「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

22.青い光

突然足下の雪が崩れて、ロキはクレバスに落ちていきました。
「ロキ!!」
フルートはたった今ロキに殺されそうになっていたことも忘れて、思わずクレバスに駆け寄りました。
すると、長い爪の生えた右手が、割れた氷の縁をつかんでいました。ロキは、とっさにクレバスの縁につかまって、転落をまぬがれたのでした。

ロキはフルートがのぞき込んでいるのに気がつくと、あわててクレバスの中からはい上がろうとしました。ところが、そこは切り立った氷の壁に雪が降り積もったところです。手をかけ、足をかけると、たちまち凍った雪が崩れて、上がることができません。
「くそっ・・・グーリー!!」
ロキが空を見上げてグリフィンを呼びました。
 ギエェェ・・・ン
グリフィンが応えるように鳴いて、クレバスに急降下しようとしました。
ところが、それより早く、ポチに乗ったゼンが行く手をふさぎました。
「おっと。行かせないぞ、グーリー。お前の相手は俺たちだ」
 ギィィィ・・・
グーリーは、きしむような鳴き声を上げて、ポチに乗ったゼンに突進していきました。
ポチがひらりと身をかわし、すれ違いざまにゼンがショートソードで切りつけます。
グーリーは体を傾けてそれをかわし、向きを変えて、またゼンたちと戦い始めました。

その間に、ロキがつかんでいる氷が、体温で少しずつ溶け始めました。ロキは手が滑りそうになって、あわてて氷をつかみ直し、クレバスの氷の壁を蹴りました。壁から崩れた氷が、音を立ててクレバスの底に落ちていきます。
 カーン・・・コーン・・・カラーン・・・・・・
氷の落ちていく音は、どこまでも続いています。
数百メートルもあるクレバスに落ち込めば、闇の一族のロキも、さすがに無事ではすまないのでしょう。必死にもがいてはい上がろうとしますが、もがけばもがくほど、雪や氷が崩れて、体勢は不安定になるばかりでした。
「あっ!」
ついに、ロキの右手が滑って氷からはずれました。
ロキの体がまっさかさまにクレバスに落ち込んでいきます――

と思った瞬間、はっしと、フルートがロキの手を捕まえました。
ロキの体は、崖の上のフルートと手をつないだ形で、クレバスの中に宙ぶらりんになりました。
「フルート兄ちゃん・・・」
ロキは信じられないような顔でフルートを見上げました。
「ど、どうして・・・? どうして、おいらのことを助けようとするのさ・・・?」
フルートはそれには答えず、崖の上で呼吸を整えると、凍った雪をつかみながら、ゆっくりとロキを引き上げ始めました。
ロキの体が、じりじりと上がっていきます。
「フルート兄ちゃん・・・・・・」
ロキは、また泣き出しそうな顔になりました。顔をくしゃくしゃにゆがめてうつむくと、吐き出すように言いました。
「し、しかたなかったんだよ! 兄ちゃんたちを殺さないと、姉貴が魔王に殺されちゃうんだ! おいらしか、姉貴を助けられないんだよ・・・!!」
「うん、そんなことだろうと思った」
とフルートが答えました。
そして、雪の上に手をつき、後ろに倒れるようにしながら、一気にロキを崖の上へ引き上げました。
2人はそのまま雪の中に倒れ込み、もつれながら転がりました。

「ロキ、大丈夫かい?」
フルートが息を弾ませながら尋ねました。
ロキも、はあはあと肩で息をしながら、雪の中に手をついていました。うつむいたまま、泣いているようです。
「ロキ・・・」
フルートがそっとその肩に手をかけようとしたとき、不意にロキが動きました。
目にもとまらぬ素早さでフルートの後ろに回ると、フルートの首に片腕を回し、もう一方の手をフルートの顔に突きつけます。
その手には、針のように細く鋭い刃がついた短剣が握られていました。

「ほぉんと、フルート兄ちゃんって、お人好しだなぁ!」
ロキがあざ笑いました。涙はありません。泣き真似をしていたのです。
「裏切りは闇の一族の得意技だよ。それなのに、こんなに簡単に信じちゃって、どうするのさ。言ったろ。おいらが兄ちゃんたちを殺さなかったら、姉貴が魔王に殺されちゃうんだ。おいら、姉貴を助けるためなら、兄ちゃんたちだって平気で殺すんだからね」
ロキはそう言うと、手に持った短剣をぐっとフルートの頬に近づけました。
「これは、闇の一族に伝わる黄泉(よみ)の短剣だよ。猛毒が仕込まれているから、この剣でちょっとでも刺されたら、一瞬で死んじゃうんだ。ほとんど苦しまないで死ねるからさ、安心していいよ、兄ちゃん」

ところが、フルートは何も言いませんでした。
猛毒の短剣を突きつけられながら、ただ黙ってじっとしているのです。
ロキは眉をしかめると、ふん、と鼻先で笑いました。
「フルート兄ちゃん、おいらが刺さないと思っているんだろ。へっ。買いかぶりもいいとこだね。おいらは、兄ちゃんを殺したら、魔王から側近に取り立ててもらえるんだ。魔王と一緒にこの世界を支配できるんだぜ。それなのに、おいらを信じるのかい? 甘いなぁ。大甘だよ、兄ちゃん!」

すると、そのロキの後ろから、突然ぬっと剣の刃が突き出てきて、ぴたりとロキの首に押し当てられました。
「大甘はおまえも同じだぜ、ロキ・・・俺がそばにいることを忘れてるんだからな」
ゼンがいつの間にか空から降りて、ロキの後ろに忍び寄っていたのでした。抜き身のショートソードをロキの首に押し当てて、鋭い目と声でロキに言います。
「俺はフルートのように優しくはないからな。裏切り者は絶対に許すな、ってのが俺たちドワーフの教えだ。フルートや俺たちに危害を加えるって言うんなら、それが誰だろうと、俺は手加減なんてしないからな」
ゼンは本気でした。
ロキは真っ青になって顔中に冷や汗をかき、黄泉の短剣を握りしめました。
短剣を握る手が、小刻みに震えています

そのとき、魔王の声がまた雪原に響き渡りました。
「やれ、ロキ! やるのだ!」
ロキは、はっとして、弾かれたように短剣を振り上げました。
フルートは思わず顔をそむけました。
ゼンがショートソードを持つ手に力を入れます。

と――――!

猛烈な光が、フルートの金の鎧の胸元からあふれ出しました。
目もくらむような、青い光の奔流です。
子どもたちは、光の爆発に吹き飛ばされて、それぞれ雪の上に倒れました。
じゅっ、と音を立てて、黄泉の短剣の刃が消えていきます。
ロキは腕を顔の前にかざすと、光を避けるようにしながらわめきました。
「ち、ちきしょう! 聖なる光かよ! 兄ちゃん、金の石の他にもそんなものを持っていたのか!?」
フルートは目を見張りながら、鎧の胸元から鎖を引き出しました。
その先で青い光を放っているのは、白い石の丘のエルフからもらった、友情の守り石でした。

「うわぁ・・・!!!」
守り石の青い光にまともに照らされて、ロキが悲鳴を上げました。
顔を両手でおおいながら、空に向かって叫びます。
「グーリー! グーリー・・・!!」
すぐさま、黒いグリフィンが急降下してきて、背中にロキを拾い上げました。
「逃げるんだ! できるだけ遠くに――!!」
ばさばさっと翼を打ち合わせて、グーリーは一目散にその場から離れていきました。
槍のような氷の峰の間を遠ざかっていきます・・・

すると、守り石の青い光が、すーっと弱まって消えていきました。
フルートはびっくりしながら、手の上の青い石を見つめていました。
そこへ、空からポチが下りてきました。
「ワンワン! フルート、ゼン! 怪我はないですか?」
「ああ、ぼくたちはなんでもないよ」
とフルートは答えました。
ポチはフルートの手の中の石を見ながら言いました。
「ワン。エルフがくれた守り石ですね。ぼくたちが一番危ないときに助けてくれる、って言っていたけど、こういうことだったんだ。石が、フルートを守ってくれたんですね」

すると、突然ゼンが不機嫌な声でうなりました。
「違う・・・」
ゼンは雪の上に座り込んだまま、ロキとグーリーが遠ざかっていった方角をにらみつけていました。
ポチが目を丸くしました。
「ワン。違うって、何が?」
ゼンはちっと舌打ちすると、荒々しく立ち上がりながら、吐き出すように言いました。
「その石がフルートを守ったんじゃねえよ!」
「え??」
ポチがますます訳の分からない顔をしていると、フルートが静かに言いました。
「ゼンの言うとおりさ。この石のおかげで助かったんじゃないんだ。ロキは・・・最初から、ぼくを殺すつもりなんてなかったんだよ・・・」
そして、フルートは少し離れた雪の上からノーマルソードを拾い上げると、それを見つめながら続けました。
「ロキはわざと普通の剣を使おうとした・・・ぼくの炎の剣を使うことも、額の角や毒の短剣でぼくをいきなり刺すことも、できたはずなのに。炎の剣をクレバスに落としたのだって、炎の剣を使わないようにするためだったんだ・・・」
「あの馬鹿!!」
ゼンは雪を蹴りつけながら怒鳴り続けました。
「下手な芝居しやがって! 殺す殺すって言ってるくせに、全然本当に殺そうとしやがらねえ。今だって、狙いがはずれたふりをして、フルートの兜を刺そうとしてやがったんだぞ。そこなら絶対に刺さらないから・・・。いくら俺だって、そんなヤツを殺せるかよ・・・!」

フルートは、ゼンと一緒に立って、ロキたちが逃げていった方角を見つめました。
ロキとグーリーの姿は、峰の間に紛れて、もうどこにも見えません。
「ロキ・・・」
フルートは心配そうにつぶやきました――。



(2004年10月5日)



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