23.稲妻
黒いグリフィンのグーリーは、ロキを載せて氷の山々の間を逃げ、やがて、とある山のふもとに舞い降りました。
グーリーが雪原の上に降り立って翼をたたむと、ロキは背中から滑り降り、雪の上に立ちました。青ざめた顔で、じっと何かを考えています。
グーリーが心配そうに、クーと鳴き声を上げました。
すると、突然また地の底から魔王の声が響いてきました。
「・・・ロキ・・・この裏切り者め・・・!」
ロキは、はっとして、あわてて言いました。
「う、裏切ってなんかないよ! あ、あの青い石のせいだよ! フルートがあんなものを隠し持っていたなんて、知らなかったんだ! あれさえなければ、おいらはフルートを――」
「黙れ!!!」
魔王の怒鳴り声が、びりびりとあたりの空気をふるわせました。山の中腹から、ぱっと雪煙があがり、小さな雪崩が起こります。
「お前が金の石の勇者を殺そうとしなかったことを、わしが見抜けなかったとでも思うのか!? 旅する間に情が移りおって。これだから人間は信用ならんのだ。約束通り、お前の姉は殺してくれよう!」
「魔王!!」
ロキは悲鳴のように叫びました。
「やめろ! 姉貴に手を出さないでくれ! おいら、今度こそしくじらないからさ! 必ずフルートたちを殺すから・・・!!」
「黙れ!! まずは、裏切り者の処刑からだ! 勇者たちを倒すためにとっておいた魔法だが、まずお前に使ってやろう・・・!」
ロキは息をのみ、目を見張りました。
山々の間に、呪文を唱える魔王の低い声が響き始めました。
「ローデローデ リナミカローデ イオオ オラソンウンア ベヨ オリナミカ・・・・・・」
「逃げろ、グーリー!!」
ロキはそう叫ぶと、雪原を全速力で走り始めました。
一方、フルートたちは、クレバスから炎の剣を引き上げていました。
風の犬になったポチが、クレバスの底まで下りていき、剣をくわえて戻ってきました。
「ありがとう、ポチ!」
フルートはほっとして、再び手元に戻ってきた炎の剣を隅々まで観察しました。何百メートルも氷の裂け目を落ちていったのに、刃こぼれひとつしていません。さすがは魔法の剣です。
そのとき、突然、空から魔王の声が響いてきました。
「ローデローデ リナミカローデ・・・」
フルートたちは、はっとして身構えました。この呪文には聞き覚えがあります。
「ワン、ポポロの魔法です!」
とポチが叫びました。
「やべえ、雷を呼ぶ魔法だぞ!」
とゼンも言いました。雪原の上には身を隠すものが何もありません。ここを雷で狙われたら、避けようがないのです。
ところが、フルートが空の彼方を指さして叫びました。
「見ろ! あっちに黒雲がわき起こってる・・・! この魔法は、ぼくたちを狙ってるんじゃない! ロキを狙っているんだ!!」
「ちくしょう! 裏切り者を始末する気だな!」
ゼンが歯ぎしりをしながらポチに飛び乗りました。フルートも炎の剣を手に、ポチの背中に飛び乗ります。ポチは暗雲目ざして、びゅーっと空を飛び始めました。
けれども、その間にも魔王の呪文は続いていました。
「イオオ オラソンウンア ベヨ オリナミカ・・・テウ オキロ!!」
暗雲の間にぱっぱっと稲妻がひらめき、特大の雷が、まっすぐ地上に落ちていきました。
ビカビカッ、と紫を帯びた光の柱が空を引き裂きます。
「ロキ!!!」
フルートたちは思わず叫びました。
すると。
突然また、フルートの胸元で石が輝き出しました。
青い光が、サーチライトのようにまっすぐ稲妻目ざして飛んでいきます。
ビシャアアアアアアア・・・!!!!!
激しい音をたてて、稲妻と青い光が激突しました。
いえ、音がしたと思ったのはフルートたちの錯覚でした。
実際にはただ、稲妻と青い光がぶつかり合い、空中で花火のように炸裂しただけでした。
それから数秒後、ようやく音がフルートたちの耳に届いてきました。
ガラガラガラガラ・・・ビシャアアアア・・・ドカーン!!!
すさまじい音に、空気は痛いほど激しく震え、山のあちこちで雪が崩れました。
そして・・・・・・・・・
あたりは静かになりました。
空の暗雲は消えていました。
魔王の声も、もう聞こえません。
友情の石の青い光が、すーっと消えて行きました。
「ロキ・・・!」
フルートたちは大急ぎで、雷が落ちた方角目ざして飛んでいきました。
山のふもとの雪原に、黒い小さなものが倒れていました。
グリフィンのグーリーが、わきに立って頭をすり寄せています。
空からそれを見つけたフルートたちは、急降下して、そのすぐ近くに飛び降りました。
「ロキ!」
「おい、大丈夫か!?」
「ワンワン! 雷に打たれたんですか!?」
グーリーが顔を上げ、ギャアア・・・と鳴きました。
けれども、その声に敵意はありません。悲しげな、助けを求めるような鳴き声でした。
ロキは目をつぶって、ぐったりと雪の上に倒れていました。
雷の直撃は避けられたものの、飛び散った雷のかけらに撃たれたのです。黒い服のあちこちが焼けこげて、火傷を負った皮膚がのぞいていました。額の角も、半ばで折れています。
「ロキ・・・」
フルートたちはロキにかがみ込みました。
息はしていますが、かなりの重傷なのは、見ただけで分かりました。ところが、フルートたちは薬も何も持っていません。手当のしようがないのです。
「ちきしょう。どうする?」
とゼンが言いました。
「ワン。ぼくが町まで運びましょうか? 町なら医者がいますよ」
とポチが言いました。
「馬鹿言え、トジー族の医者が闇の一族を診てくれるかよ! くそっ、どうすりゃいいんだ?」
ゼンはいらいらしながらそう言うと、意味もなくこぶしをもう一方の手に叩きつけました。
「ここに金の石があれば、ロキを治せるのに・・・」
とフルートが唇をかみました。今このときほど、金の石が欲しいと思ったことはありませんでした。
すると、弱々しい声がこう言いました。
「やめてよ・・・おいらを殺す気かい、フルート兄ちゃん・・・」
「ロキ!」
フルートたちはいっせいに叫びました。
ロキはゆっくりと目を開けて、フルートの顔を見上げました。
「おいらは・・・闇の生き物だよ・・・聖なる金の石を使ったりしたら・・・おいら、消滅しちゃうじゃないか・・・・・・」
そう言って、ロキはちょっと笑いました。
「ロキ・・・」
フルートたちはいっそうロキに身をかがめました。
「大丈夫かい? 痛くない?」
「体中痛い・・・・・・でも、おいらは闇のものだからさ・・・これくらいじゃ死なないんだ・・・。今はまだ動けないけど・・・じきに治ってくるよ・・・」
「じゃ、大丈夫なんだな!? このままで治っていくんだな!?」
とゼンがせきこむように尋ねました。
ロキは、また、へへっと小さく笑いました。
「ゼン兄ちゃんも・・・やっぱり、お人好しだぁ・・・。どうして、おいらのことなんか、心配するのさ・・・。おいら、裏切り者だよ・・・・・・」
とたんにゼンは憮然とした顔になりました。
「ぬかせ。お前は魔王を裏切ったんだろうが。だったら、やっぱり俺たちの仲間なんだよ」
ロキは、それを聞くと、笑顔のまま目をつぶりました。その両目から一筋ずつ涙が流れ落ちていきました。
ロキは、片腕を目の上にのせると、ふり絞るような声で言いました。
「兄ちゃんたち・・・お願い・・・・・・! 姉さんを魔王から助けて・・・・・・!!」
「もちろん!」
「おう、任せとけ!」
「ワンワン! 必ず助け出しますよ!」
フルートとゼンとポチは、いっせいに答えました。
ククククルゥ・・・
とグーリーが鳴きました。嬉しそうな声でした。
ロキも、涙でぐちゃぐちゃになった笑顔で、フルートたちを見上げました。
フルートたちは、そんなロキに向かって、力強くうなずいて見せました。
「さて。とはいえ、問題は魔王がどこにいるかなんだよな」
と現実派のゼンが言いました。
フルートもうなずきました。
「夜が来て、明日になれば、魔王はまたポポロの魔法が使えるようになる。その前になんとか魔王を倒したいな・・・。ロキ、魔王がどこにいるのか、君は知っているんだろう?」
「ヤツは・・・蛇みたいにねじれた形をした、山の地下に隠れ住んでるよ・・・」
とロキは答え、フルートの腕をちょっと引っ張りました。
「兄ちゃん・・・そこの雪の上に、ノーマルソードを抜いて刺してみてくれるかい・・・?」
「ノーマルソードを?」
フルートは目を丸くしながら、言われたとおり、ノーマルソードを鞘から抜いて、1メートルほど離れた雪の上に突き刺しました。
ロキは剣に向かって片手をさしのべると、目をつぶって、短い呪文を口の中で唱えました。
すると、鏡のような剣の表面が光って、何かが映り始めました。
「山だ!!」
フルートたちは驚いて叫びました。
抜き身の剣の表面に、蛇の頭のような形をした氷の山が映し出されたのです。
ロキが、またちょっと笑いました。
「おいらにも、透視の力があるんだよ・・・。姉貴より力は弱いから、近いところしか見られないけど・・・。占いおばばが水晶玉を媒体にしていたみたいに・・・おいらや姉貴は・・・鏡を媒体にして・・・遠見をすることができるんだ・・・」
話しているうちに、ロキの息がまた上がり始めました。
透視をして映像を映し出すのには、かなりの体力がいるのでしょう。また苦しそうな様子になってきました。
フルートはあわてて言いました。
「も、もういいよ、ロキ。山の様子は分かったからさ。君は静かに休むんだ」
「あと・・・もうひとつだけ・・・」
ロキはそう言いながら、剣に向かってまた呪文を唱えました。
すると、今度は別の山が映りました。
このサイカ山脈の中の山のどれかでしょう。氷の山のふもとに、ぽっかりと洞窟の入り口があいています。
「フルート兄ちゃん・・・金の石は・・・ここに隠されているよ・・・」
「なんだって!?」
思わずフルートは大声で聞き返してしまいました。
金の石はバジリスクに奪われて、南の方角に持ち去られたとばかり思っていたのに・・・。
すると、ロキが言いました。
「魔王は・・・自分の魔力が届くところに、金の石を持ってこさせたんだよ・・・。封印するためにね・・・。でも、魔王もおいらたちも、闇のものだから、金の石には近づけない・・・。だから、バジリスクに番をさせているのさ・・・」
「はん。つまり、この中のバジリスクをぶっ倒して、金の石を取り返せばいいってことだな」
とゼンが言いました。もうすっかりやる気満々で、ぽきぽきと指を鳴らしています。
「山の場所は、グーリーが知ってる・・・。グーリー。兄ちゃんたちを乗せて行くんだ・・・!」
ロキに言われて、グーリーは、ギェェ・・・と返事をしました。
「ロキ、君一人で本当に大丈夫?」
とフルートが心配そうに尋ねました。
せめてロキのためにテントを張っていきたかったのですが、グーリーが背負ってきた荷物は、グーリーがグリフィンの姿になったときに、どこかに失われてしまっていました。
「俺たちが戻ってくるまで、死ぬんじゃねえぞ」
とゼンも言いました。
ぶっきらぼうな言い方ですが、やっぱりロキを心配しているのです。
それを聞いて、ロキはまた、くすくすと笑い出しました。
「兄ちゃんたちってば・・・。大丈夫だよ。おいらは闇のものなんだからさ。・・・暑さ寒さだって、平気なんだ。ほら、怪我も少しずつ治ってきてる・・・。時間さえたてば、大丈夫だよ」
「ノーマルソードを残していくよ」
とフルートは言い、自分の首から友情の守り石を外して、剣の柄に守り石の鎖を絡ませました。
「この石も君に残していく。もしも、魔王がまた君を狙ってきたら、きっと守ってくれると思うから」
「ワンワン。気をつけてくださいね、ロキ」
とポチも言いました。
ロキは何も言えなくなって、ただただ、うなずき返すだけでした。
「さあ、行くぞ! まずはバジリスクから金の石を取り返すんだ!」
フルートがグーリーの背中から声を上げました。
「おう!」
「ワンワン!」
同じくグーリーに乗ったゼンとポチが、それに応えます。
グーリーがワシに似た頭を空に向かって上げました。
ギエエエエ・・・ン!
氷の山々に高らかに鳴き声を響かせながら、グーリーは翼を広げて飛び立ちます。
ロキは雪の上から、じっとそれを見送っていました。
ずっとずっと・・・その姿が山々の彼方に遠ざかっていくまで、ずっと・・・・・・
(2004年10月8日)
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