「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

20.大雪鳥

フルート、ゼン、ロキ、ポチ、グーリーの3人と2匹は、ようやくたどり着いた山の頂上で、声もなくあたりを見回していました。
今、登ってきた崖のはるか下に、白い雪原が広がっています。地平線は雪煙にかすんでいますが、その彼方には、フルートたちが越えてきた、冷たい海があるはずです。
頭を巡らして、反対側を見ると、そこは目もくらむような険しい山岳地帯でした。槍のように鋭い氷の山が、何十も何百も連なっています。まるで、氷でできた太い針を、大地一面に埋め込んであるようです。そこに太陽の光が当たって輝き渡り、怪しいまでに美しい景色をくり広げています。

「この山々は、全部本当に氷なんだね・・・」
とフルートが言いました。氷の下に山があるのではなく、山そのものが氷でできているのが、光の加減ではっきりと見えていたのです。
ロキがうなずきました。
「北の大地をおおう厚い氷が、大地の真ん中でぶつかって、せり上がってサイカ山脈になったんだって。だから、山はどこまで深く掘っても、地面には突き当たらないんだってさ。ほら、山の間の谷間を、少し色の違う氷が一面に埋めてるのが見えるだろ? 山に降り積もった雪が滑り落ちて凍りついてるんだけど、水みたいに、ほんの少しずつ下の方へ動いていくから、氷の川、氷河って呼ばれてるんだ。この山脈は、氷河が何万年もかけて氷の台地を削って作ったんだ、って言われているよ」
「ふぅん、壮大な話だね・・・」
とフルートは思わず感嘆して言いました。

「だがよぉ、これじゃ魔王がどこに隠れているのか全然見当がつかないぜ」
とゼンがとても現実的な意見を言いました。
行く手は、見渡す限り同じような氷の槍の連続。いくら目をこらしても、魔王が潜んでいるような兆しは、どこにも見あたりません。
「うーん・・・」
とフルートも考え込んでしまいました。
この険しい山々をただがむしゃらに進んでいっても、魔王はなかなか見つからないでしょう。そのうち、フルートたちのほうが体力や食料が尽きて、寒さの中で死んでしまいかねません。

「いっそ、あのグリフィンにまた来てもらいたいくらいだな。そうすりゃ、魔王の居所がつきとめられるのに」
とゼンが言いました。
とたんに、ロキはぎくりとした顔になり、グーリーは抗議するように、ブルルル・・・と鼻を鳴らしました。
「や、やめてよ! グリフィンなんて来ないよ!」
ロキが怒ったようにゼンに食ってかかっていったとき、急にポチが耳をぴくりと動かしました。
「ワン、静かに! ・・・遠くから羽音が聞こえてきます・・・」
たちまち子どもたちは緊張して、すばやく身構えました。
フルートは炎の剣を抜き、ダイヤモンドの盾を構えます。
ゼンはエルフの弓に矢をつがえ、あたりの空に鋭く目を配ります。
ロキは長い耳を精一杯伸ばして、グーリーの手綱を固く握りしめます。
風の犬になったポチは、ゆっくりと彼らの上空を回り、突然、山脈の奥の方向を向きました。
「来ます! こっちです! ・・・ものすごく速い!!」

ポチのことばが終わらないうちに、山脈の彼方から、なにかが空を飛んで近づいてくるのが見えました。
弾丸のような勢いで、まっすぐこちらへ突進してきます。
「危ない!!」
フルートたちはとっさに身を伏せました。
グーリーも、ロキに手綱を引かれて、雪の上に倒れ込みます。
その頭上を、大きなものが、うなりを上げて通り過ぎていきました。
「キャン!」
風の犬のポチが、勢いよく吹っ飛ばされて悲鳴を上げました。
「ポチ!!」
フルートが跳ね起きると、敵が空中でUターンしてきました。
それは、グリフィンではありませんでした。
翼の先から先まで5メートルもある、巨大な白い鳥です。
空中で翼を打ち合わせ、鋭い爪とくちばしで、子どもたちに襲いかかってきました。
「大雪鳥(おおゆきどり)だ!!」
とゼンとロキが同時に叫びました。
フルートは炎の剣を振って、炎の弾を鳥に向けて放ちました。
ゼンもエルフの矢を次々に撃ち込みます。
大雪鳥はくるりとまた向きを変えると、あっという間に空の彼方へ消えていってしまいました。

「逃げていった・・・・・・?」
フルートがびっくりしてそう言うと、ゼンが首を振りました。
「違う、逃げたんじゃない。大雪鳥は俺が住む北の峰にも何羽かいるんだが、攻撃のしかたに特徴があるんだ。一度、見えないくらい遠くまで離れて、そこから猛烈なスピードで突撃してくるんだ。さっきみたいにな。あれをまともに食らうと、山の岩だって何だって、粉々に砕け散るんだぜ。別名が爆弾鳥だ」
ロキも、こくこくとうなずきました。
「大雪鳥は執念深いから、一度攻撃を始めると、敵を倒すまでずっと襲ってくるよ。必ずまた戻ってくるよ」
「ここは危ない。降りよう」
フルートはそう言うと、グーリーを立たせて、その背中に飛び乗りました。
ロキとゼンも続いて飛び乗ります。
ポチがひゅうっと空を切って飛んできました。
「ポチ、大丈夫?」
とフルートが聞くと、ポチはうなずきました。
「ワン。鳥が起こした風に飛ばされただけです。でも、ヤツの羽音がまた聞こえてきました。早く降りた方がいいです」
ロキはあわててグーリーの脇腹を蹴りました。
目もくらむような断崖を、大トナカイのグーリーは、下へ下へと降り始めました。

すると、空の彼方からまた大雪鳥がやってきました。
うなりを上げて突進して、たった今まで子どもたちがいた山の頂上に、猛烈な体当たりを食らわせます。
頂が揺れ、氷が飛び散り、グーリーは足場が崩れてそのまま山の斜面を滑り落ち始めました。
「わーーーーっ・・・!!!」
子どもたちがグーリーの長い毛にしがみついたとたん、グーリーがぽーんと大きく跳びました。
 バサッ!!
すぐ近くで翼が打ち合わされる音がして、山の斜面の氷が砕けました。大雪鳥がくちばしで襲ってきたのです。グーリーが避けなければ、フルートたちは串刺しになっていたかもしれません。
「この・・・!」
フルートは振り向きざまに炎の剣を振りました。
大雪鳥は炎の弾を避けて、また空の彼方へ遠ざかっていきました。

グーリーは、斜面の途中に少し広い足場を見つけると、そこで立ち止まりました。
フルートは、大雪鳥が飛び去った方向を見ながら言いました。
「また来るな・・・どうしたらいいだろう」
敵のスピードが速すぎて、攻撃を防ぎきれないのです。
すると、ゼンが言いました。
「大雪鳥には一カ所、弱点があるんだ。そこを攻撃すれば、どんなに大きなヤツだって倒せる」
「それは?」
とフルートが尋ねました。
「腹の下の方だ。大雪鳥は、岩に体当たりしても平気なくらい頑丈な鳥だから、そこ以外には攻撃は効かないんだ」
ゼンはそう言うと、考え込む顔で空を見ました。
「ヤツは攻撃する直前、向きを変えるために空中で停止する習性がある。その瞬間を狙って攻撃するんだ。ヤツを追いかけなくちゃならない・・・ポチ、乗せてくれるな?」
「ワンワン、もちろんです!」
とポチが言いました。
「ぼくが行ったほうが良くないか?」
とフルートが心配そうに尋ねると、ゼンは、にやっと笑って片目をつぶって見せました。
「たまには俺にも出番をよこせよ。それに、大雪鳥の急所は、俺のほうがよく知ってるぞ」
「分かった・・・気をつけて」
フルートもちょっと笑ってそう言うと、ゼンがポチの背中に乗って飛び立つのを見守りました。

すると、ポチとロキが同時に言いました。
「ワンワン! またです!」
「大雪鳥の羽音がするよ! 逃げなくちゃ!」
ポチは大きく旋回して空に飛び立ち、グーリーはロキとフルートを乗せて、また山を駆け下り始めました。
そこへ、空の彼方から大雪鳥が突進してきて、山の中腹に激突しました。
山が揺れ、氷が割れて飛び散ります。
降り注ぐ氷のかけらの中を、グーリーは下へ下へと走ります。
ポチに乗ったゼンが、鳥の目を狙って矢を射かけました。
大雪鳥は巨体をひるがえすと、また空の彼方へ飛び去っていきます。
「ポチ、追うぞ!」
とゼンが言いました。
ポチは、大雪鳥に劣らない速さで、後を追って飛び始め、大雪鳥も、ポチも、ゼンも、あっという間に空の彼方に遠ざかって、見えなくなってしまいました。

 ザザッ・・・
グーリーが崖を下りきり、いくぶん緩やかになった雪の斜面で立ち止まりました。
フルートもロキも、空を見上げて待ち続けました。
とてもとても長い時間が過ぎたように感じられたころ、空の彼方から細く鋭い鳴き声が聞こえてきました。
 キキィィィィ・・・・・・
ロキがウサギのように長い耳をぴくぴくっと動かし、聞き耳を立てました。
フルートは炎の剣を握りしめたまま、ロキと空を交互に見ました。
すると、ロキが急に、ほっとしたような顔になって言いました。
「ゼン兄ちゃんの歓声が聞こえた・・・やったぁ! って言ってた・・・」
「大雪鳥を倒したのか!?」
フルートがせきこんで尋ねました。
「うん。鳥が鳴きながら落ちていく音がする・・・どんどん落ちてく・・・凍った雪に激突した・・・飛び上がれなくて、もがいている・・・」
そして、ロキは嬉しそうな顔でフルートを振り返りました。
「ゼン兄ちゃんがまた言ったよ。『やったぜ!』って」
フルートも、ほっと肩の力を抜きました。
ゼンはみごと、大雪鳥を倒したようです。

ロキが、ニコニコしながらグーリーの背中から飛び降りました。
「良かったぁ! やっぱりゼン兄ちゃんは強いや! ・・・うわっ!?」
突然、ロキの足下で雪が崩れ、ロキはバランスを崩してよろめきました。
「ロキ!」
フルートはグーリーから飛び降りてロキの手をつかまえました。
「だ、大丈夫・・・びっくりしただけだよ」
ロキはそう言うと、グーリーにしがみつきながら、慎重に足の先で雪を何度か蹴りました。
ボコッと音を立てて雪が下に落ちていき、幅1メートルほどの氷の割れ目が現れました。クレバスが隠れていたのです。氷の山の底果てまで続く、深い深い裂け目でした。
「ふえぇぇ・・・危なかったぁ」
ロキは、クレバスをのぞき込みながら、冷や汗をかきました。

ゼンとポチはなかなか戻ってきませんでした。
「ゼン兄ちゃん、大雪鳥にとどめを刺そうとしてるよ。でも、体が硬いからなかなか矢が刺さらなくて、苦労してるみたいだ」
とロキが聞き耳を立てながら言いました。
「とどめを刺す必要があるのかな・・・」
とフルートはつぶやきました。フルートは、できればあまり殺したくないのです。北の大地の生き物たちが、魔王に操られて襲ってくるのだと分かっているので、なおさらでした。
すると、ロキが言いました。
「言っただろ、大雪鳥は執念深いんだ。生きている限り、どんなことをしてでも、また襲ってこようとするんだよ。時間がたって、大雪鳥が飛べるようになったら、おいらたちはまた襲われちゃうよ」
「そうか・・・」
フルートはうなずきました。
ここは北の大地です。厳しい自然の土地には、厳しい掟があるようでした。

すると、突然、ロキがびくっと耳を大きく動かしました。
「どうした!?」
フルートが、はっとして尋ねました。ゼンたちに何かあったのでは、と思ったのです。
けれども、ロキはあわてて首を横に振りました。
「ううん、ごめん。なんでもなかった。遠くで雪が崩れる音がしたのを、敵が来たのかと思っちゃったんだ・・・」
それから、ロキはフルートが持っている炎の剣を、うらやましそうな目で見ました。
「いいよね、兄ちゃんたちは。そんなふうに、強力な武器を使えてさ・・・。おいらも剣が使えたらよかったのに」
「ぼくはノーマルソードも持ってるよ。使ってみるかい?」
とフルートは尋ねました。
ロキは目を見張りました。
「いいの? おいらに貸してくれるの?」
「魔法の力はないけど、いい剣だよ。ただ、ロキにはちょっと重いかなぁ」
そう言いながら、フルートは背中からノーマルソードを抜いて、ロキに渡しました。
ロキはさっそく剣を構えて2,3度振り回してみました。
が、剣の重さに引きずられて、すぐによろよろしてしまいました。
ロキはふくれっ面になりました。
「ちぇーっ。フルート兄ちゃんは軽々と使ってるのにさ。ねえ、そっちの炎の剣も重たいの?」
「こっちのほうが少し軽いよ。魔法の剣だからね」
と言いながら、フルートは炎の剣もロキに持たせてやりました。
ロキは目を輝かせて炎の剣を構え、フルートのように振ってみました。
「えいっ!」
けれども、炎の弾は出ません。ロキは今度はがっかりした顔になりました
「この剣は、やっぱりフルート兄ちゃんにしか使えないんだね・・・つまんないの」
フルートはちょっと笑ってしまいました。
「ぼくだけしか使えないわけじゃないけど、炎を出すのにはコツがあるんだよ。練習しないと、使えないんだ」
「ちぇっ、ちぇっ。つまんないの」

ロキがぶつぶつ言いながらフルートに炎の剣を返そうとしたときです。
突然、足下からうなり声が聞こえてきました。
「・・・今だ・・・・・・やれ・・・やるんだ・・・」
地の底から響いてくるような、不気味な声です。
ロキは、思わずびくっと身をすくませました。
「魔王だ!!」
フルートはロキの手から炎の剣をひったくって身構えようとしました。
ところが、その瞬間、ロキの手から炎の剣が滑り落ちていったのです。
剣は凍った雪の上で跳ね返り、雪の上に口を開けたクレバスの中に飛び込んでいきました。
「あっ!!!」
フルートは叫んで剣に飛びつきました。
が、一瞬遅く、炎の剣はクレバスの中に落ちてしまいました。
 カラカラカラカラ・・・カラーンカラーン・・・・・・
深い深いクレバスの中を、剣が滑り落ちていく音が響き渡ります。
フルートは茫然とそれを見送り、それから、鋭くロキを振り返りました。
ロキは体がすくんで剣を取り落としたのではありませんでした。
わざと、剣を手放したのです。

「ロキ、いったい――!?」
と言いかけて、フルートは声をのみました。
ロキはフルートのすぐ目の前に立っていました。その手には、抜き身のノーマルソードが握られています。
剣の鋭い切っ先は、ぴたりとフルートに狙いを定めていました・・・・・・



(2004年9月24日)



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