33.目覚め
氷の洞窟は急な坂道になって、下へ下へと続いていました。
山肌の氷を通して日の光が差し込んでいましたが、下に降りていくにつれて、どんどん光が薄れて薄暗くなってきます。すると、金の石がフルートの胸で光って、行く手を照らし始めました。
「おっ、助かるな」
ゼンが喜ぶと、フルートは顔を曇らせました。
「まずいよ・・・この奥にはロキの姉さんもいるんだよ」
闇の一族にとって、金の石の光や力は猛毒です。
「あ、そうか」
ゼンが困った顔をしたとたん、すーっと金の石の光が消えました。石から光そのものが失われて、灰色の石ころのようになります。金の石が眠りについたのです。
フルートは目を丸くして石を眺め、それから、ちょっと笑って言いました。
「ありがとう、金の石・・・」
「だが、どうやって地下に行く? 暗くて行く先がわからないぞ」
あくまで現実派のゼンが言いました。彼らがいるあたりは、まだかろうじて足下が見えますが、その先はもう道が闇の中に沈んでしまって、まるで見えなくなっているのです。
すると、ポチが言いました。
「ワン。ぼくは暗くても目が利きます。ぼくが風の犬になって運びますよ」
そして、ポチは風の犬に変身すると、フルートとゼンを背中に乗せて洞窟の中を飛び始めました。
「ワンワン。みんなの匂いがしますよ。ポポロもメールもルルも・・・」
ポチが嬉しそうに言います。フルートたちも、暗闇の中で思わずにっこりしました。
やがて、ポチは洞窟をくぐり抜けて、広い場所に出ました。氷をくりぬいて作った四角の部屋で、壁にはめ込まれた石が部屋の中をぼんやり照らし出していました。
「灯り石か」
とゼンが言いました。
灯りのおかげで、フルートたちもまわりが見えるようになりました。フルートとゼンはポチの背中から降りると、ポチの道案内でさらに先に進んでいきました。
壁の扉を開けていくたびに、何もない四角い氷の部屋が次々に現れます。それをくぐり抜けていくと、突然、黒い石造りの部屋に出ました。以前、占いおばばの水晶玉に映し出された部屋です。四隅には4つの黒い石の台があり、それぞれの台の上に女の子たちが横たわっていました。
「ポポロ!」
「メール!」
「ワンワン! ルル!」
フルートとゼンとポチは声を上げて台に駆け寄りました。
そっと触れてみると、女の子たちは皆、温かい体をしていました。ちゃんと息もしています。
ゼンはメールの肩をつかんで大きく揺すぶりました。
「メール、メール! 聞こえるか!? 目を覚ませよ!」
けれども、返事はありません。
ゼンは必死になって揺すぶり続けました。
「おい、メール! メールったら!!」
すると、機嫌の悪そうな声が返ってきました。
「ったく・・・うるさいねぇ。もうちょっと優しく起こせないのかい?」
メールが片目を開けてゼンをにらんでいました。
ゼンは目をまん丸にしてそれを見つめ返し、それから、顔をくしゃくしゃにして笑い出しました。
「メール、この馬鹿野郎! 目を覚まさないのかと思ったじゃないか! 心配させるなよ!」
そう言って、ゼンはメールをぎゅっと腕の中に抱きしめました。
メールは顔を真っ赤にすると、照れくさそうに笑いながら言いました。
「ゼン・・・ありがと。助けてくれてさ・・・」
ポポロとルルも次々と目を覚ましていきました。魔王が敗れて『力』が戻ってきたのです。
ポポロは台の上に起きあがるなり、フルートに飛びついて言いました。
「フルート! フルート! 怪我は大丈夫・・・!?」
フルートは驚いた顔をして言いました。
「ぼくたちの戦いを見ていたのかい?」
ポポロはこっくりうなずきました。
「魔王に力を奪われている間、魔王が見ているものは、全部私たちにも見えていたの。ああ、鎧も盾も傷だらけになってる・・・本当に大丈夫なの、フルート?」
「大丈夫だよ。金の石がすっかり治してくれたからね」
フルートはにっこり笑って答えました。
ルルもワンワン鳴きながらポチに飛びついて、ポチの顔をなめながら言いました。
「ありがとう、ポチ! 助けに来てくれて、本当にありがとう!!」
「ルル! ルル! 本当に良かった!」
ルルとポチは床の上でじゃれ合いながら喜びました。
すると、一番奥の台から背の高い女の子が立ち上がりました。
黒い長い髪にとがった耳、赤い瞳、黒いドレスのような服を着ていて、額には角が生えています。
フルートはそれに気がつくと、静かに少女に歩み寄りました。
「ロキのお姉さんですね・・・?」
少女は、フルートを恐れるように一歩後ずさって、黙ってうなずき返しました。闇の一族のはずなのに、物静かで優しげな少女です。
フルートは胸にちょっと手を当てて笑って見せました。
「大丈夫。金の石は眠りについたから、もう危険はないですよ」
すると、ゼンが少女の顔をのぞき込みながら言いました。
「へぇぇ。ロキの姉さんって美人だなぁ! ロキが心配してたわけがよく分かるぜ」
「ちょっと。それって、あたいは美人じゃないって意味かい?」
メールがやきもちを焼いてゼンをつねりました。
「いててっ! 誰もそんなこと言ってねぇだろう!」
「だって、そういうふうに聞こえるよッ!」
ゼンとメールは口げんかを始めました。ケンカするほど仲がよい、というのは、この2人のためにあることばのようでした。 フルートは笑顔で少女に言いました。
「無事で本当に良かった。ええと・・・そう言えば、あなたの名前をロキに聞いてなかった」
「アリアン・・・・・・アリアン・ノックスです」
とロキの姉は答えました。
フルートはにっこりしました。
「アリアン、さあ、外に出ましょう。ロキが待っていますよ」
それを聞くと、アリアンは何かを言いかけ、思い直したように口を閉じて、黙ってうなずき返しました。
「だが、外は寒いぞ。メールたちの格好じゃ凍えちまう」
とゼンが心配そうに言いました。
この黒い石造りの部屋は魔法で守られているので暖かいのですが、一歩外に出ると、そこは氷でできた部屋と通路、さらに山から外に出れば、一面雪と氷の世界になってしまうのです。ポポロやメールたちは真夏の服装なので、とても寒さに耐えられるはずがありませんでした。
すると、ポポロが言いました。
「あたしの魔法で何とかできると思うわ。魔王から、ちょっとしたアイディアをもらったの」
「アイディア?」
フルートたちが目を丸くして見守る前で、ポポロが呪文を唱え始めました。
「レーナ クカタタア ヨキウク ノリワマノシタワ・・・」
バジリスクの洞窟で聞いた、暖かくする呪文に似ています。
ぼうっとポポロのまわりの空気が暖かさを増したような気がしました。でも、ポポロの魔法はほんの数分間しか続かないはずです。
すると、ポポロが言いました。
「もうひとつの魔法で、この魔法を固定するの。魔王は呪文を繰り返す魔法が使えたけど、あたしは、魔法そのものが一日中続く魔法をかけるわ」
そして、ポポロがまた別の魔法を唱えました。
「ケヅツヨウホマ ケヅツウユジチニチイ・・・」
「へぇぇ・・・」
フルートたちはすっかり感心してしまいました。確かに、こうすればポポロの魔法は長時間効き続けることができます。
「またレベルアップしたね、ポポロ」
とフルートが言うと、ポポロは恥ずかしそうに、でも、嬉しそうにほほえみました。
びゅうびゅうと冷たい空気を裂きながら、フルートたちは北の大地の空を飛んでいました。
先を行くのはフルートとゼンを背中に乗せた、風の犬のポチ。その後を、ポポロとメールとアリアンを乗せたルルが、やはり風の犬の姿で追いかけていきます。アリアンは闇の一族なので、ポポロと一緒でなくても寒さは平気だったのですが、重い装備や武器を身につけたフルートとゼンをポチが運んでいるので、こういう組み合わせになったのでした。
やがて、ロキと別れた山のふもとが近づいてきました。
雪原にグリフィンのグーリーが立っています。
ところが、どこにもロキがいませんでした。
「ロキはどこだ・・・?」
ゼンがいぶかしそうに言いました。
ポチが雪原に降り立ちました。やはり、ロキの姿はどこにも見あたりません。ただ、フルートのノーマルソードが、雪原に突き立てられて、ぽつんと残っているだけでした。
フルートとゼンはポチから飛び降りて呼びました。
「ロキ――!」
「どこにいるんだよ、ロキ!?」
すると、グーリーが振り向いて声を上げました。
グルルルゥゥゥゥ・・・グウェエェェェェン・・・
まるで泣いているような悲しげな声です。
「えっ!?」
ポチが驚いて、ワンワンと犬語でグーリーに話しかけました。
グェェ・・・グエェェェェン・・・
グーリーが必死で何かを言っています。
「な、なんだよ。なんだって言ってるんだ!?」
ゼンがポチに尋ねました。
ポチは戸惑ったようにフルートとゼンを振り返りました。
「よく分かりません・・・グーリーは、ロキが消えてしまった、って・・・」
「消えてしまった!?」
フルートとゼンはびっくりしました。意味がまるで分かりませんでした。
すると、静かな少女の声が後ろから話しかけてきました。
「弟はもう、この世にはいません・・・消えてしまったのです・・・」
ルルの背中から降り立ったアリアンでした。
一緒に乗っていたポポロとメールが、そのことばに驚いています。
アリアンは、ゆっくりとグーリーに向かって歩きながら、話し続けました。
「あの子は、友情の石の光を呼びました・・・。友情の石は、聖なる光の石。私たち闇の一族を消し去る力があります。・・・あの子は・・・ロキは、聖なる光の中で消滅していったのです・・・」
フルートたちは、何も言うことができませんでした。
ただ、茫然と立ちつくすばかりです。
グーリーがまた天に向かって鳴きました。
グェェェェン・・・グェェェェェェ・・・ン・・・
ロキを呼び続けているのが、フルートたちにもはっきり伝わってきました。
「嘘・・・だろ・・・?」
ゼンがこわばった笑いを浮かべながら言いました。とても信じられませんでした。
フルートが突然雪原を走り出しました。大声であたりに呼びかけます。
「ロキ! ロキ! どこにいるんだ!? 出てきてよ、ロキ・・・!!」
けれども、叫びながら、フルートは次第に理解していました。
魔王との最終決戦で金の石に力を与えた、友情の石。あれほどの光を呼ぶためには、友情の石は爆発的に輝いたのに違いありません。聖なる光は容赦なくロキにも降りかかり、闇の一族の彼を消滅させてしまったのです・・・
ノーマルソードの近くの雪の上に、友情の石のペンダントが落ちていました。
フルートは、それを拾い上げると、血がにじむほどきつく握りしめて言いました。
「ロキは・・・ロキは、ぼくたちを助けるために・・・・・・」
すると、アリアンが言いました。
「あの子は、自分からこうすることを選んだのです・・・あなた達のせいではないわ・・・」
そして、アリアンは、鳴き続けているグーリーの首を静かに抱き寄せ、自分もはらはらと涙をこぼしました。
「言ったじゃねぇか・・・!」
ゼンが足下の雪を踏みつけながら怒鳴り始めました。
「言ったじゃねぇかよ! 俺たちが戻るまで死ぬな、って! なのに・・・・・・ロキの馬鹿野郎!! 大馬鹿野郎!!!」
ゼンは大声を上げて泣き出しました。
アォォォォーーーーン・・・!
ポチが天に向かって吠え始めました。聞く者の胸を貫くような、悲しげな鳴き声でした。
「フルート・・・ゼン・・・ポチ・・・」
ポポロとメールとルルは、なぐさめることも、何をすることもできなくて、ただおろおろと立ちつくしていました。
その時、フルートの耳に、ロキの声が聞こえたような気がしました。
ロキは笑いながら言っていました。
「楽しかったよねぇ、フルート兄ちゃん。はらはらドキドキの連続だったけどさ・・・おいら、兄ちゃんたちと一緒に旅ができて、本当に嬉しかったんだよ・・・」
えへへっ、と笑うロキの顔が思い浮かびました。
「ロキ・・・ロキ・・・!!」
フルートは雪の上に膝をつくと、友情の石を握りしめたまま、むせび泣き始めました。
雪原の上には朝日が降り注ぎ、氷でできた山々の峰をおごそかに輝かせていました――
(2004年11月1日)
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