「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

21.角と牙

「ロキ・・・?」
フルートは自分の目を疑いました。
ロキはフルートのノーマルソードを構え、今にもフルートを突き刺そうとしています。
フルートは、はっとしました。
「魔王の術にかかったんだな!? ロキ、目を覚ますんだ!」
すると、ロキが笑いました。にっこりと・・・ちょっと悲しげに。
「ホントに優しいなぁ、フルート兄ちゃんは。おいらのこと、本当に信用してくれていたんだね。・・・でも、ごめん。おいら、魔王に操られてるわけじゃないんだよ。これが、おいらの本当の姿なんだ」
そう言うと、ロキは片手を自分の前にかざし、意味ありげに宙をなでました。
すると、ロキの姿がかげろうのように揺らめき、フルートの目の前で変わり始めました。
ウサギのように長い耳が、すーっと縮んで、先のとがった耳になります。分厚い毛皮の服が溶けるように消えて、北の大地には不似合いなほど薄い、黒い服に変わります。灰色の瞳は血のように赤い目に、茶色の髪は夜空のような黒髪に、そして、額にはとがった角が生え、口の両端からは鋭い牙がにょっきりと突き出してきます・・・

「・・・ロキ・・・・・・」
フルートは茫然としながら、変身していくロキを眺めていました。
額に角を生やし、黒髪に黒い服になったロキは、まるで悪魔そのもののように見えました。
 ギエェェェ・・・
突然、すぐ近くで大きな鳴き声が上がりました。
フルートがぎくりとしてそちらを見ると、大トナカイのグーリーの姿も、溶けるように別のものに変わっていくところでした。
大きな体がさらに大きくふくれあがり、長い毛が短くなり、首や足が伸び、背中に巨大な翼が現れます。頭がくちばしのあるワシの頭部に、体は大きなライオンの胴体に変わり、全身が真っ黒な羽毛と短い毛でおおわれて行きます・・・
変身がすっかり終わったとき、グーリーは巨大な黒いグリフィンに変わっていました。

「そんな・・・・・・」
フルートは、そうつぶやいたきり、声を失いました。
信じられないような出来事でした。何かの間違いか、魔王の幻術ではないかとも考えました。
けれども、フルートは思い出していたのです。
グリフィンが襲ってきたとき、決まって、グーリーはその場にいなかったこと。そして、ゼンがグリフィンに切りつけた後、戻ってきたグーリーが怪我を負っていたことを。

フルートは、悪魔のような姿になったロキを、きっと見上げました。
「君は何者だ!?」
ロキは、牙の生えた口を大きくゆがめて、にやりと笑いました。
「おいらはロキ・ノックス。地底深い国に住む闇の一族さ。魔王と手を結んで、金の石の勇者とその仲間を倒しに来たんだよ」
それから、ロキはにやにや笑いながら言い続けました。
「苦労したんだよ。兄ちゃんたちときたら、ものすごく強いんだもん。普通のやり方じゃ倒せないと思って、ずっとチャンスを狙っていたんだ。・・・おっと、動かないで!」
ロキは、立ち上がろうとしたフルートに剣を突きつけました。
「ダメだよ。炎の剣がなくたって、フルート兄ちゃんは全然油断ができないんだから。ゼン兄ちゃんもそうさ。2人が揃っていたらかなわないと思ったから、フルート兄ちゃんだけになる時を待っていたんだ」

すると、地の底からまた、うなるような魔王の声が響いてきました。
「・・・やれ、ロキ・・・その剣で金の勇者の顔を突き刺すのだ・・・」
フルートは、はっとしました。
魔法の鎧を身につけているフルートも、顔の部分だけはむき出しで、攻撃を防ぐことができません。
ロキは、うるさそうにちょっと顔をしかめました。
「今やるさ。せかすなよ」
「ロキ!」
フルートは叫びました。
その顔面に剣の切っ先を突きつけながら、ロキが言いました。
「楽しかったよねぇ、フルート兄ちゃん・・・はらはらドキドキの連続だったけど、次々と魔王がよこす敵を打ち破ってさ。魔王のヤツ、おいらが一緒なのに全然手加減しないで敵を差し向けるから、おいら、ヒヤヒヤしていたんだよ。へへっ、気持ちよかったなぁ。兄ちゃんたち、本当に強いんだもん」
「ロキ、考え直すんだ」
とフルートは言いました。
「味方を容赦なく殺そうとするヤツなんて、仲間でも何でもないよ。そんなヤツと手を組むより、ぼくたちと一緒に行こう。きみが闇の一族だってかまわない。一緒に魔王を倒そうよ」
それを聞いて、ロキは一瞬表情を変えました。にやにや笑いが消えて、顔が大きくゆがみます。まるで、今にも泣き出しそうに・・・。
けれども、また地の底から魔王の声が聞こえてきました。
「・・・やれ、ロキ・・・早くやるのだ・・・」
「分かってるって!」
ロキは怒ったように大声を上げると、剣を握り直しました。
フルートの顔に突き立てようと、剣を振り上げます。

そのとき、上空から声が響きました。
「フルート!!」
「ワンワン! フルート!!」
ゼンを乗せたポチが、彼らの頭上に飛んでくるところでした。
ロキは舌打ちしてそれを見上げました。
「ちぇっ、戻ってきちゃったか。うまくないね」
その顔を見て、ゼンとポチが目を丸くしました。
「ロキ・・・ロキなのか!?」
「ワン! その格好はいったい・・・!?」
ロキは、ぎらりとゼンたちを見上げると、かたわらに控えるグリフィンに命じました。
「グーリー! あいつらを片づけるんだ!」
「グーリーだって!?」
ゼンとポチは同時に叫びました。

黒いグリフィンは、ばさりと翼を打ち合わせて空に飛び上がりました。
 ギエェェェ・・・ン!
耳をつんざくような声で鳴きながら、まっすぐポチたちに襲いかかっていきます。
それを宙でかわしながら、ゼンが言いました。
「お、おい・・・これは、いったいどういうことなんだよ・・・?」
ロキが空を見上げてあざ笑いました。
「まだわかんないの、ゼン兄ちゃん? おいらは魔王の仲間だったんだよ。兄ちゃんたちを殺すために、ずっと一緒に旅してきたのさ」
「なんだって!? ・・・うわっと!」
グリフィンに攻撃されて、ポチがまた急転回しました。グリフィンのくちばしが、ゼンの背中をかすめていきます。
「ちっくしょう・・・」
ゼンは歯ぎしりをしました。
「グーリーだろうが何だろうが、俺は攻撃されたら反撃するぞ。ポチ、上に行け!」
ポチがぐーんと空高く駆け上っていきました。
ゼンはエルフの弓矢を構えます。
黒いグリフィンがその後を追って上昇していきます。そこへ、ゼンはエルフの矢を次々に打ち込みました。
グリフィンは空中で停止すると、大きな翼をばっさばっさと打ち合わせました。すると、ごうっと風が巻き起こり、矢はあっという間に吹き飛ばされてしまいました。

「ち、やっぱり矢はダメか。それなら接近戦だ」
ゼンはそう言うと、弓をすばやく背負い、腰からショートソードを抜きました。
ポチがグリフィンに飛びかかっていきます。
グリフィンが大きな口を開けてそれを迎え討とうとします。
ゼンがショートソードをふるいました。
 ギエェェ・・・!
黒い羽根が、ばっと飛び散り、グリフィンが鳴き声を上げました。グリフィンとすれ違いざま、ゼンのショートソードがその翼をかすっていったのです。
赤い血しぶきが、霧のように飛び散ります。
「グーリー!」
ロキが叫びました。

その瞬間、ロキに隙ができました。
フルートは顔をそらして剣の切っ先を避けると、ロキの足に飛びついて行きました。
「わっ!?」
ロキがよろめいたところを、力任せに引き倒します。
雪の上に勢いよく転倒したロキに、フルートが飛びかかりました。その手からノーマルソードをもぎ取ろうとします。
「こ、このっ! 放せっ!」
ロキがわめきながら剣でフルートを突き刺そうとしました。
剣の先がフルートの胸に突き立てられます。
が、金の鎧に当たったとたん、剣がはじき飛ばされました。金の鎧は魔法の鎧。普通の剣くらいでは、かすり傷ひとつ負わせることもできないのです。
ノーマルソードは宙を飛んで、少し離れた雪の上に落ちました。
ロキがそれに飛びつこうとしたので、フルートがすぐにまたロキを捕まえました。そのまま、2人はゴロゴロと雪の上を転がっていきます。
すると、ロキが突然頭をぐんと上げて、額の角でフルートの顔を突き刺そうとしました。
フルートはロキを突き放して、かろうじてそれをかわしました。

その隙に、ロキがまた立ち上がりました。ゼイゼイと肩で息をしながらも、面白そうな顔をしています。
「へへっ。やっぱりフルート兄ちゃんは剣がなくても強いや。でも、もうダメだよ。おいらのこの角はダイヤモンドより硬いんだ。兄ちゃんの魔法の鎧だって、簡単に突き破っちゃうからね」
「ロキ・・・! もうやめるんだ! 君とは戦いたくないよ!」
フルートは必死で言いました。どんな姿になっても、どんなことをされても、ロキと本気で戦う気にはなれなかったのです。
すると、ロキがまた笑いました。
「へへへ・・・それなら、なおありがたいな。兄ちゃん、おいらの角で心臓をひと突きされるまで、じっと動かないでいておくれよ」
「ロキ!!」
フルートは叫びましたが、ロキはもう耳を貸さず、頭を低く下げて、フルートの胸に狙いを定めました。
フルートはとっさに身構えました。魔法のダイヤモンドの盾を構えている暇はないので、両腕で体を護ろうとします。
ロキが突進するために雪を蹴りました。

――と。

 ズザザザザァァーーーーーーッ・・・!!
突然、ロキの足下の雪が崩れました。
雪の塊は下に落ち、氷の裂け目がぱっくりと口を開けます。
積もっていた雪が崩れ落ちて、下に隠れていたクレバスが現れたのです。炎の剣が落ちていったのと同じクレバスですが、そこでは幅が2メートルあまりにも広がっていたのでした。
「わーーーっ!!!」
ロキが雪と一緒にクレバスに落ち込んでいきました。
底まで数百メートルもある、深い深い氷の谷間です。
「ロキ!!」
フルートは思わずクレバスにかけよりました――



(2004年9月27日)



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