「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

エピローグ 「きっと・・・」

白い石の丘のエルフが、大ワシを町はずれの荒れ地に着地させて言いました。
「着いたぞ、フルート、ポチ。おまえたちの町だ」
そう言われて、フルートとポチ、そしてゼンは、大ワシの背から降りました。
北の大地での死闘から丸二日が過ぎています。
ロキが消えてしまったことにショックを受けて茫然としていた彼らのもとに、白い石の丘のエルフが、大ワシで迎えに来たのでした。
大ワシの背中の座席には、ポポロとメールとルルも乗っています。ただ、闇の一族のアリアンは、グリフィンのグーリーに乗って、地底深くにある闇の国へと帰っていったので、もう彼らとは一緒にいませんでした。

「いろいろと本当にありがとうございました・・・」
とフルートたちはエルフに向かって頭を下げました。もう泣いてはいませんでしたが、やつれたような悲しい色が、彼らの顔をおおっています。
「おまえたちこそ、本当によくやってくれた、子どもたちよ」
とエルフが言いました。
「おまえたちのおかげで、魔王は倒れ、北の大地は溶けるのを止めた。おかげで海があふれることもなく、地上を津波が襲う危険も回避することできた。すべては、おまえたちの活躍のおかげだ。海王、渦王、すべての水の主たちに代わって、心から礼を言うぞ」
エルフは最大限の賛辞をフルートたちに言ってくれていましたが、フルートたちはほほえむこともなく、ただもう一度頭を下げただけでした。

「フルート!」
大ワシの背中からポポロが呼びかけました。
「あたしたちは、このままメールのお父さんがいる海まで送ってもらうわ。海は落ち着いてきたけれど、完全におさまるまでにはもう少しかかるんですって。天空王様も力を貸していらっしゃるから、あたしも行ってお手伝いしてくるわ・・・」
それを聞いて、フルートたちはポポロたちに歩み寄りました。
「それじゃ、ここでお別れなんだね」
「気をつけろよ、メール」
「ワンワン。また会おうね・・・」
フルートたちは、握手をしたり声を交わしたりして女の子たちと別れを惜しむと、町に向かって歩き出しました。
遠ざかっていくその後ろ姿を見送りながら、ポポロがつぶやくように言いました。
「あんな悲しそうなフルートを見るのは初めて・・・」
「あんなにしょげてるゼンを見るのだって、初めてだよ」
とメールも言いました。
クーン、とルルも心配そうに鼻を鳴らして、ポチを見送っていました。女の子たちも、なんだか泣きたいような悲しい気持ちになっていました。
すると、白い石の丘のエルフが、大ワシに飛び乗って言いました。
「さあ、出発するぞ。次は渦王と海王のいる海だ」
大ワシが、ばさりと翼を打ち合わせて空に向かって飛び立ちました。

ワシはごうごうと音を立てて飛び続けます。ポポロは長い間、黙って何かを考え込んでいましたが、やがて、おずおずとエルフに話しかけました。
「あの・・・おじさん」
「なんだ、ポポロ?」
とエルフが答えました。ポポロは、天空の国から地上に落ちたとき、しばらくの間、白い石の丘でエルフと一緒に暮らしたことがあるのです。
「おじさんは、以前あたしに教えてくれましたよね。闇の一族は、死んでも天国に行くことはないんだ、って。天国は光そのものでできている国だから、闇の一族の魂は入れないんだ、って・・・。それじゃ、死んだロキの魂はどうなってしまったの・・・?」
「そうだな・・・」
エルフは静かに答えました。
「確かに、闇の一族の魂は天国に行くことはない。地上をさまよい、やがて、別の命として生まれ変わってくると言われている。ちっぽけな虫に生まれ変わるかもしれないし、一生畑仕事をする馬に生まれ変わるかもしれないし、また闇のものに生まれ変わるのかもしれない。何に生まれ変わるかは、誰にも分からないのだが・・・ロキの場合は、あるいは・・・・・・」
そこまで言うと、エルフは口を閉じて行く手を見つめました。これから起こる出来事を、空の彼方に読みとろうとするように――。


フルートとゼンとポチは、とぼとぼと荒野を歩き続け、町はずれにあるフルートの家まで戻ってきました。足取りは重く、誰も口をききませんでした。
フルートの家の裏庭で、フルートのお母さんが洗濯物を取り込んでいましたが、近づいてくる息子たちの姿を見つけると、洗濯物を放り出して駆け寄ってきました。
「フルート! ゼン! ポチ!」
フルートたちが突然冒険に出かけてしまってから1週間が過ぎていました。置き手紙は残していったものの、フルートの両親はそれはそれは息子のことを心配していたのです。
けれども、フルートのお母さんは、フルートたちの装備を見て足を止めました。鎧も兜も盾も胸当ても、すべて傷だらけになっています。フルートたちがどれほど激しい戦いをくぐり抜けてきたのか、それを見ただけでお母さんには分かりました。
お母さんは大きく腕を広げると、フルートとゼンとポチを、その胸の中にぎゅっと抱きしめました。
「お帰り、勇者たち・・・お疲れ様」
お母さんにそう言われて、フルートたちは不意に涙がこみ上げそうになりました。小さな子どものように声を上げて泣きじゃくりたいような気持ちが、あふれてきます――

けれども、その時、がらがらと音を立てて、家の前の道路に馬車が停まりました。
「ハンナ! いるー?」
とフルートのお母さんを呼ぶ女の人の声が聞こえてきます。
「・・・ちょっと待っていてね」
お母さんは、フルートたちにそう言い残すと、家の前に走っていきました。
なんとなく離れがたい気持ちになっていたフルートたちは、お母さんの後について、のろのろと歩いていきました。

玄関の前には、屋根付きの馬車が停まっていて、中から若い女の人が顔を出していました。
「ハンナ、あたしたち家に戻るわ。いろいろとお世話様」
と女の人がフルートのお母さんに言っていました。
お母さんが驚いたように言いました。
「家に戻るって・・・あなた、赤ちゃんを生んでからまだ2日しかたってないじゃないの! 大丈夫なの?」
「平気よ。お産はすごく楽だったし、産後も順調だから、昨日からもう普通に起きて働いていたのよ。赤ちゃんもすごく元気で、お乳をいっぱい飲むのよ。泣き声ときたら、ホントに元気いっぱい。やっぱり男の子よね!」
女の人は明るくそう言うと、それから、馬車の前の御者席を指さして、声を潜めて笑って見せました。
「ホントはね、もう少し実家にいて楽をしようかと思っていたんだけど、うちの人がどうしても一緒に家に連れて帰りたいって駄々をこねてね。一人じゃ淋しくてしょうがないらしいわ。しかたないから、一緒に帰ってあげるのよ」
「まあ、順調ならいいけれど・・・無理はしないでね」
フルートのお母さんも、笑いながら言いました。

フルートたちは馬車から少し離れたところに立ったまま、ぼんやりとお母さんたちの会話を聞いていました。
すると、馬車の中から、ほぎゃーほぎゃーと赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。
「あら、起きたわ」
女の人は急いで腕の中に子どもを抱き上げると、フルートのお母さんに向かって、また言いました。
「そういえば、この子の名前も決まったのよ。ロキっていうの」
ロキ!?
フルートたちは、はっとしました。
フルートのお母さんが言いました。
「ロキ・・・このへんじゃ、ちょっと珍しい名前よね。どうやって決めたの?」
すると、女の人がくすくす笑いながら言いました。
「精霊のお告げよ。あのね、夢に長い黒髪の綺麗な女の子が現れて言ったの。『この子の名前はロキです。大事に育ててくださいね』・・・って。不思議なことに、あたしも旦那も、同時に同じ夢を見ていたのよ。だからね、この子は精霊からの授かりものだと、あたしたちは考えているわけ――」

フルートとゼンとポチは、いっせいに馬車の窓に飛びつきました。
「あ、あら、フルートくん・・・帰ってきていたの?」
女の人が驚いて、戸惑ったような顔をしましたが、フルートたちはそれにはお構いなく、赤ん坊をのぞき込みました。
生まれたての、本当に小さな赤ん坊です。茶色の髪をしています。
赤ん坊は大きな声で泣いていましたが、フルートたちがのぞき込んだとたん、ぴたりと泣きやんで、じっとその顔を見つめ返しました。赤ん坊の瞳は、トジー族のような灰色でした。
「あら・・・こんな赤ちゃんでも、やっぱり子ども同士がいいのかしらね?」
若い母親はびっくりして赤ん坊をのぞき込むと、それから、フルートたちに言いました。
「あたしたちはもう家に帰るけど、これからも時々里帰りして来るわ。この子がもう少し大きくなったら、友だちになって、一緒に遊んでやってちょうだいね」
フルートたちは、なんと返事して良いのか分からなくなって、ただ、黙ってうなずき返しました。

馬車が走り出しました。
それを見送りながら、フルートのお母さんが言いました。
「さあ、あなた達が帰ってきたんだから、腕によりをかけてごちそうを作らなくちゃね。お父さんも、もうすぐ牧場から帰ってきますよ。あらあら、いけない、洗濯物・・・!」
お母さんは洗濯物を放り出してきたことを思い出して、あわてて裏庭に駆けていきました。
遠ざかっていく馬車を見ながら、ゼンが言いました。
「ロキのヤツ・・・人間に生まれ変わってきたんだな」
「ワン。優しそうなお母さんでしたね」
とポチも言いました。
空はもう夕暮れです。夕日が馬車を赤く染めていました。

「また、ロキと友だちになれるかな・・・?」
とフルートが言いました。切ないような思いが胸を充たしています。
すると、ゼンがきっぱりと答えました。
「なるさ! そのためにあいつは人間になったんだからな」
フルートとポチは、ゼンの顔を見ました。
ゼンは、にやりと笑うと、フルートの鎧の胸をこづいて見せました。その奥には、金の石があります。
「だって、人間になれば、もうこれも怖くないもんな。ロキのことだ。絶対にそう考えたんだぜ」
フルートは思わず鎧の上から金の石を押さえました。
「・・・・・・そうか・・・・・・」
とフルートは静かにつぶやきました。
「ワンワン。きっと、そうですね」
とポチも言いました。

きっと・・・きっと、いつの日かまた・・・・・・
心の中でそう繰り返しながら、フルートたちは、遠ざかっていく馬車をいつまでも見送っていました。

〜The End〜




というところで、「勇者フルートの冒険・4〜北の大地の戦い〜」の物語はすべて終了です。長い間、おつきあいくださって、本当にありがとうございました。
なお、メールまたは掲示板で、この作品の感想をお聞かせいただけると、作者はとても喜びます。この作品を少しでも楽しんでいただけたのなら、本当に幸いです。

彼らと一緒に北の大地を冒険してくださった皆様に、感謝を込めて。
 By  朝倉





(2004年11月1日)



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