「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

17.白い夜

「着いたよ・・・」
ロキは、グーリーを立ち止まらせると、そう言いました。
フルートとゼンとポチは黙って目の前の景色を眺めていました。
白く凍った雪原の彼方に、切り立った氷の崖が立ちふさがり、目もくらむような高さまで続いています。
「これがサイカ山脈か。普通の山じゃねえな」
とゼンが言いました。
「登り口が全然見あたらないね」
とフルートも言いました。普通の山登りの感覚では、とても登れそうにありません。
「グーリーなら登れるよ」
とロキが言いました。
「でも、もうすぐ日が暮れるから・・・登り始めるのは、日が昇ってきてからの方がいいと思うな・・・」
ロキにそう言われて、フルートとゼンは太陽のほうを振り返りました。
太陽は、ぼんやりと赤く輝きながら、地平線に隠れていくところでした。北の大地に短い夜が訪れようとしているのです。

太陽が完全に沈んでしまっても、空は薄明るく、雪が光を反射してあたりは白々と明るいままでした。
「今の季節なら2時間くらいで夜が明けるよ」
とロキが言いました。
「それまでここで休憩しよう・・・今、食べるものを出すから」
「火をおこして料理してる暇はなさそうだな」
とゼンが残念そうに言いました。ゼンは、ウィスルからもらった雪エンドウで、シチューが作ってみたかったのです。
「魔王を倒すまで、こいつはお預けだな」
とゼンがベルトにくくりつけた豆の袋をゆすって見せると、ロキがちょっと笑いました。
「とっときの食べ物を出すよ。おいらたちが祭りのときに食べるお菓子なんだ・・・ほら」
とロキは荷物の袋の中から、油紙に包まれた丸いものを取り出しました。包みを開くと、ケーキによく似たお菓子が出てきました。
「トナカイの脂肪にハチミツと雪エンドウの粉を練り込んで作ってあるんだ。服を買うのに立ちよった村で売ってたから、一緒に買っておいたんだよ」
「お、なんかうまそうだな」
ゼンが舌なめずりしました。
ロキはが雪エンドウのケーキを4つに切り分けて、フルートとゼンとポチに配りました。
「あっ、おいしい!」
「うめぇ!」
「ワンワン! 最高です!」
ケーキを食べて、フルートたちはいっせいに歓声を上げました。
それを聞いて、ロキは自分がほめられたように、にっこり笑いました。

食事がすむと、子どもたちはグーリーに乗ったまま眠りました。
山の上では魔王が待ちかまえています。少しでも休養をとって、力を蓄えておかなくてはなりません。
グーリーの背中は大きく、横になって長い毛の中にもぐり込めば、毛布の中のように暖かく眠ることができました。
夜中だというのに、あたりはあいかわらず白々と明るく、昼間のように遠くまで見渡すことができます。時々、グーリーが頭を上げては、周りを見回して低く鼻を鳴らしていました。

真夜中・・・と言っても、やはりあたりは明るいのですが・・・眠っていたロキが、突然、寝言を言い始めました。
「姉さん・・・姉さん・・・」
フルートとゼンはすぐに目を覚まして体を起こしました。ポチもグーリーの毛の中から頭を出して、ロキを見ました。
夢を見ているのでしょう。ロキは寝言を言い続けていました。
「・・・姉さんを放せ・・・やめろ・・・! ダメだ、やめろ・・・!」
フルートたちは顔を見合わせました。
グーリーがブルルル・・・と鼻を鳴らして、ちょっと体をゆすりました。まるで、悪い夢からご主人を起こそうとしているようです。
けれども、ロキはいっそう夢にうなされ始めました。
「嫌だ・・・嫌だ・・・!! ・・・イヤだ、やめろ・・・!!」
とても苦しそうな顔をしています。
フルートは急いでロキの体をゆすぶりました。
「ロキ。 ロキ、起きて!」
はっ、とロキが目を覚ましました。すぐには自分の状況が分からなかったようで、目を見開いたまま、体を硬くしてフルートたちを見つめ返しています。
「怖い夢を見たのかい?」
とフルートは静かに話しかけました。
「夢・・・・・・」
ロキはつぶやくように繰り返すと、ようやく、ほうっと息をついて、体の力を抜きました。
「・・・ちぇ、嫌な夢みちゃった・・・」
「どんな夢だ?」
とゼンが尋ねました。
ロキはのろのろと起きあがると、毛皮のフードをかぶりなおしながら答えました。
「魔王が、出てきた。・・・姉貴のことを殺そうとするんだ。おいら、必死でそれを止めようとするんだけど、魔王が強くて全然歯が立たないんだ・・・・・・」
それきり、ロキは黙り込んでうつむいてしまいました。青ざめた顔をしているのが、フルートたちにも分かりました。

ゼンは、ロキの頭の上にぽんと手をのせました。
「心配するなって。俺たちが一緒にいるぜ」
けれども、ロキは黙ってうつむいたままです。
その様子を見て、フルートが言いました。
「ロキ。無理しなくていいんだよ。怖かったら、ここに残って待っておいで」
ロキは、はっとしたようにフルートを見ました。ゼンとポチもフルートを見ました。
フルートは優しく続けました。
「ロキはぼくたちをサイカ山脈まで連れてきてくれた。これだけでも、もう十分さ。後はぼくとゼンだけでも大丈夫。山の上にはポチが運んでくれるし・・・ロキはここでぼくたちを待っていてくれていいんだよ」
ロキは顔を真っ赤にしました。
「お、おいら・・・おいら・・・」
思いが入り乱れて、すぐにはことばにならないようでした。
「おいら、一緒に行くよ! 絶対に一緒に行く!! そりゃ、戦いのときには全然役に立たないけどさ・・・でも・・・おいらも連れてってくれよ!!」
ロキは必死でした。
それを見て、ゼンが、ばん、とロキの背中を叩きました。
「よぉ〜し、よく言った、ロキ! 一緒に行こうぜ! みんなで魔王をぶっ倒そう! ・・・いいだろう、フルート?」
「ロキがそれでいいなら」
とフルートは答えました。まだちょっと心配そうな表情でロキを見つめています。
ロキは真っ赤な顔のまま、何度も何度も大きくうなずきました。

「夜が明けます」
とポチが言いました。
地平線付近の空と雪が赤く染まって、そこから太陽が現れてくるところでした。本当に2時間あまりしかない短い夜でした。
フルートとゼンとロキは、上ってくる朝日を見つめました。
さーっと彼らの顔に日の光があたり、雪がまぶしく光り始めます。

すると、突然、あたりの寒さが増しました。
空気中の水分が凍って、ダイヤモンドの粉をまき散らしたようにキラキラと輝き始め、雪原の雪が堅く凍っていく音がピシピシと響き渡ります。子どもたちの服も、グーリーの毛皮も、みるみるうちに白い霜におおわれていきます。
ゼンは、ぶるっと震えると、毛皮の服の襟元をかき寄せました。
「なんか急に寒くなってきたな」
「そう? 北の大地では、これくらいが普通なんだよ。今までが暖かすぎたんだ」
とロキが何でもなさそうに答えました。
それを聞いて、フルートとゼンは、はっとしたように顔を見合わせました。
「ということは・・・」
「ああ、そうだ。魔王のヤツ・・・」
そう言って2人がうなずきあったので、ロキとポチは、意味が分からなくて目をぱちくりさせました。
「え、な、なに?」
「ワンワン。この寒さがどうかしたんですか?」
フルートはサイカ山脈を見上げながら言いました。
「新しい一日が始まったのに、魔王は気温を上げる魔法を使わなかったんだよ。だから、北の大地が一気にいつもの寒さに戻ったんだ」
ゼンも、うなずきながら言いました。
「魔王のヤツ、ポポロの魔法を温存してやがる。俺たちと決戦するつもりでいるんだぞ」
一同はサイカ山脈を見上げました。
氷でできた山は、高く高くそびえ立っています。

ロキはグーリーにまたがりなおすと、手綱を取って叫びました。
「出発するよ!」
フルートとゼンが、すぐさまそれに応えました。
「よし!」
「おお、上出来だ!」
ロキ、フルート、ゼン、ポチを乗せて、グーリーが雪を蹴りました。大きな体がぽーんと10メートル近くも飛び上がり、氷の絶壁の小さな出っ張りに飛び乗ります。そこを一蹴りすると、また10メートル近く上へ。グーリーは巨体に似合わない身軽さで山を登り始めました。
「魔王は必ず仕掛けてくるぞ! 油断するな!」
フルートがそう言って炎の剣を抜きました。
「負けるかよ!」
とゼンもエルフの弓を背中から外して言いました。
「ワンワン。ぼくは変身して行きます」
とポチが言って、すばやく風の犬に変身すると、空を飛びながら上に向かい始めました。
ロキは歯を食いしばりながら、手綱を操って、グーリーを上へ上へと登らせていきました。
そんな彼らを、北の大地の太陽は明るく照らしていました・・・。



(2004年9月3日)



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