統領そっくりに作られたロボットだ。自然な歩き方、会食、大統領らしい対話もできる。判断の難しい事柄は先送りにして逃げ帰ることも上手だ。

「なあ、どう思う? 本当の本当に今の人口ではダメなのか?」
「計算上は条件付きで大丈夫です。農業従事者の数を3倍に増やし必要以上の財産を持たず、国家予算の25%を対策費にまわせば現在の人口を維持できます。」
「必要以上か、…俺は娘や仲間と平和に暮らせるなら、なんもいらねーけどな。土いじるの好きだし。」
「現在のこの国の平均的な生活水準は必要以上の財産を持っていると判断します。」
「生活水準なんて下げてもいいじゃねーか、みんながそれで無事に暮らせるならよー。」
「それには反対する方達が多いようです。危険ですから明日からは私が会議に出席しましょうか?」
「いや、いい。おまえの出番は居眠りしそうな会議だけでいい。」
じっとラグナを見つめるアンドリューを残しラグナは部屋を出た。いや、出ようとして振り返った。
「いいか、俺が言った仲間にはおまえも入ってんだかんな。俺が大統領クビになったら、お前は俺の顔をやめていっしょに飲みに行くんだ。お前が死んだら困るんだからな。」
「私は大統領を守るためのロボットです。」
「いいの。お前は友達なの! んじゃまたな。」
ラグナは壁の向こうに消えた。

アンドリューは変わり者の大統領を見送ると、コンピューターの画面に視線を戻した。
「大統領への報告事項 優先順位レベル1
10日後、ノアプロジェクトのメンバーによる大統領暗殺計画が実行される予定。暗殺に失敗した場合、大統領令嬢を誘拐する計画もあり」
アンドリューは「報告済み」と入力するとデータを消去し、いつまでもその画面を見つめていた。



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