「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

32.夜明け〜最終決戦・3〜

「フルート兄ちゃん!!!」
ロキが、ノーマルソードに映ったフルートの姿に向かって悲鳴を上げました。
「ゼン兄ちゃん!!! ポチ・・・!!」
雪に突き立てられた剣の刃に、血を流し氷のかけらに半ば埋まったゼンとポチの姿が次々に映ります。
魔王の稲妻に打たれたロキは、雪原で傷が癒えるのを待ちながら、ノーマルソードを使ってフルートたちの戦いの様子をずっと見守っていたのでした。
 ギエエエェェン・・・!!!
グリフィンのグーリーも叫び声を上げました。フルートたちをバジリスクの洞窟まで送った後、グーリーはロキのもとに戻っていたのです。
ロキはグーリーを振り返って言いました。
「ど、どうしよう・・・! このままじゃ兄ちゃんたちが殺されちゃうよ!!」
バサッとグーリーが黒い翼を広げました。 フルートたちの助けに駆けつけようとしたのです。
けれども、ロキは言いました。
「ダメだよ、グーリー! 間に合わない! くそっ、どうしたら・・・」
必死であたりを見回すロキの目に、ノーマルソードの柄に絡めてある友情の守り石が飛び込んできました。魔王の攻撃からロキを守るために、フルートが残していったものです。
「あれだ・・・」
ロキはつぶやくと、体を引きずりながら剣に近づき、青い石のペンダントに手を伸ばしました。
とたんに、ジュッと小さな音がして、ロキは思わず手を引っ込めました。指先に火傷のような痕ができています。友情の守り石は聖なる石なので、闇の一族のロキには焼けた鉄に触ったように感じられるのでした。
 グェェン・・・
グーリーが足を踏みならしながら鳴き続けました。それに触るな、と言っているようです。
ロキは首を横に振って言いました。
「これを使うしかないんだよ・・・。おいらは闇の一族だけどさ、きっと石は応えてくれる。だって・・・だって、兄ちゃんたちは・・・」

兄ちゃんたちは、友だちだから。

ロキは口の中でそうつぶやくと、大きく息を吸って、思い切って友情の石を手に取りました。
焼け付くような痛みが手のひらに走ります。
けれども、ロキは歯を食いしばってそれに耐えると、後ろにいるグーリーに向かって言いました。
「離れろ、グーリー! 巻き込まれるぞ!」
 ギェェェェェ・・・
グーリーがまた鳴き声を上げました。
けれども、ロキはもう振り返らず、石を高く掲げると叫びました。
「友情の石、応えてくれ! 兄ちゃんたちを――助けて!!」
すると、青い石が奥の方から輝き始めました。
キラキラとまたたきながら、すきとおった光をたたえ始めます。
そして――


「うぬ?」
風のオオカミになった魔王が、低くうなって動きを止めました。
フルートを一口で食いちぎろうとしたのですが、金の鎧が丈夫で歯が立たなかったのです。力をこめて噛み砕こうとすると、鎧はきしみ声を上げましたが、どうしても壊すことができません。
魔王は、ぺっとフルートを吐き出しました。
フルートは雪原に転がり、力なく倒れました。鎧はあちこちに傷がつき、ゆがんでいます。フルート自身もあばら骨が何本も折れてしまったようで、苦しくて今にも息が止まりそうでした。
「ふん。このまま放っておいても、まもなく死ぬのだろうが」
と魔王が言いました。
「金の石の勇者は油断がならんからな。とどめを刺してやるとしよう」

少し離れた雪の上に、炎の剣が落ちていました。
フルートはそれに向かって手を伸ばしました。が、たちまち激痛に襲われて、うめき声を上げました。胸も背中も肩も・・・いたるところが刺すように痛みます。
それを見て、魔王が、ほう、と声を上げました。
「そんなになっても、まだ戦う気でいるのか。勇者というのは見上げたものだな」
そう言うなり、魔王はごうっと強い風を巻き上げ、雪と共に炎の剣を遠くへ吹き飛ばしました。もうフルートの手には届きません。
「さて、お前にはどんな最後がふさわしいかな」
と魔王がひとりごとのように言いました。
白夜におおわれた空の一角が明るくなってきていました。氷でできた山の端が、白く輝きだしています。
「夜明けか」
と魔王はつぶやいて、にやりと笑いました。
「これで、あの娘の魔力がまた復活したわけだ。そういえば、お前はずいぶん魔法を気にしてくれていたな。礼に、とびきりのとどめを贈ることにしよう」
そう言うと、風のオオカミの魔王は、空に向かって呪文を唱え始めました。
「ローデローデ リナミカローデ ヨリナミカナイダヨキ・・・」
雷を呼ぶ魔法です。
フルートは逃げられません。全身が痛んで、身動きすることさえできなかったのです。
呪文は続きます。
「・・・キサキヒオラソ テツナトラシハ ノチヅカイ セクツキヤ オチタヤシウユ!!」
呪文が完成しました。
フルートは思わず固く目をつぶりました。

ところが。

いくら待っても、雷が落ちてきません。
空はしらじらと明るいままです。
魔王はいぶかしげに空を見上げ、山の端の光を眺めて険しい顔になりました。
「あれは・・・朝日ではないのか?」
光はますます明るさを増していきます。
澄んだ光をあたりにまき散らし、氷の山々の頂を輝かせ・・・ふいにふくれあがるように大きく輝いたと思うと、青い光の束がまっすぐこちらへ飛んできました。
「むぅっ・・・?」
魔王が素早く身構えました。
青い光の奔流を黒い闇のバリアで受け止めます。
すると。
突然、魔王の前足の下からも、強い輝きがあふれ出しました。
青い光に応えるように、澄んだ金の光がふくれあがり、広がっていきます・・・
「オオォォ・・・!!!」
魔王が悲鳴を上げて飛び退きました。風のオオカミの前足が、付け根から消滅してしまっています。
魔王が足の下に押さえ込んでいた金の石が、突然爆発するように輝きだしたのです。

彼方から飛んでくる青い光と金の石の光が混じり合い、あたり一面に輝き渡ります。
すると、フルートの全身から、激痛が溶けるようにすうっと消えていきました。代わりに力がみなぎってきます。
フルートは雪の上に飛び起きました。
ゼンとポチの上に降りかかった氷のかけらも、輝きの中で霧のように崩れて、消えていくところでした。
みるみるうちにゼンとポチの怪我が治っていき、ふたりは威勢良く飛び起きました。
「やった! 痛みが消えたぞ!」
「ワンワン! 動けます!」
フルートとゼンとポチは、駆け寄ってあたりを見回しました。
雪の上の金の石はますます輝きを増し、雪原を真昼のように照らしていました。
山の端では青い光が輝き続けています。
「あれは友情の石の光だ!」
とフルートが言いました。
「ってことは・・・・・・ロキか!!」
とゼンも歓声を上げました。

すると、友情の石の青い光が、すーっと弱まって消えていきました。
けれども、青い光を取り込んだように、金の石は強く輝き続けていました。
こんなに輝く金の石を見るのは、フルートたちも初めてでした。
 バリーーーン・・・!!!
音を立てて魔王のバリアが砕けました。
「ぐおぉぉぉ・・・!!!」
魔王がまた悲鳴を上げました。
金の石の輝きをまともに浴びて、前足だけでなく、体中が溶け始めています。
フルートたちは息をのんでその様子を見守っていました。
みるみるうちに、風のオオカミの姿が縮んでいき、黒い衣の男の姿に変わっていきます。
それも金の光にさらに溶けていき・・・
最後に、やせっぽちな灰色のオオカミが目の前に現れました。

オオカミは天に向かって吠えました。
「行くな、デビルドラゴン! わしから離れるな・・・!!」
フルートたちはオオカミの呼ぶ方向を眺めましたが、彼らの目には何も見えませんでした。
金の石の強い輝きが消えていきました。

フルートは灰色オオカミに向かって言いました。
「デビルドラゴンが去って、もとの姿に戻ったんだな。もう魔王じゃなくなったんだ」
ゼンも言いました。
「お前にはもう何もできないぞ。降参しろよ」
灰色オオカミは、ウゥゥーとうなりました。
「今さら、わしにどんな生き方ができるという。魔王でなくなっても、わしは人間を殺し続けるぞ。まずはお前たちだ、勇者――!」
そう叫ぶなり、灰色オオカミがフルートめがけて飛びかかってきました。
けれども、それより早くポチが飛び出してきて、オオカミの顔に噛みつきました。
 ギャン!
悲鳴を上げたオオカミに、ゼンがショートソードで切りかかっていきます。フルートも炎の剣を振り下ろします。
 ギャオーオーオーーーン・・・・・・
長い長い叫びを上げて、灰色オオカミは燃え尽きていきました。


フルートは雪の上から金の石を拾い上げました。金の石はキラキラと輝き続けています。
「こいつとロキのおかげで命拾いしたな」
とゼンが言いました。
ポチがブルブルッと身震いをして、嬉しそうに言いました。
「ワン。風の犬の力が戻ってきましたよ。また変身できます」
ポチの首輪の石が、灰色から澄んだ緑色に戻っていました。

さーっと彼らの頬に光が当たりました。山の陰から、朝日が昇ってきたのです。
「本物の夜明けだ・・・!」
フルートたちは揃って日の出を見守りました。
銀の円盤のような太陽が、輝きながら山の端からゆっくりと姿を現し、空を青く染めていきます――

朝日は、山のふもとに口を開けた洞窟の中にも差し込んでいました。
「さあ、行こう。中でポポロたちが待っているよ」
とフルートが言いました。
「おう、急ごうぜ!」
「ワンワン、そうですね」
ゼンとポチが返事をしました。
フルートたちは武器を納めると、山の地下に続く洞窟の中へ入っていきました・・・。



(2004年10月30日)



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