「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

28.オオカミと魔王

7頭の風のオオカミたちは、群れになってポチの後を追いかけてきます。もとが雪オオカミだけあって体が大きく、ポチよりずっと速く空を飛べます。
ポチは必死になって逃げ続けました。

すると、ポチの背中からゼンがこんなことを言い出しました。
「お、おい、オオカミたちはルルの『力』で風のオオカミになってるんだろう? ってことは、弱点も風の犬と同じなんじゃないのか?」
風の犬の弱点・・・それは、首輪です。首輪についた魔法の石の力で変身しているので、首輪を外してしまえばもとの姿に戻ってしまうのです。
フルートとゼンは、精一杯体をよじって後ろを振り向き、風のオオカミたちの首を確かめました。
「ある! 首輪だ!」
「やっぱり黒い石がついてやがる!」
ゴブリン魔王が天空の国の風の犬を支配したときにも、首輪には黒い石がついていたのです。
「あの首輪を切ればいいんだ。・・・ポチ!」
「ワン!」
ポチは一声鳴くと、即座に向きを変えて、風のオオカミめがけて飛び始めました。
「気をつけろ!」
と言いながら、ゼンもショートソードを抜きます。
 バシュッ
風のオオカミとすれ違いざまに、フルートが首輪を切りました。ゼンももう一頭の首輪を切ります。
 ズパッ
とたんに、風のオオカミは失速し、雪オオカミの姿に戻って雪原に勢いよく転がりました。
「やった!」
ゼンが歓声を上げました。

風のオオカミが後ろから追いついてきました。ポチに噛みつこうと、鋭い歯の並んだ口を開けます。
「やぁっ!」
フルートはその口めがけて炎の剣を振りました。火の弾が飛んで、オオカミの口に飛び込みます。
弾は風のオオカミの体をすり抜けてしまいましたが、炎が首輪に燃え移りました。
 ギャーーン・・・
オオカミは悲鳴を上げて空から落ち、雪オオカミの姿に戻ったとたん、炎に包まれました。雪オオカミは狂ったように雪原を転げ回り、氷の崖にぶつかって、それきり動かなくなりました。
「ひゅう。炎の剣はすごいな」
ゼンが感心して言いました。

空にいる風のオオカミは、残り4頭になりました。
もとの姿に戻った雪オオカミたちは、雪原をうろうろしています。
「でぇいっ!」
フルートがまたオオカミの首輪を断ち切りました。
 ギャン!
雪オオカミが雪原に転がります。
「ポチ、あいつの下に回れ!」
ゼンの声に、ポチは風のオオカミの牙をかいくぐり、その下に回り込みました。
ゼンは両手でショートソードを掲げ、オオカミの首輪を切りました。
オオカミが実体に戻って、たちまち空から落ちていきます。


「あと2頭だ」
ゼンが言ったとき、突然、思いがけない方向から風のオオカミが襲いかかってきました。
風の犬になっているポチの横腹に、がっぷりと噛みつきます。
「キャーン!!」
ポチは悲鳴を上げました。どんな攻撃もかわしてしまう風の犬ですが、同じ風のオオカミの攻撃だけは、まともに食らってしまうのです。
「ポチ!」
フルートが思わず叫んだとたん、また金の石が光りました。金の光でポチとフルートたちを包み込みます。
とたんに、ポチに噛みついていたオオカミが、突然苦しみだして離れていきました。空をめちゃくちゃに飛びまわり、やがて、山の頂に激突して、そのまま動かなくなりました。
「ポチ、大丈夫!?」
フルートが尋ねると、ポチが答えました。
「ワン、大丈夫です。金の石がすぐに治してくれました。それより、フルート、風のオオカミはあと1頭だけですよ」
「よし、俺がやる!」
ゼンがそう言って、ショートソードを片手にポチの上に片膝立ちになりました。
「ポチ、このままあいつの上に行け。食いつかれるなよ」
「ワン!」
ポチは勇敢に正面から風のオオカミに突進していくと、その目と鼻の先で上に飛びました。
ポチの背中からゼンが飛び降りました。
ショートソードで風のオオカミの首輪を切ります。
とたんに、オオカミは実体に戻って、雪原に落ちていきました。
ゼンも一緒に空から落ちていきましたが、地上にぶつかる寸前で、ポチが背中にゼンを拾い上げました。

「へへーん、見たか!」
ゼンは得意そうに言うと、雪原を見下ろしました。
5頭の雪オオカミたちが、空を見上げながらくやしそうに吠えています。
フルートも、ほっと安堵の息をつきました。風のオオカミは巨大なので、小犬のポチではとうてい立ち向かえなかったからです。


すると、突然すぐ近くから、あざ笑うような男の声が響きました。
「これで彼らに勝ったつもりか、勇者よ」
フルートたちは、はっとして声のした方を振り向きました。
蛇の形の山の前に、魔王がいました。
黒い長い衣を着込んで、空中に浮かんでいます。
意外にも、今度の魔王は小柄な男でした。せいぜい人間の大人くらいの背丈です。ゴブリン魔王と違って頭に角は生えていませんが、顔はむしろ、もっと獣に似ていて、どう猛な表情を浮かべていました。
「魔王!」
フルートたちが叫ぶと、魔王がにやりと笑いました。口の端から鋭い牙がのぞきます。
「まったく人間は愚かだ。自分たちが地上で一番賢くて強いつもりでいる。だが、彼らと面と向かったら、どうだ? 彼らの牙と爪から逃れるすべはあるというのか?」
言いながら、魔王はさっと手を伸ばし、何かをたぐり寄せるように、ぐいと空中で手を振りました。
とたんに、ポチが空中から落ち始めました。
「キャン!」
「わーーーーーっ!!」
ポチとフルートとゼンは、ひとかたまりになって雪原に転がりました。寸前で金の光が彼らを包んでくれなければ、凍りついた雪に叩きつけられて大怪我をするところでした。
ポチは風の犬から小犬の姿に戻ってしまっていました。
「ワン、どうして・・・?」
ポチがびっくりしていると、魔王が笑いながら言いました。
「わしはオオカミに風の犬の力を与えられるだけでなく、風の犬の力を奪うこともできるのだ。ポチよ、お前はもう変身できないぞ」
「ポチ、石の色が・・・」
フルートがポチの首輪を見て言いました。
ポチは緑の石がついた首輪の力で風の犬に変身するのですが、その石がすきとおった緑色から、濁った灰色に変わっていたのです。
ポチがいくら変身しようとがんばっても、風の犬にはなれません・・・

 グルルルル・・・
荒々しいうなり声が近づいてきました。5頭の雪オオカミが、じりじりと迫ってきています。
フルートは炎の剣を構えて叫びました。
「逃げろ、ポチ! ゼン!」
けれども、ここは山のふもとの雪原です。身を隠すものも逃げ込む場所もありません。山の中に入っていく洞窟は、雪オオカミたちが立ちはだかるずっと向こうに見えていました。
 ガウッ!
1頭の雪オオカミが飛び出してきました。
牛ほどの大きさもあるオオカミです。まともに食らったら、フルートたちなどひとたまりもありません。
フルートはオオカミに向かって炎の剣を振りました。
炎の弾が飛び出していきます。
けれども、雪オオカミはその動きを読んでいました。 ひらりと炎から身をかわすと、次のジャンプでフルートめがけて飛びかかってきました。
「うわっ・・・!」
フルートは反射的にダイヤモンドの盾を振りかざしました。
すると、オオカミの眉間に矢が飛んできて、鋭く突き刺さりました。エルフの矢です。
急所を射抜かれたオオカミは、声も上げずにもんどり打つと、雪に頭をめり込ませて倒れました。
「へっ、見たか。人間を馬鹿にするなよ」
と弓を構えたゼンが言いました。

けれども、その間に他の4頭のオオカミがすぐ近くまで迫っていました。
フルートたちのまわりを取り囲みます。
フルートとゼンは武器を構えて背中合わせに立ちました。足下にはポチがいます。
「やばいぞ」
とゼンが言いました。
このままだと、オオカミたちはじりじりと包囲網を縮めてきて、いっせいに襲いかかってきます。いくら炎の剣やエルフの矢でも防ぎ切れません。
低い笑い声が聞こえてきました。山の前の空中に浮かぶ魔王が、フルートたちの様子を見て笑っているのです。
フルートは、ささやくような声で仲間たちに言いました。
「ゼン、ポチ、ぼくが道を開く。駆け抜けるんだ」
そして、次の瞬間、フルートは前に飛び出して、炎の剣を振りました。
「でぇいっ!」
炎の弾が飛び出します。
雪オオカミがさっと飛び退きました。
オオカミの包囲網に隙ができます。
そこを目ざして、フルート、ゼン、ポチは走りました。
オオカミたちがいっせいに飛びかかってきます。
フルートは振り向きざま、1頭のオオカミに切りつけました。
 ギャーーン!
オオカミは悲鳴を上げて転がり、たちまち炎に包まれました。
その間に、ゼンとポチはオオカミの間を走り抜けていきます。
別の1頭がゼンに向かって飛びかかってきました。ゼンの足に噛みついて、食いちぎろうとします。
ところが、その顔面にポチが飛びかかり、噛みつきました。
 ギャン!
不意打ちを食らって、オオカミの狙いがはずれました。
オオカミの牙はゼンの足ではなく、ゼンのベルトに下がった袋を食いちぎって行きます。
ばらばらっと丸い小さなものが雪の上に飛び散りました。大男のウィスルがゼンにくれた雪エンドウ豆です。
「あっ、くそ・・・!」
ゼンは歯ぎしりしましたが、どうしようもありませんでした。
オオカミが顔面に食らいつくポチを振り飛ばしました。
「キャン!」
ポチは悲鳴を上げて雪の上に転がりました。
それを一口でかみ砕こうと、オオカミが飛びかかります。
そこへ、フルートが炎の弾を撃ちました。
オオカミは飛び退き、その隙にポチは立ち上がって逃げ出しました。
「走れ!!」
フルートは声を限りに叫びました。
行く手はなにもない雪原。逃げ込む場所はありません。それでも、走って逃げるしかありませんでした。
オオカミたちが追いついてきます。フルートの炎の剣に警戒しながら、慎重に、確実に距離を詰めてきます。
魔王の笑い声が響き渡っています。
『どうしたらいい? どうしたら・・・?』
フルートは心の中で繰り返しながら、歯を食いしばって走り続けました。

すると、不意に後ろからオオカミたちの声が上がりました。
 ギャン! アオオーーン・・・!
驚き、あわてふためくような鳴き声です。
思わず振り向いたフルートたちの目に、緑の塊が飛び込んできました。
白い平原の上に、雪の中からわき上がるように現れてくる緑色・・・
それは、空に向かって蔓を伸ばし、葉を広げ、ぐんぐんと地上をおおっていきます。
「雪エンドウだ!!」
フルートたちは叫びました。
ゼンのベルトの袋からこぼれた雪エンドウ豆が、雪の中で突然芽を吹き、育ち始めたのです。
占いおばばが案内してくれた豆の木よりずっと大きく広がっていくところを見ると、芽を出した豆は1つだけではなかったようです。それがぐんぐん伸びて、みるみるうちに太い木のようになり、絡み合いながら空に伸び、雪原に緑色の豆の森を作り上げていきます。
逃げ遅れて豆の木に持ち上げられてしまったオオカミが、はじき飛ばされて、雪原に転がりました。ものすごい成長の勢いです。
フルートは、はっとして、仲間たちに言いました。
「あそこだ! あの中に入るんだ!」
そして、フルートたちは驚き戸惑うオオカミたちの間を抜けて、豆の森の中に逃げ込みました――





(2004年10月25日)



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