29.雪原の森
豆の蔓は、なおも伸びていきます。
蔓と蔓とが絡み合い、入り組んで、豆の木の森の中はまるで迷路のようです。
雪オオカミたちが後を追ってきましたが、体が大きいので、混み合った蔓の間をくぐることができません。
グルルルル・・・ウゥゥーーー・・・
バキッ・・・ベキベキッ・・・!
オオカミたちがうなりながら豆の蔓に噛みつきます。その音を聞きながら、フルートたちは森の奥へ奥へと進んでいきました。
やがて、オオカミたちのうなり声が遠くなってきました。豆の森に入り込めなくて苦労しているようです。
「やれやれ、ウィスルの豆に助けられたな」
とゼンがほっとしたように言いました。
その間にも雪エンドウは成長を続け、蔓の先につぼみがつき、白い花が咲き始めました。豆の花の匂いがあたりに漂います。
それを見て、ポチが感心したように言いました。
「ワン。本当に成長の早い豆ですね。もう花が満開になってますよ」
「花・・・?」
一度はゼンたちのように安心しかけたフルートが、ぎくりと足を止めました。
「待てよ・・・とすると、ひょっとしてまた・・・」
すると、森の中に魔王の大きな笑い声が響き渡りました。
「馬鹿め! 自分たちから死に場所に飛び込んでいくとはな! そら、花たち! 勇者どもを絞め殺せ!」
とたんに、豆の蔓から白い豆の花が離れ、ザーッと音を立てて集まり始めました。メールの花使いの力です。
フルートたちが立ちすくむ目の前で、花は寄り集まって、巨大な蛇の姿になりました。
「逃げろ!!」
フルートとゼンとポチは必死で豆の森を逃げ始めました。
けれども、森の中は蔓が絡み合い、行く手をふさいでいて、思うように走れません。
たちまち花の蛇が追いついてきて、3匹の細い蛇に分裂し、フルートたちに絡みつきました。花から緑の蔓が伸びて、子どもたちをがんじがらめにします。
「うわっ!」
「くそっ!」
「キャン!」
フルートたちは身動きがとれなくなってしまいました。
フルートの胸元で金の石が光りました。白い花が散り、蔓がちぎれます。
けれども、豆の花はすごい勢いでまた寄り集まり、金の光ごとフルートを花の中に包み込んでしまいました。白い花が球形に寄り集まって、まるで白い繭(まゆ)のようです。
「フルート!」
「ワンワン! フルート!」
ゼンとポチが叫びましたが、彼らも花と蔓に絡みつかれて身動きがとれません。じわじわと締めつける力が強くなってきます。
魔王の笑い声がひときわ高くなりました。
「さあ、オオカミたち! あいつらを噛み殺せ!」
バキバキバキバキ・・・!!!
ものすごい音と共に、豆の森を何かが突き進んできました。
太い幹をへし折り、そこここで絡まる蔓を引きちぎって、近づいてきます。
それは、巨大な花の蛇でした。
森中の豆の花が寄り集まり、フルートたちを襲っているものよりはるかに大きな蛇の姿になって、豆の森を押しつぶしながら進んでくるのです。
その後を通って、3頭の雪オオカミが森の中に入り込んできました。まっすぐ、フルートたちめがけて走ってきます。
アーオオオーン・・・!
オオカミの声が森の中に響き渡ります。
フルートもゼンもポチも動けません。
オオカミたちが迫ってきます。
魔王の声がまた響き渡りました。
「良い眺めだな、勇者ども。友だちからの贈り物で殺される気分というのは、どんなものだ?」
ゼンはそれを聞いて歯ぎしりをしました。口がきけないウィスルが「ありがとう」の代わりに渡してきた豆を、そんなふうに言われるのは我慢ができません。けれども、そのときにはもう蔓が体中に絡みついて、ゼンは話すことさえできなくなっていたのでした。
すると、白い繭のようになった花の中から、フルートの声が響きました。
「いいや、豆の木はやっぱりぼくたちの味方だよ! お前の負けだ、魔王!」
そのことばが終わらないうちに、白かった豆の花が茶色くしおれ、ぼろぼろと下に落ち始めました。中からフルートが現れます。
ゼンとポチを絡め取っていた豆の花や蔓も、みるみるうちにしおれて枯れていきます。
金の石の力ではありません。雪エンドウはあっという間に育って花開き、たちまち枯れていく魔法の植物。短い花盛りが終わって、寿命が尽きたのです。
森の中を突き進んでいた花の蛇も、たちまち茶色に変わって崩れ落ちました。
ベキッ・・・バキバキバキ・・・ズズズーーン・・・
いたるところで太い豆の木の幹や蔓が倒れ始め、枯れた枝や蔓が頭上から落ちてきます。
フルートの胸の金の石が、光のバリアを広げました。
「早く! 中に入って!」
フルートに呼ばれて、ゼンとポチは、枯れた蔓を体から払い落とすと、急いでその中に入りました。バリアは、次々と落ちてくる豆の枯れ枝から彼らを守ってくれます。
ギャオオォーーン・・・・・・
降りしきる枯れ枝の雨の中から、雪オオカミたちの悲鳴が聞こえてきました・・・。
豆の森はすっかり枯れ果てました。
雪原に茶色い枝と蔓と葉がうずたかく重なり合っています。 本当に、わずか5分ほどの出来事でした。
その真ん中に、フルートとゼンとポチが立っていました。金の石のバリアに守られていたので、怪我ひとつありません。
ゼンが枯れ野に変わった平原を見回して言いました。
「ホントに不思議な植物だよなぁ・・・」
「ワン。オオカミたちは死んだんでしょうか?」
とポチも言いました。枯れ野の中は静かです。
ところが、ゼンが一歩踏み出したとたん、枯れ枝の山の中から雪オオカミが飛び出してきました。
ガウッ・・・!
鋭い歯が並ぶ口で、ゼンの頭を噛み砕こうとします。
「うわっ!」
ゼンはきわどいところでそれをかわしました。
フルートが炎の剣を構えると、オオカミは大きく跳び下がり、ウゥゥー、とうなりました。
「ち、生きてやがったのか・・・!」
ゼンが冷や汗をかきながら言うと、枯れ野の下から残る2頭のオオカミも姿を現しました。巨大なオオカミたちは、豆の木の枯れ枝くらいでは押しぶつされなかったのです。
魔王の笑い声がまた響きました。
魔王は、蛇の形の山の前に浮かんだまま、ずっと戦いの様子を眺めていたのです。
「豆の森は枯れたが、おかげでお前たちが隠れる場所もなくなったな。今度こそ、オオカミたちの牙にかかって消え失せるがいい、勇者ども」
3頭の雪オオカミが、フルートたちのまわりを取り囲みました。ゼンがエルフの弓矢を構えると、素早く枯れ枝の陰に身を潜めてしまいます。
「まずいぞ・・・」
ゼンがつぶやくように言いました。
3頭のオオカミに同時に飛びかかられたら、ゼンとフルートで1頭ずつしとめても、もう1頭に後ろから襲われてしまいます。
すると、フルートがささやくように仲間たちに言いました。
「もっと近くに来て・・・ぼくのすぐそばに・・・」
ゼンとポチは目を丸くしましたが、すぐに言われたとおり、フルートのすぐわきに寄りました。
フルートは炎の剣を握り直すと、こう言いました。
「占いおばばが言ってた。枯れた雪エンドウは、雪の下に埋もれて泥炭に変わるって。・・・ってことは、豆の木はきっと、このままでもよく燃えるのさ・・・!」
フルートは、炎の剣を、積み重なった枯れ枝の山に向かって大きく降りました。
炎の弾が飛び出して、一瞬のうちに枯れ枝に燃え移ります。
その火はまたたく間に枯れ野に燃え広がり、一帯は火の海になりました。
ごうごうと音を立てて燃え上がる炎の中から、雪オオカミたちの悲鳴が上がります。
キャーン・・・ギャンギャンギャン・・・
火だるまになったオオカミが飛び出してきて、フルートたちめがけて突進してきました。
とたんに、フルートたちを金の光が包み込み、オオカミはバリアにはじき飛ばされて、炎の中に落ちていきました。
長い絶叫が響き渡ります・・・
炎は枯れた豆の森にどんどん燃え広がり、空に黒い煙を吹き上げました。
あたりは、パチパチ、ごうごうと炎が燃える音で一杯です。 その奥から、雪オオカミたちの断末魔の叫びが響いて消えていきます。
とたんに、猛烈な風が巻き起こり、炎が天に巻き上げられたかと思うと、一瞬のうちに火が消えました。
山の前に浮かぶ魔王が、怒りの表情で手を伸ばしていました。魔法で炎をかき消したのです。
焼け跡に、3頭のオオカミが黒こげになって転がっていました。
フルートたちは光のバリアで守られていたので、火傷ひとつ負っていません。
フルートは、魔王に向かって叫びました。
「これでもう味方はいなくなったぞ、魔王! さらっていった女の子たちを返せ!」
炎の剣を構えたフルートのわきで、ゼンもエルフの弓矢を構えます。ポチは足を踏ん張ると、精一杯大きな声で、ワンワンワン・・・と吠えたてました。
すると、魔王がまた笑い出しました。
今までとは違う、低い含み笑いの声です。
「なるほど、金の石の勇者どもは、さすがにひと味違うようだな。わし自身が相手をしなくてはならんということか。・・・よかろう、勇者! これが最後の勝負だ!」
そう言うなり、魔王が片手を突き出しました。
その手のひらから、黒い弾がフルートたちめがけて飛びだして来ました――
(2004年10月26日)
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