「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

16.アイスウィング

「ちきしょうめ、やっと全部倒したぞ!」
ゼンがグーリーの背中でそう叫びました。手にはショートソードを握りしめ、肩でぜえぜえと息をしています。グーリーの横腹やゼンの毛皮の服には、返り血の赤いしぶきが散っていました。
「す、すごい数だったね」
ロキがグーリーを立ち止まらせて言いました。怪我はしていませんが、真っ青な顔で震えています。
そこへ、風の犬のポチに乗ったフルートが戻ってきました。
「みんな、大丈夫だったかい?」
極寒の場所なのに、フルートの顔は汗だらけです。金の鎧兜やダイヤモンドの盾には、ゼンと同じように血しぶきが飛んでいます。
ゼンはショートソードを鞘にしまいながら答えました。
「ああ、俺たちは怪我はない。だが、魔王のヤツも本気だな。最初がオオツノグマの大群だろう。次が30頭近い雪オオカミの群れ。それを倒したと思ったら、今度は雪玉お化けの大群だ。息つく暇もなかったぜ」
「ワンワン。あの雪玉みたいな生き物は何だったんでしょうね? 跳んだりはねたり、ずいぶんすばしこかったけど」
とポチが言いました。
ロキは、またぶるっと震えて、答えました。
「雪ケマリだよ。山岳地帯に棲む動物で、あれでもネズミの仲間なんだ。あいつらの牙には猛毒があるから、大トナカイでも、かまれたら倒れて死んじゃうんだよ」
「うひゃ。そんなのが100匹以上も襲ってきたのか。かまれなくて良かったぜ」
とゼンは思わず首をすくめました。

フルートは北にそびえるサイカ山脈を見上げました。
「魔王のヤツ、なんとかぼくたちを倒そうと必死だな。北の大地の猛獣を次々に送り込んでくる」
「ふん。そんなやり口もゴブリン魔王とそっくりだぜ。アンデッドじゃないから、切れば倒せる分、こっちのほうがマシかもしれないけどな」
とゼンが言いました。
闇の生き物であるアンデッドには、通常攻撃は効きません。ゴブリン魔王がアンデッドの大群を送り込んできたときには、フルートたちは光の武器やポポロの雷の魔法で戦ったのでした。
「出発するね」
とロキが言って、グーリーの横腹を蹴りました。グーリーは敵を避けるのにずいぶん走り回ったのですが、疲れた様子もなく、またすばらしいスピードで走り始めました。
ポチはフルートを乗せたまま、グーリーに並んで飛び始めました。いつまた敵が襲ってくるか分からないので、フルートも炎の剣を抜いたままです。

「しかし、妙だよな」
とゼンが言いました。
「魔王のヤツ、メールやポポロたちの『力』を自分のものにしているんだろう? なのに、なんでそれを使わないんだ? 襲ってくるのは北の大地の生き物やグリフィンばかりで、メールの花使いの能力も、ポポロの魔法も、全然使ってこないじゃないか」
「うん。ぼくもずっとそれを考えてた」
とフルートはうなずきました。
メールもポポロも、2人とも強力な『力』の持ち主です。それを使って攻撃されれば、フルートやゼンもかなりの苦戦を強いられるのですが・・・。
「ま、メールの『力』を使わないわけは分かるんだけどな」
とゼンが言いました。
「なにしろ、花がなきゃ花使いはできない。この雪と氷だけの大地に、花なんかめったに咲いてないもんなぁ。だが、ポポロの魔法は雷とか冷凍とか、戦うのに有利なのが多いんだぞ。魔王はなんでそれを使わないんだろうな?」
「うん・・・」
フルートは考えながら言いました。
「・・・これはぼくの考えなんだけどさ、魔王は別のことにポポロの魔法を使っているんじゃないかな」
「別のこと?」
ゼンが目を丸くしました。
「うん。この北の大地で急激に雪や氷が溶け出したのは3日前からだろう? それって、ポポロたちがさらわれたのと同じ日なんだよね。魔王は、北の大地を溶かすのに、ポポロの魔力を使っているんじゃないかと思うんだ」
うーん、とゼンは唸りました。
「だが、そうだとしても、使う魔法は1つだけだろう? ポポロは一日に2回魔法が使えるんだぜ。もう1つの魔法はどうしてるんだ?」
「それは分からないけど・・・でも、もう一つも何かに使っているから、ぼくたちを魔法で攻撃できないんじゃないかな」
「なるほど、ありうるな」
ゼンは、納得、という顔でうなずきました。


すると、突然ロキが行く手を指さしながら叫びました。
「また来たよ! 今度はアイスウィングの大群だ!!」
「アイスウィング?」
フルートとゼンとポチは同時に聞き返しました。
行く手にキラキラとガラスのように輝くものが見えます。
雪原の彼方からもやのようにわき起こり、猛烈な勢いでこちらに近づいてきます。
それは、全身が透明な氷でできた、長さ1メートルほどの蛇の大群でした。背中には透明な薄い羽根が生えていて、弾丸のような勢いで飛んできます。
それが何百匹、何千匹・・・。

「ものすごい数だ! 今までで一番多いぞ!!」
ゼンがどなりながらエルフの矢をつがえて撃ち始めました。
先頭を飛ぶ氷の蛇が、矢に射抜かれて粉々に砕けました。
ところが、粉々になったかけらの一つ一つが、空中で形を変えて、小さな氷の蛇になって復活してきたのです。
「分裂するのか!?」
ゼンとフルートは驚いて声を上げました。
ロキが言いました。
「あれはサイカ山脈だけに棲む氷の怪物だよ! 攻撃されると、小さく砕けて増殖するんだ! うんと小さくなったヤツは、空気と一緒に体の中に入り込んで、体の中から人間をかみ殺すんだよ・・・!」
「ちぇっ。さすがは北の大地だ。怪物も半端じゃないぜ」
ゼンが舌打ちしました。
「分裂する敵じゃ通常攻撃は使えない! ロキ、下がるんだ!」
とフルートが叫びながら、ポチと一緒に前に飛び出しました。炎の剣を構えて高々と掲げ、勢いよく振り下ろします。
 ゴウッ!!!
剣の先から炎の塊が飛び出して、アイスウィングの群れに衝突しました。
 ジュウ・・・
数十匹の氷の蛇が、一気に溶けて蒸発していきます。
「よぉーし、いいぞ! 氷の化け物だから、炎には弱いんだ!」
ゼンがこぶしを振って歓声を上げました。

すると、ロキがまた悲鳴を上げました。
「ゼン! こっちからは雪ヒョウだ!」
反対側の方向から、巨大なネコ科の動物が3頭、まっすぐこちらに向かって走ってくるところでした。白い毛皮に黒い斑点。ヒョウにそっくりですが、大トナカイのグーリーと同じくらいの大きさをしています。
「ち。はさみ討ちかよ」
ゼンは舌打ちをしながらエルフの矢をつがえて撃ちました。
先頭の雪ヒョウが眉間を射抜かれて、ごろりと雪の上に倒れました。
「ゼン、大丈夫か!?」
フルートが炎の剣でアイスウィングに切りつけながら尋ねました。
「ああ! こいつらには矢が効く。俺に任せろ!」
ゼンはそう答えて、エルフの矢を次々に撃っていきました。
 ドサッ!
また別の1頭が雪の上に倒れました。
けれども、残る1頭の雪ヒョウが、もう目の前に迫っています。
「ロキ、かわせ!!」
ゼンが怒鳴りながら矢の代わりにショートソードを抜きました。
雪ヒョウが空高くジャンプして飛びかかってきます。
ロキはとっさにグーリーを大きく左に方向転換させて、それをかわしました。
「でぇぇいっ・・・!!」
わきを飛び越えていく雪ヒョウに、ゼンはショートソードで切りつけました。バッ、と赤い血しぶきが飛び、ヒョウのものすごいうなり声が上がります。

 ヒィホホーン・・・
グーリーはおびえた声を上げて雪原を逃げまどいました。
その後を雪ヒョウが追いかけてきます。ゼンに傷を負わされて怒り狂っています。
ゼンはすばやく剣を鞘に戻すと、グーリーの上で後ろ向きになりました。
エルフの弓に矢をつがえ、きりりと引き絞ります。
 バシュッ!
矢は空気を切り裂いて飛び、雪ヒョウの右目に深々と刺さりました。
 ギニャァァァーーーー!
ヒョウは耳をつんざくような声で吠えて、雪の上に転がりました。
ゼンがそこにとどめの矢を放とうとした時、フルートの声が響きました。
「危ない、ゼン、ロキ! 伏せろ!」
はっ、と2人が頭を下げたとたん、頭上すれすれを1匹の氷の蛇が飛びすぎていきました。
そのすぐ後をポチに乗ったフルートが追いかけていって、炎の剣で切りつけます。
 ジュゥッ!
アイスウィングはたちまち蒸発しました。

フルートは剣を構え直すと、ゼンたちに言いました。
「あいつらは、まだたくさんいる。溶かすしか倒す方法がないから、すごくやっかいなんだ。ぼくらがあいつらを引きつけるから、君たちはここを抜けて、先に行ってくれ」
「おい、フルート。そんなこと・・・」
ゼンが言いかけたとき、後ろで突然ものすごいうなり声と音が起こりました。ゼンに右目を打ち抜かれた雪ヒョウが、数匹のアイスウィングに食いつかれて、雪の上を転げ回っていたのです。
「あいつら、見境なく襲ってくるのか!」
ゼンが驚いていると、ロキが悲鳴を上げました。
「ああっ! まずいよ!!」
雪ヒョウがアイスウィングにかみつき、鋭い爪で引き裂いたのです。
アイスウィングの氷の体はたちまち砕け、何十という小さなアイスウィングに変わって、いっせいにまた雪ヒョウに襲いかかっていきました。
ヒョウがそれをまた引き裂くと、さらに小さなアイスウィングが何百と生まれてきます。ついにアイスウィングは目に見えないほど細かくなり、キラキラ輝く霧のようになって雪ヒョウを包み込みました。
 ゲハッ・・・グハァァッ・・・!!!
雪ヒョウが突然口から大量の血を吐いて、雪の中に倒れ込みました。それっきり、動かなくなります。
「小さくなったアイスウィングに、体の中を食い破られたんだ・・・」
ロキが真っ青になって言いました。

霧になったアイスウィングは、雪ヒョウの死体からふわりと離れると、流れるように移動を始めました。
「こっちに来るぞ!」
とフルートが叫びました。
「速いです!!」
とポチも叫びました。
ゼンはとっさにロキをグーリーの背中に押し倒すと、ロキを守るように上にのしかかって怒鳴りました。
「走れ、グーリー!! 殺されたくなかったら、死にものぐるいで走るんだ!!」
そのことばが分かったように、グーリーが必死で走り出しました。
フルートは炎の剣を握りしめながら、めまぐるしく考えていました。
霧になったアイスウィングは、広がりすぎていて、炎の剣が吹き出す炎では全部溶かすことができません。いくらか消滅させられても、攻撃を逃れた奴らがゼンやロキ、グーリーに襲いかかるでしょう。それを防ぐには・・・

「ポチ、つむじ風で突進してくれ!」
フルートはそう叫ぶと、渾身の力をこめて、炎の剣を振りました。
 ゴオオオオ・・・ッ!!!!
巨大な炎の塊が行く手に吹き出していきました。
「あの炎の中に突っ込むんだ!」
フルートはそう叫んで、ポチの上に身を伏せました。
 ぎゅるるる・・・ポチは回転しながら炎の中に突進していきました。
炎が風に巻き込まれて、巨大な炎の渦を作ります。
 シュウウウウ・・・
霧になったアイスウィングは、炎の渦に巻き込まれて消えていきました。

「よ、よくやった、ポチ。やけどしなかったかい?」
炎が消えてポチが普通の飛び方に戻ると、フルートは息をはずませながら聞きました。つむじを巻くポチは、急回転するジェットコースターのようなものなので、しがみついているだけでも大変なのです。
「ワン。ぼくは風になっているから平気です。フルートは?」
とポチが言いました。
「毛皮のマントが焦げた。でも、金の鎧が守ってくれたから大丈夫だよ」
そう言って、フルートは体を揺すりました。燃えて黒い炭になったマントが、崩れてぼろぼろと落ちていきました。

「フルート、あれを見ろ!」
とゼンが行く手を指さして怒鳴りました。
何千匹ものアイスウィングが、一カ所に吸い寄せられるように集まっていきます。そして、互いに溶け合い合体して、見上げるように大きな1匹のアイスウィングになったのです。
全長が10メートル以上もある、巨大な氷の蛇です。

フルートがすばやくゼンたちの前に飛び出して、炎の剣を振りました。
ゴォッと大きな炎が飛び出して、アイスウィングに命中します。
ところが、相手が大きすぎるので、体の一部が少し溶けただけで、ほとんどダメージを与えられません。
「うわっ!」
アイスウィングが襲ってきたので、フルートとポチはあわてて身をかわしました。氷の牙がフルートたちのすぐそばの空気をガチリとかみます。
「フルート!!」
ゼンとロキが叫びました。
アイスウィングは蛇特有のしつこさでフルートたちの後を追いかけてきます。
それを飛んでかわしながら、フルートがポチの耳に何かささやきました。
「ワン、わかりました」
ポチはそう返事をすると、突然大きくUターンして、敵に向き直りました。
アイスウィングが鎌首を高々と上げて迫ってきます。
「フルート、危ない!!」
ロキが悲鳴を上げて目をおおいました。
ポチは、フルートを乗せたまま、まっすぐアイスウィングに突進していきます。
それにかみつこうと、アイスウィングが大きく口を開けます。
その口の中に、ポチは勢いよく飛び込んでいきました。
「フルート!!」
ゼンが叫びました。
ロキがまた目を開け、フルートたちの姿が見えないので、真っ青になりました。
「フルートとポチは・・・!? 食べられちゃったの・・・!??」

すると、2人の目の前で、突然アイスウィングがのたうち始めました。
氷の体が一気に溶け始め、
 ジュワァァァ・・・
白い湯気になって消えていきます。
アイスウィングの体内に入ったフルートが、炎でアイスウィングを内側から溶かしているのです。
やがて、アイスウィングはすっかり消滅し、後からポチに乗ったフルートが現れました。
フルートは炎の剣を掲げると、ゼンたちににっこり笑って見せました。
「やったぁ! フルート!!」
ロキとゼンは歓声を上げました。


フルートを乗せたポチは、ゼンたちのわきに降りて小犬の姿に戻りました。激しい戦いが続いたので、さすがに少し疲れたのです。
フルートはポチを抱いてグーリーに飛び乗ると、仲間たちに言いました。
「さあ、急ごう。ぐずぐずしていると、また魔王が敵を送り込んでくるからね」
そう言われて、ロキはすぐにグーリーを走らせ始めましたが、やがて、おずおず振り返ると、小さな声で言いました。
「あのさ・・・フルート、ゼン・・・」
「うん?」
フルートとゼンは聞き返しました。
ロキはますます小さな声になって、こう言いました。
「ごめんね・・・おいらだけ全然戦力にならなくて、守ってもらってばかりで・・・」
フルートは目を丸くすると、すぐに優しい笑顔になって言いました。
「そんなことないよ、ロキ。君もグーリーも、立派に戦ってくれてるじゃないか」
「そうそう。すごく勇敢だぜ、お前ら。おかげで俺たちも思い切り戦えるもんな」
とゼンも言って、ロキの頭を毛皮のフードの上からぐりぐりとなで回しました。
ロキはあいまいな顔でほほえみました。なんだか今にも泣き出しそうな表情をしています。
それを見てゼンが笑いました。
「なんて顔してやがる。仲間なら、助けたり助けられたりするのは当たり前なんだよ。そんなの気にするんじゃねぇや」
「そうさ。みんなで一緒に戦っているんだからね。みんなで力を合わせて魔王を倒そうよ」
とフルートも笑顔で言いました。
「ワンワン。その通りです!」
とポチも言いました。
ロキは何も言わずに前を向くと、雪メガネを押し上げて、ごしごしと手で目をこすりました。
ロキは泣いているようでした・・・。



(2004年8月30日)



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