「勇者フルートの冒険・4 〜北の大地の戦い〜」        朝倉玲・作  

15.サイカへの道

グーリーは、ロキ、フルート、ゼン、ポチの3人と1匹を背中に乗せて、北へ北へと走り続けました。
あたりは一面の雪野原。なだらかな丘と谷が、どこまでも続いています。
白い雪が太陽の光を反射して、きらきらとまぶしく輝いています。まぶしすぎて、目の奥が痛くなってくるほどです。

すると、ロキが荷物の中から何かを取りだして、フルートとゼンに手渡してきました。
「兄ちゃんたち、これをつけなよ」
それは、黒水晶を薄く削った細長い板でした。両脇に細い革の紐がついています。
「おっ、雪メガネか? ありがたいな」
とゼンが喜びました。
晴れた日に雪原にいると、雪に乱反射した太陽の光が原因で、目をやられてしまいます。「雪目」という現象なのですが、それを防ぐために雪メガネをつけるのでした。いわば、サングラスです。
フルートは、雪メガネを見たのは初めてでしたが、ロキやゼンの真似をしながらつけてみました。黒水晶の板を目の前にあてて、紐を頭の後ろで結ぶと、景色が一気に薄暗くなって、目がとても楽になりました。
「へぇ、便利なものだね」
とフルートが感心すると、ロキが笑いました。
「北の大地の必需品さ。晴れた日にこれがなかったら大変だよ」
「ポチは雪メガネがなくても大丈夫なのか?」
とゼンが聞きました。
「ワン。ぼくは犬ですから」
とポチは答えました。

フルートは雪メガネごしに空の上の太陽を眺めました。夏だというのに、太陽はずいぶん低いところにあるようでした。それに、フルートはなんだかおかしなことに気がつき始めていました。
「なんだか、夜がなかなか来ないような気がしているんだけど・・・ぼくの気のせいかな? おばばたちと分かれてずいぶんになるし、もういいかげん夕方になってもいいような気がするんだけど」
すると、ロキとゼンが目を丸くしてフルートを見つめ、どっと笑い出しました。
「やだなぁ、フルート兄ちゃん! そんなの当たり前じゃないか!」
「あはは・・・フルートにも理解できないことがあったんだな。安心したぜ!」
そして、意味が分からなくてきょとんとするフルートとポチに、ゼンが説明してくれました。

「あのさ、俺たちの国でも、夏には昼間のほうが長くなるだろう? あれは、北に行けば行くほどもっと昼が長くなるんだ。で、ここは北のはずれにある北の大地だから、夏にはものすごく昼間が長くなるんだ。一日中、太陽が沈まない日もあるって、じいちゃんたちから聞いてるぜ」
すると、ロキがうなずいて続けました。
「太陽が沈まないのは夏至の日の頃だよ。トジー族はその日、太陽の神様に雪エンドウをお供えしてお祭りを開くんだ。そのお祭りが過ぎると、少しずつまた夜が始まるんだけど、夏の間はすごく時間が短くてね。今頃だと、だいたい2時間くらいでまた太陽が出てきちゃうんだ。それに、夜でも真っ暗にはならないよ。夕暮れみたいに、ずっとぼんやり明るいんだ。白夜(びゃくや)っていうんだけどね」
「ふーん・・・・・・」
フルートとポチは、ただただ感心して話を聞いていました。北の大地というところは、聞けば聞くほど本当にフルートたちの国とは違っています。

「サイカ山脈までは、あと1日くらいの道のりだよ」
とロキが言いました。
「グーリーは3日くらい寝なくても平気だから、このままずっと走り続けようと思うんだけど、いいかな? 兄ちゃんたち、休まなくて大丈夫?」
すると、ゼンが鼻で笑いました。
「へっ。俺たちを誰だと思ってる。金の石の勇者の一行だぞ。いいから、気にしないで突っ走れよ。一刻も早くサイカにたどり着こうぜ」
フルートもうなずいて言いました。
「サイカ山脈に近づけば近づくほど、魔王は妨害してくるはずだ。できるだけ急いだほうがいい」
「ワンワン。賛成です!」
とポチも言いました。
「わかった。じゃ、休まないで走り続けるよ。食事も走りながらにしよう。眠くなったら、グーリーの毛にもぐるといいよ」
ロキはそう言って、荷袋から携帯食料を取りだして渡してきました。
塩味の薄切り肉と、薄くて小さな丸パンです。どちらも、寒さでかちかちに凍っています。
「口の中で少しずつ溶かしながら食べるんだよ」
とロキが言いました。
「うーん。これだけはやっぱり温めて食いたいところだが・・・しょうがねえか」
とゼンが苦笑いしました。


携帯食料を食べながら、フルートは頭の中で自分たちの装備と戦闘力を確認していました。

フルートが身につけているのは、暑さ寒さを防ぐ金の鎧兜と、魔法のダイヤモンドの盾、背中にはノーマルソードと炎の剣。その上から、ロキが手に入れてきた毛皮のマントをはおっています。炎の剣は、北の大地のモンスターには威力があるかもしれません。
ゼンが身につけているのは魔法のサファイヤをちりばめた胸当てと盾。水の中で戦うのにとても良い防具ですが、今回は雪の大地での戦いなので、その力はあまり発揮できそうにありません。その上から毛皮の服を着込んで、腰にショートソードを下げ、背中にはエルフの弓と、エルフの矢が入った矢筒を背負っています。エルフの矢は狙ったものを絶対に外さないし、矢筒はいくら撃っても矢がなくならない魔法の矢筒です。
ポチは緑の石がついた首輪をつけています。風の犬に変身できる魔法の石です。ポチは犬なので、嗅覚や聴覚も鋭くて、近づいてくる敵にはいち早く気がつくことができます。
ロキは武器を何も持っていません。毛皮の服を着ているだけです。ウサギのように長い耳をしたトジー族なので、音には敏感ですが、ポチと比べれば能力は下です。でも、ロキは北の大地のことをとてもよく知っていて、グーリーを走らせて、迷うことなく彼らをサイカ山脈まで運んで行ってくれます。

ロキを守るものが何かあればいいのに、とフルートは心の中で考えました。
ロキだけが、どうしても守備力が劣っています。実際の戦闘になれば、ロキが一番危険です。
金の石があれば・・・とフルートは考えました。
金の石なら、フルートの胸から金の光を出して、仲間たちを守ってくれたのに・・・。
でも、金の石はバジリスクに奪われて、ここにはありません。
代わりにフルートが首から下げているのは、白い石の丘のエルフがくれた、青い石のペンダントです。「友情」の守り石だ、とエルフは言いましたが、今のところ、それにどんな力があるのかは分かりません。
フルートは鎧の上から友情の石のペンダントを押さえると、そっと心の中で願いました。
『ロキはぼくたちの大事な友だちです。どうかロキを守ってください』
と・・・。


そのとき、ゼンが叫びました。
「来たぞ、フルート! 敵の大群だ!」
行く手から、額に大きな角を生やした白クマが、何十頭も群れになって、こちらに向かって突進してくるところでした。
ゼンが悲鳴のように叫びました。
「オオツノグマだ! でも、あんなにたくさんいるなんて・・・! いつもは1頭ずつでしか行動しない動物なんだよ!」
「魔王に操られてるからに決まってるだろうが!」
ゼンはどなりながらエルフの矢を撃ち始めました。
フルートも背中から炎の剣を抜きました。その目の前に、風の犬に変身したポチが飛んできます。
「行くぞ!!」
フルートはそう叫ぶと、ポチに飛び乗り、敵に向かって飛び出していきました――。



(2004年8月16日)



前のページ   もくじ   次のページ