「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

26.花

すると、突然洞窟の中に笑い声が響き始めました。
地の底からわき起こってくるような、低い男の声です。
フルートたちは、はっとして叫びました。
「魔王!」

魔王の声が、笑いながらこう言いました。
「わしを倒すか・・・金の石を手に入れたくらいのことで、わしが倒せると思っているのか・・・笑止千万!」
魔王の姿は見えません。隠れ家の山の中から、透視の力を使って、フルートたちの様子を見ているのに違いありませんでした。
そこで、ゼンが負けずに言い返しました。
「へっ、そんなこと言ってやがるけど、お前は明日になるまで魔法が使えないじゃないか。今日はもう2つともポポロの魔法を使っちまったんだからな。ちゃーんと分かってるんだぜ」
「ほう・・・わしが魔法しか使えないと思っているのか」
魔王の声がそう言って、いっそう面白そうに笑い出しました。

とたんに、洞窟の中にザワザワという音が響き始めました。
フルートたちはまわりを見回しました。
洞窟の壁をおおう蔓草が、ざわめきながら小刻みに揺れ始めています。まるで、蔓草自体が生きているような動きです。
それにつられて、極彩色の花も震え始めました。次第に大きく揺れて、やがて、ぽろりと花首が落ち、ザーッと音を立てて、洞窟の一カ所に集まり始めます・・・

「やべぇ!」
「花使いの力だ!」
ゼンとフルートは思わず声を上げました。
魔王にさらわれたメールは、花で思いのままのものを作り上げて動かすことができる、花使いです。花とはいえ、非常に強力な攻撃をすることもできます。魔王は、そのメールの力を取り込んで、使っているのでした。
「ワンワン! 早く乗ってください!」
風の犬に変身したポチが、フルートとゼンの前に飛んできました。
フルートとゼンは素早くその背中に飛び乗りました。
寄り集まった花たちが、獣に姿を変えていきます。巨大な極彩色のオオカミの形になって、突然噛みついてきます。
ポチはするりと花オオカミの牙の間を抜けると、洞窟の出口に向かってまっしぐらに飛び始めました。

「追いかけてくるぞ!」
とゼンが後ろを振り向きながら言いました。
花オオカミは猛烈な勢いで洞窟の中を突進してきます。あまり勢いがすごいので、壁の蔓草が引きちぎられていきます。ゼンが矢を撃ってみましたが、花が寄り集まっただけのオオカミには全然効果がありませんでした。
「ワン! 前からも来ます!」
とポチが叫びました。
行く手でも色とりどりの花が音を立てて寄り集まり、もう一頭のオオカミの姿になっていくところでした。
「挟み撃ちだ!」
とゼンが叫びました。
フルートは炎の剣を高く掲げると、かけ声もろとも振り下ろしました。
「でぇいぃぃっ!!」
炎の塊が行く手に飛んで、前にいる花オオカミを一瞬で火だるまにしました。
ポチは炎をかわして先へ飛びます。

その先で、また花が集まっていました。
今度は獣の形を取らずに、壁のように行く手をふさいでいます。
フルートはまた炎の剣を振りました。炎の弾が飛んでいきます。
ところが、それが命中する前に、花がザーッと崩れて散り散りになりました。
炎は花の間を飛び抜けていきます。
その後を飛ぶフルートたちに、花がいっせいに襲いかかってきました。
生き物のようにフルートたちに飛びつき、へばりつき、花首の下から緑の蔓を伸ばし始めます。
花は何千何万という数で、いくら払いのけてもきりがありません。
さすがの風の犬のポチも、それ以上先に進めなくなって止まってしまいました。
すると、堅くなった蔓の先が、太い針のように子どもたちの体に突き刺さってきました。
「うわぁっっ!!!」
胸当てに薄い布の服を着ただけのゼンが、悲鳴を上げました。手足に蔓が突き刺さって、血が吹き出ています。
「ゼン!!」
「ワンワン! ゼン!!」
フルートとポチが叫びました。フルートは魔法の鎧のおかげで、ポチは風の犬になっているので、かろうじて花の攻撃は防いでいましたが、花にびっしりと覆われて身動きができないので、ゼンを助けられません。
花の蔓がぐいぐいとゼンの体の中に食い込んでいきます。
ゼンがまた悲鳴を上げました。
「ゼン!!!」
フルートは叫びました。

すると――
フルートの胸元から金の光があふれ出しました。
鎧の胸当ての中に入れておいた金の石が、強く光り出したのです。
澄んだ金の光がフルートたちを包み込みます。
フルートたちを覆っていた花は、急に力をなくして、ぽろぽろと下に落ち始めました。
ゼンに突き刺さっていた花や蔓も、みるみるうちに枯れて落ちていきます。
「う・・・」
ゼンは体を抱えてポチの背中の上にうずくまりました。腕からも足からも、いたるところから血が吹き出しています。
フルートは大急ぎで鎧の中から金の石を取りだして、ゼンの体に押し当てました。
金の石は、どんな怪我も治すことができる魔法の石です。たちまち出血が止まり、傷がふさがり始めます。
1分とたたないうちに、ゼンの手足からは傷がすっかり消えてしまいました。服に蔓が刺さった穴と血の痕が残っているだけです。
「もう大丈夫だ。痛くなくなった・・・相変わらず、すごい効き目だな、金の石は」
とゼンが感心して言いました。

フルートは、金の石の鎖を片手に絡ませると、その手を高く掲げました。
金の光のバリアが、彼らのまわりを包み込んでいます。
花オオカミが噛みついてきましたが、光のバリアに跳ね返されてしまいました。
「ポチ、このまま洞窟の外に出るんだ!」
とフルートが言いました。
ポチはすぐに出口めがけて飛び始めました。
行く手を花がふさいでいます。
けれども、金の光のバリアにふれたとたん、花は吹き飛ばされ、散り散りになってしまいました。
「おっと、俺の毛皮の服だ!」
とゼンが行く手を指さして言いました。
洞窟の途中で脱いだ毛皮の服が、洞窟の床にひとかたまりになっているのが見えました。
ポチが低空飛行したので、ゼンは手を伸ばして自分の服をつかみ取りました。
「へへっ。ここを出たら、また寒くなるもんな」
とゼンが笑いました。もうすっかり元気です。

ついに、洞窟の出口が見えてきました。
ポチはそこを目ざして、まっしぐらに進んで行きます。
後ろから大きな花オオカミが追いかけてきました。すべての花が合体して、竜のように巨大なオオカミになっています。
いくら金の石のバリアでも、あれだけの量の花にいっせいに襲われたら防ぎきれないかもしれません。
ポチは必死で飛びました。
そのすぐ後ろに花オオカミが迫ります。
その牙がバリアに噛みつく・・・と見えた瞬間、ポチは洞窟から外に飛び出しました。
氷の山々がそびえる北の大地の空へ、一気に駆け上がっていきます。
その後を追って、花オオカミも洞窟から飛び出してきました。
バリアごとフルートたちを飲み込もうと、大きく口を開けて追いかけてきます。

・・・と。
突然、花オオカミが空中に止まりました。
花がざわざわっとさざめき、急に力を失って、地上へ落ち始めます。
花オオカミの姿はあっという間に崩れ、花が極彩色の雪のように雪原に降っていきます・・・
子どもたちは目を丸くしましたが、すぐにフルートが気がつきました。
「外に出たからだ。北の大地は花たちには寒すぎて、形を作っていることができなくなったんだよ」
「確かにな。俺も服を着なくちゃ」
とゼンは大急ぎで毛皮の服を着込みました。空は晴れていますが、空気はピンと張りつめるほど冷たくて、凍り付いた水蒸気がキラキラとダイヤモンドの粉のように光りながら流れています。
雪原に落ちた花は、風が吹いてくると、カリカリと堅い音を立てて飛んでいきました。北の大地の寒さで凍り付いてしまったのです。
その様子を見ながら、フルートが言いました。
「花使いの力は、もう心配しなくても大丈夫だな。・・・さあ、魔王が隠れている山を探そう。蛇の頭のような形をした頂が目印だ!」
「ワン!」
「おう。メールたちを取り戻すぞ!」
ポチとゼンが声を上げました。

そして、ポチはフルートとゼンを乗せたまま、空高く飛び上がっていきました。
目指すは魔王が潜む蛇の形の山。
それは、このサイカ山脈の中のどこかにあるのです・・・。



(2004年10月19日)



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