「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

19.雪モグラ

グーリーは、フルートたちを乗せて、氷の山の細道を通り抜けていました。
右側は切り立った氷の壁、左側はグーリーでも駆け下りられないような氷の急斜面。絶壁から氷が崩れ落ちたときにできた、自然の道です。
氷の細道の上に、白い雪が積もって凍りついています。ところどころ、道のないところまで雪が張り出しているので、知らずに踏み抜くと、まっさかさまに落ちてしまいます。
けれども、グーリーは道のある場所が分かるようで、迷うことなく、確実に歩き続けていました。

「うん?」
突然、ゼンがいぶかしそうな顔をして上を見上げました。
「どうした?」
フルートが尋ねました。
ゼンは、目を細めながら、氷の絶壁と青空の境目を見つめて首をひねりました。
「あの辺で、何か動いたような・・・気のせいかな?」
「ポチ、ちょっと見てきてくれないか?」
とフルートが言いました。
「ワン、わかりました」
風の犬のポチが、ひゅうっと絶壁の上まで飛び上がって来ました。
すぐに、こんな返事が聞こえてきました。
「変ですよ、フルート。崖の上には何もいないんですが、雪の上にたくさん穴が開いているんです。直径10センチくらいの小さい穴だけど、何百も・・・」

とたんに、ロキが顔色を変えて言いました。
「それって、きっと雪モグラだ。崖の上に雪モグラの群れがいるんだよ」
「モグラ? 雪の中に穴を掘って生きているのか? 餌はなんなんだよ」
とゼンが不思議そうな顔をしました。モグラと聞いて、ちょっと緊張がゆるんだようでした。
「知らない。サイカ山脈にしかいない雪の怪物だもん。でも、まずいよ・・・」
そう言って、ロキが不安そうに耳をぴくぴくさせながらあたりを見回すので、フルートが聞きました。
「雪モグラは雪の中を潜って攻撃してくるのかい? 突然、その辺から飛び出してくるとか?」
「そういうことも、ないことはないらしいけど・・・」
ロキはグーリーの手綱を握りしめながら答えました。
「・・・雪モグラはね、別名、『雪崩(なだれ)おこし』っても呼ばれてるんだ」
「雪崩!?」
フルートとロキは思わず聞き返しました。
「うん・・・山に積もった雪を掘り返して柔らかくして、雪崩を起こしてくるんだよ。もし、これが魔王のよこした敵なんだとしたら・・・」

「フルート!!」
崖の上からポチの叫び声が上がりました。
「上の雪が崩れます! 雪の表面にひびが入って・・・どんどん崩れ始めてます・・・!」
「来る!!」
ロキが叫びました。
「雪崩だ! 戻れ!」
フルートもポチに向かって叫びました。
ロキがグーリーの横腹を蹴って、全速力で走らせ始めました。足下の雪や氷がひづめに蹴られて砕けますが、グーリーはかまわず突っ走っていきます。
ポチが飛び戻ってきて言いました。
「ワンワン! この上の雪一帯が穴だらけで、まるで砂みたいに崩れ始めているんです! このままじゃ巻き込まれますよ!」
 ズズズズズ・・・不気味な振動と音が伝わってきました。
見上げると、崖の上のいたるところから、ぱっぱっと雪煙が上がっています。
「大きい! 逃げ切れないよ!!」
ロキが悲鳴を上げました。
「どうする、フルート!?」
ゼンがそう叫ぶ間にも、地響きは轟音(ごうおん)に変わり、雪が崩れ出しました。巨大な雪の波となって、一気に崖を駆け下り始めます。

 ヒイホホーーン・・・!!
グーリーの悲鳴が響き渡りました。必死で走り続けていますが、雪崩のスピードにはかないません。
ロキは頭を伏せてグーリーにしがみついてしまいました。
ゼンも襲いかかってくる雪崩を、声もなく見つめるばかりです。
フルートは、きっと行く手を見すえて叫びました。
「ポチ!!」
「ワン!」
即座にポチが答えました。ポチはグーリーと併走して空を飛んでいました。
「つむじ風だ!」
フルートはそう叫びながら、炎の剣を思い切り振りました。
巨大な炎の塊が行く手に飛んでいきます。
その中へ風の犬のポチが、回転しながら飛び込んでいきました。
 ゴオオオオオ・・・ッッッ・・・
炎のつむじ風が巻き起こり、崖の上から襲いかかってきた雪の津波の真ん中を駆け抜けていきました。
高温の炎が通り抜けると、雪が溶けて一瞬ぽっかりと穴が開きます。雪崩の中に、炎のつむじ風がトンネルを作ったのです。
「行け、グーリー!!」
フルートが剣で行く手を指しながら叫びました。
グーリーはためらうことなくトンネルの中に飛び込んでいきました。
炎が通り過ぎたばかりの空間は、火傷するほど熱い空気で満ちていて、息が詰まりそうです。
けれども、グーリーはひるむことなく、先を行くポチの後を追って走り続けていました。

「ポチ!」
フルートが叫んで、また炎の剣を振りました。
 ゴウッ!
炎の塊が飛び、炎のつむじ風がまた先へ先へとトンネルを延ばします。
 ドドドドドドドド・・・・・・
彼らの周囲や、通り過ぎていった後を、雪崩がすさまじい音を立てながら崩れ落ちていきます。まるで巨大な雪の滝の中にいるようです。
「すげぇ・・・」
その光景にゼンがつぶやきましたが、あたりの轟音にかき消されて、誰の耳にも聞こえませんでした。
グーリーは、雪崩の中を駆けて駆けて駆けて・・・

ふいに、ぱあっとあたりが明るくなりました。
景色が再び目の前に広がり、青空が頭上に現れました。
雪崩をくぐり抜けたのです。
ドッドッと足音を立てて、グーリーが立ち止まりました。山の険しい細道を抜けて、なだらかな雪原に出ていました。
振り返ると、切り立った崖の上から次々と雪が滑り落ち、氷の道にぶつかっては雪煙や氷のかけらを飛び散らせ、そのまま谷底へと流れ落ちていくのが見えました。
「ふぇぇ・・・抜けられたんだ・・・」
ロキが信じられない、と言うようにつぶやきました。
フルートは、ぽんぽん、とグーリーの毛むくじゃらな体を叩いて言いました。
「ありがとう、グーリー。おかげで助かったよ」
 ブルルル・・・
それに答えるように、大トナカイは鼻を鳴らしました。
そこへ、ポチがひゅうっと飛び戻ってきて、面白そうに報告しました。
「雪モグラたちが雪崩を起こした後の雪原にいたんで、ちょっと炎のかけらをプレゼントしてきました。みんな、大あわてで逃げていきましたよ。もう襲って来ないと思います 」
「やるなぁ!」
ゼンが笑って歓声を上げました。

フルートは目を上げて、また氷の山の頂を見上げました。
頂上はだいぶ近づいてきましたが、その向こう側に、いくつもの氷の峰が並んでいるのが見え始めていました。その中のどこに魔王が潜んでいるのか、フルートたちにはまだ分からないのです。
「さあ、油断しないでいこう」
フルートが言い、グーリーはまた前に進み始めました。
なだらかな斜面を登り切り、険しい雪と氷の斜面を、さらに上へと登ります。
青空は、そんな一行を大きく包むように広がっていました。



(2004年9月15日)



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