「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

25.バジリスク

洞窟に一歩足を踏み入れたとたん、むっと湿った暖かい空気が、子どもたちを包みました。
「うわ? なんだ、あったかいな!?」
ゼンが驚いて声を上げました。
洞窟の中は、入り口に近いところは氷がむき出しになっていますが、奥に進むに連れて、氷の壁が蔓草におおわれ、緑のトンネルのようになっていきます。
フルートは緊張した面持ちであたりを見回して言いました。
「これは普通じゃないよ。こんなに暖かいのに、洞窟の氷が少しも溶け出してない。魔法の力で洞窟の中を暖かくしているんだ」
すると、ポチが耳をぴくぴく動かして言いました。
「ワン。聞こえますよ・・・魔法の呪文です。ほら、洞窟の奥の方から」
フルートたちも耳を澄ましました。ゼンは、毛皮のフードが邪魔になるのでフードを脱ぎました。確かに、洞窟の奥の方からかすかに声が聞こえてきます。
「レーナ クカタタア レーナ ニウヨノクゴンナ・・・レーナ クカタタア レーナ ニウヨノクゴンナ・・・レーナ クカタタア・・・」
魔王の声です。
フルートとゼンはとっさに剣や弓矢を構えましたが、同じ呪文が延々繰り返されているのを聞いて、フルートがはっと気がつきました。
「わかった! 魔王はもうひとつのポポロの魔法をここに使っていたんだ!」
「ここって・・・・・・この洞窟を暖かくするためだけにか?」
ゼンが目を丸くしました。なんでそんなつまらないことに魔法を使うんだ、と言いたげな顔をしています。
フルートは言い続けました。
「バジリスクは暖かい地方の怪物だ。きっと、この北の大地では寒すぎて死んでしまうんだよ。だから、魔王はバジリスクのためにこの洞窟を暖かくしてるんだ」
「ははん、なるほどな。だが、そうすると、この奥に魔王がいやがるのか?」
そう言ってから、ゼンはちぇっ、と舌打して自分の頭を叩きました。
「馬鹿か、俺は。金の石のそばに近寄れなくてバジリスクに番をさせているんだから、魔王がいるわけねえや」
「たぶん、魔王は呪文を繰り返す魔法が使えるんだ」
とフルートが言いました。
「ポポロの魔法は、強力だけど数分間しか効かないからね。それを魔王自身が自分の魔法でリフレインさせて、ずっと効果が続くようにしているんだ。そうさ。だから、北の大地を一日中暖かくして、雪や氷が溶け出すようにもできたんだ・・・」
「へっ。けっこう頭いいじゃねぇか、魔王」
ゼンが苦笑いをして言いました。

「ワン。奥の方から、シュウシュウいう音が聞こえてきますよ。蛇が出す音みたいです」
とポチが聞き耳を立てながら言いました。
「バジリスクだ。ぼくたちが入り込んだのに気がついたな」
とフルートは言い、炎の剣を構え直して呼びかけました。
「行こう、みんな」
「おう」
「ワン」
ゼンとポチは即座に返事をすると、フルートの後について洞窟を進み始めました。

進めば進むほど、洞窟の中が暑くなってきました。
魔法の鎧のフルートは平気でしたが、分厚い毛皮の服を着たゼンは、真っ赤な顔をして、汗びっしょりになっていました。ポチも舌を出して、はっはっと息をしています。
「あー、もう限界だ! こんなの着てられるか!」
とうとう、そう叫んで、ゼンが毛皮を脱ぎ捨てました。布の服にサファイヤの胸当てをつけただけの、身軽な格好になります。
「うん、やっぱりこれがいいぜ。動きやすいしな」
ゼンは満足そうにそう言うと、毛皮の服をひとまとめにして、その場に置きました。
「邪魔になるから置いていこう。帰りに持って行くさ」
「いいですねぇ、人間は。犬は毛皮を脱げませんよ」
とポチがうらやましそうに言いました。
「それにしても・・・本当に緑だらけだな。どうしてだろう?」
とフルートが不思議そうにまわりを見回しました。
洞窟の中は緑の蔓草でいっぱいです。濃い緑の葉が重なり合い、ところどころで極彩色の花が咲いています。むっとするような緑の匂いと、香水のように強い花の香りが、洞窟中に充満しています。
噂によれば、バジリスクは毒の息であらゆる緑を枯らして、あたり一帯を砂漠に変えてしまうはずなのですが・・・。
「ワン。これも魔法のせいなんでしょうか?」
とポチが尋ねましたが、フルートもゼンも、それに答えることはできませんでした。

奥に進むにつれて、呪文の声が大きくなっていきます。
「レーナ クカタタア レーナ ニウヨノクゴンナ・・・」
それと一緒に、フルートたちの耳にも、バジリスクのシュウシュウいう息づかいが聞こえるようになってきました。
すると、ゼンが突然、にやりと笑いました。
「なんか、一番最初の冒険を思い出してくるな。沼の神殿に入り込んだ時みたいだぜ」
フルートとゼンとポチが初めて戦った敵は、黒い霧の沼に住む、メデューサでした。メデューサは髪の毛の一本一本が毒蛇で、やはりシュウシュウと毒の息をまき散らしていました。
「・・・そうか!」
フルートが急に、はっとした顔でつぶやきました。
「メデューサの時と同じなんだ。バジリスクが吐く毒の息を、金の石が打ち消しているんだよ。だから、この洞窟の植物が枯れないんだ」
「フルートが持ってなくても、そんな力を発揮してるのか。さすがは金の石だな」
とゼンが感心して言いました。
ポチも、しっぽを振りながら嬉しそうに言いました。
「ワンワン。それじゃ、毒の息は気にしないで大丈夫だってことですね。それ以外のバジリスクの力というと・・・」
「岩をも砕く眼力だ」
とフルートが答えると、ゼンが肩をすくめました。
「そいつもメデューサに似てるな。そりゃ、メデューサの場合は、岩を砕くんじゃなくて、にらみつけたヤツを石に変えるんだが、眼力が危険なところは同じだぞ。メデューサとバジリスクは、親戚かなにかなのか?」
「分からない。でも、特徴が似てるってことは、戦うときにも、同じようなやり方が通用するのかもしれないよ」
とフルートが言いました。

メデューサを倒したとき、フルートは姿を消す魔法の指輪をはめ、鏡の盾にメデューサを映して、それを見ながら戦いました。
魔法の指輪は、戦いの後、泉の長老に渡したのでもう手元にはありませんが、鏡の盾なら、フルートがまだ持っていました。しかも、グレードアップされています。
「このダイヤモンドの盾を使おう。岩を砕くバジリスクも、魔法のダイヤモンドでおおわれた鏡の盾は、壊せないかもしれない」
とフルートは言い、ゼンとポチに盾を突きだしてみせました。
「あのときと同じ作戦で行こう。バジリスクの近くまで来たら、ポチは大声で鳴いて、ヤツの気を引いてくれ。ゼンは矢で攻撃。ぼくは炎の剣を使う。ヤツを見るときには、必ず盾に映った姿を見ること。絶対、直接ヤツを見ちゃダメだよ」
「バジリスクの急所が分かればいいんだが・・・ま、しかたねぇな。どこでもいいから、適当に撃ってやる」
と言って、ゼンは弓に矢をつがえました。


やがて、一行はバジリスクの息づかいがすぐ近くに聞こえるところまで来ました。
洞窟の曲がり角の向こうから、シュウシュウ、シュウシュウと激しい蛇の声が聞こえてきます。
フルートは、曲がり角からそっとダイヤモンドの盾を差し出して、盾の表面に行く手の様子を映してみました。
洞窟の行き止まりに、蔓草を絡み合わせて作った鳥の巣があって、その中にバジリスクが座り込んでいました。
意外と小さな怪物で、せいぜいカラスくらいの大きさです。噂通り、体は蛇ですが、頭と翼と足は鳥、しかもニワトリにそっくりの形をしています。
バジリスクは警戒してあちこち見回しながら、口からシュウシュウと黄色い霧を吐き出していました。あらゆる植物を枯らし、動物を死に至らせるという毒の息です。ところが、毒の霧があたりに漂い始めると、巣の中から金色の光が輝いて、一瞬のうちに霧を消し去ってしまいました。

「金の石はあの巣の中だ・・・」
フルートは思わずつぶやきました。
すると、その声を聞きつけて、バジリスクが鳴き声を上げました。
 シャアアアアーーーー!
とたんに、フルートたちが隠れている洞窟の角が、ドン! と音を立てて破裂しました。蔓草が引きちぎられ、氷のかけらが飛び散ります。
バジリスクがにらみつけたのです。
フルートたちは、冷や汗をかいて飛び退きました。
「おい、やばいぞ、フルート! あいつは目が合ったヤツだけを破壊するんじゃない。目で見たものなら、何でも破壊できるんだ!」
とゼンが言いました。
「ワン。これじゃ危険で近づけませんよ!」
とポチも言いました。

 バサバサッ・・・
洞窟の奥から、バジリスクが飛び立つ音が聞こえてきました。
「ワン。こっちに来ます!」
とポチが言いました。
必死で考えを巡らしていたフルートは、きっと行く手をにらみつけると、仲間たちに言いました。
「少しの間だけ、ぼくを援護してくれ。ぼくが前に出る」
「なんだと!?」
「ワンワン! フルート・・・!?」
ゼンとポチは驚いて叫びましたが、フルートはかまわず、洞窟の奥に向かって走り出しました。
「ワンワンワンワン・・・!!!」
ポチは足を踏ん張って、大声で吠え始めました。
ゼンも洞窟の奥へ次々と矢を撃ち始めました。まだバジリスクは出てきていませんが、そんなことはお構いなく撃ち続けます。
すると、その矢が次々に空中で破裂していきました。バジリスクがにらみつけたのです。
 バサッ・・・
ついにバジリスクが姿を現しました。
赤茶色の羽根でおおわれた翼が、洞窟の曲がり角から現れ、続いてニワトリそっくりの頭が現れます。
頭は、フルート、ポチ、ゼンの誰をにらみつけるか迷うように、一瞬あちこちを見ました。

そのとき、フルートはダイヤモンドの盾を高く掲げながら叫びました。
「バジリスク! こっちだ!!」
バジリスクが、声につられてフルートをにらみつけました。
 ドォン!!
激しい音がして、フルートはダイヤモンドの盾ごと後ろに吹っ飛ばされました。
洞窟の床に激しく叩きつけられます。
ところが――

 バーーーン!!!
目の前で、バジリスクの体が爆発して、粉々に飛び散ったのです。
本当に一瞬のことでした。
赤茶色の羽毛が洞窟の中に飛び散り、雪のように舞い下りていきます・・・

ゼンとポチはあっけにとられて、その光景を眺めていました。何が起こったのか、よく分かりませんでした。
すると、洞窟の床からフルートが起きあがりました。
「ふぅ・・・うまく行ったか」
ゼンとポチはすぐさまそれに駆け寄りました。
「ワンワン。フルート、怪我はないですか?」
「いったい何がどうしたってんだ? バジリスクが自爆しちまったぞ」
すると、フルートはにこっと笑って、ダイヤモンドの盾を掲げてみせました。
「これを鏡にして、バジリスクの眼力を跳ね返したんだよ」
それを聞いて、ゼンは目を丸くしました。
「ってことは・・・バジリスクのヤツ、自分で自分を破壊しちまったのかぁ!?」
「ま、そういうことだね」
そう言って、フルートは立ち上がりました。魔法の鎧を着ているので、怪我はありませんでした。

洞窟にはもう、敵はいません。
フルートたちは奥の巣に近寄って、中をのぞき込みました。
巣の真ん中に金の石があって、澄んだ金色の光を静かに放っていました。
フルートは、そっとそれを手に取りました。鎖が切れていますが、石には傷ひとつありません。
金の石を握ると、石は主の元に戻れたのを喜ぶように、キラリキラリと2度ほどまたたきました。

フルートは静かに目を閉じ・・・そして、また目を開けました。
振り返ると、ゼンとポチがにこにこしながら見ていました。
「やったな、フルート。これでもう、怖いものなんかねえぞ」
「ワンワン。防御力が格段にアップしましたね」
口々に嬉しそうに言う仲間たちに、フルートはうなずき返しました。
「これで完璧だよ・・・。さあ、魔王を倒しに行こう!」



(2004年10月15日)



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