18.クレバス
「ゼン、あそこだ! あの岩の陰!!」
「おう! 任せとけ!」
「ワンワン! フルート! 1頭そっちに行きます!」
「大丈夫だ! ロキ、そのままグーリーを走らせて!」
雪と氷に覆われた山の中腹に、そんな子どもたちの声が響き渡っています。
それから、荒々しい獣のうなり声と、氷を蹴って走る足音、弓から矢が放たれる音、風の犬になったポチが空を切って飛ぶ音・・・
ザシュッ!
刃が肉を切り裂く音が響いて、大きな雪オオカミが、どうっと雪の中に倒れ込みました。
そのまま火を吹いて燃え出します。
フルートの炎の剣に切られたのです。
フルートは息を弾ませながら、またロキに言いました。
「走り続けるんだ! 立ち止まらないで! オオカミに追いつかれるよ!」
ロキは歯を食いしばったまま、手綱を繰って、グーリーを走らせ続けました。
足下には、つるつる滑る氷と、くぼみに吹きだまった雪が、交互に現れます。普通だったら、たちまち足場が崩れて、雪と共に転がり落ちていきそうな山の急斜面です。そこを、大トナカイのグーリーは飛ぶように駆けていきます。そして、その後ろを十数頭の雪オオカミの群れが追いかけてきているのです。
「あいつら、今までのオオカミの中では一番でかいな」
エルフの矢を次々オオカミに射かけながら、ゼンが言いました。
「たぶん、魔王とっときの精鋭部隊だよ。動きに無駄がない」
とフルートが答えました。
風の犬になったポチが、追ってくるオオカミに何度もかみついていくのですが、そのたびにオオカミたちはひらりと身をかわし、岩陰、雪のくぼみと身を潜めながら、どんどん距離を縮めてくるのでした。
グーリーは、ますます逃げ足を早めました。
ところが――
「あっ!!」
突然ロキが叫んで、グーリーを急停止させました。
あまり急だったので、ゼンは危なくグーリーの背中から転がり落ちるところでした。
「なな・・・なんだ!?」
「あれ!」
ロキが行く手を指さしました。
凍った山の中腹に、大きな氷の裂け目が横たわっていました。幅は20メートル近くもあり、山の上から下へずっと延びています。ぎりぎりまで近寄ってのぞき込むと、裂け目ははるか下まで続いていて、底はまったく見えません。
「うひゃあ、深いな!」
とゼンが声を上げました。
「クレバスだよ」
とロキが言いました。
「ここら辺は全部氷でできてるから・・・たぶん、深さは二、三百メートルくらいあるんだと思う・・・」
「落ちたら助からないな」
とフルートは言って、後ろを振り返りました。
フルートたちが逃げ場を失ったのを知っているように、オオカミたちはじりじりと近づいてきています。
ゼンが矢を撃つと、さっと氷の岩の陰やくぼみに飛び込んで隠れてしまいます。
「くそ、どうする?」
とゼンが言いました。
「ポチに運んでもらおうにも、グーリーは重すぎて無理だぞ。回り道して、飛び越えられそうなところを探すか?」
すると、ロキが前を向いて、きっぱりした声で言いました。
「このまま・・・飛ぶよ。グーリーならきっとできる。行け、グーリー!!」
とたんに、グーリーは助走もつけずに氷を蹴って、ポーンと宙に飛び出しました。
大きな弧を描きながら、クレバスの上を飛び越えていきます。
「わ、わ、わ・・・!」
ゼンとフルートはあわててグーリーの背中にしがみつきました。
グーリーの巨体が氷の裂け目をぐんぐん越えていき、ガツッと前足が向こう岸にかかりました。
ところが、もう少しというところで距離が足りず、体が裂け目に落ちてしまったのです。
「わーーーっ!!!」
子どもたちは必死でグーリーにしがみつきました。
グーリーの前足は、まだ向こう岸にかかっています。
グーリーは懸命に後足で氷の壁を蹴り、死にものぐるいでクレバスからはいだそうとしました。
ガランガランガラン・・・
よく結わえ付けてなかった荷物が、グーリーの背中から落ちて、クレバスの中に転がり落ちていきます。ガランガランという音は、いつまでも聞こえていました。本当に深いクレバスのようです。
するとそのとき、地の底から、こんな声がわき起こってきました。
「・・・おちろ・・・おちろ・・・落ちてしまえ・・・」
呪うような、気味の悪い声です。
フルートは、はっとしました。ゼンも真剣な顔で聞き耳を立てています。
ロキは真っ青な顔で目を見張っていました。
フルートは、グーリーに向かって声をかけました。
「グーリー、がんばれ! もう一息だぞ!」
「ワンワン! がんばって、グーリー!」
とポチも飛んできて、後ろから風の力でグーリーの巨体を押し上げました。
グーリーは前足を踏ん張り、蹄のついた後足で氷の壁をガリガリと蹴り、ようやくのことでクレバスの上にはい上がることができました。
ア〜オ〜オオ〜・・・・・・ン・・・!!!
オオカミたちの悔しそうな遠吠えが響き渡りました。
さすがの雪オオカミたちも、この大きなクレバスは飛び越えられないのです。
さっと向きを変えると、別の道を探すように、どこかへ消えていってしまいました。
フルートは炎の剣を手にしたまま、厳しい顔で言いました。
「さっき聞こえたのは、魔王の声だな」
「ああ、俺も聞いた」
とゼンがうなずくと、ポチもひゅうっと飛んできて言いました。
「ワンワン、ぼくにも聞こえました。男の人の声のようでしたね」
ロキは真っ青になって、声もなく震えているばかりでした。
その頭を、ゼンがまた、ポンと軽く叩きました。
「そら、固まってないで出発しようぜ。魔王の妨害は、まだまだ続くんだからな」
グーリーが氷の斜面を走り始めました。風の犬のポチが、それに伴走していきます。
上へ、上へ、上へ・・・・・・氷の山の頂は、まだまだ遠い彼方でした。
(2004年9月9日)
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