14.別れ
「フルート兄ちゃーん! ゼン兄ちゃーん!」
怪物が飛び去っていったのを見て、丘の陰からロキが飛び出してきました。
占いおばばも、大男のウィスルの肩に担がれてやってきました。
「驚いたね・・・ありゃグライフだよ」
とおばばが言いました。まだどこか茫然とした顔をしています。
「グライフ?」
とフルートが聞き返しました。
「ああ、あんたたちの世界だと、グリフォンとかグリフィンとか言った方が分かりやすいかね。もともとは天空の国に棲む怪物さ。全身が白と金で翼が黒い怪物なんだが、あれは全身が真っ黒だったから、おそらく、光と闇の戦いの末に、闇の国へ下ったヤツの末裔なんだろうね」
それから、おばばはウィスルに指図して、そりの中に下ろしてもらうと、粉々に散っている水晶玉のかけらを眺めて、ため息をつきました。
「やれやれ、うかつだったよ。魔王はロキの姉さんから透視の力を奪っていたんだったね。その子を占おうとしたものだから、魔王に気づかれちまったのさ。あのグリフィンも、魔王が魔法で送り込んできたんだろう。でなきゃ、あたしが、あんなに近くに来るまで気がつかないはずがない」
「ワンワン。ぼくも全然気づきませんでした」
とポチが言いました。
「とんでもない敵だよ、まったく」
とおばばは言うと、フルートたちをすまなそうに見上げました。
「ごめんよ。あんたたちを魔王のところまで道案内してやろうと思っていたんだけどね。水晶玉がなくちゃ、あたしは何の助けにもならないんだよ。ダイトの屋敷に戻れば予備の水晶玉はあるんだけど、それを取りに行っていたんじゃ間に合わない。あんたたちだけで行ってもらうしかないんだよ・・・」
それを聞いて、フルートはにっこり笑いました。
「そんなの最初から承知してます。これはぼくたちの戦いだから。それに、ぼくたちには心強い道案内がいますし」
そう言って、フルートはロキを見ました。
ロキは真っ赤になって下を向きました。とても照れたのです。
「お! トナカイたちが戻ってきたぜ!」
ゼンが雪原の向こうを指さして声を上げました。
おばばのトナカイとグーリーが、それぞれ別の方角から、こちらに向かって走ってくるところでした。
「グーリー!」
ロキは顔を輝かせてトナカイに駆け寄りました。ウィスルもオーッと歓声を上げて走っていきます。
2頭のトナカイは、それぞれの主人に再会して、嬉しそうに頭をこすりつけたり、鼻を鳴らしたりしました。
「グーリーたちに怪我はなかった?」
トナカイを連れて戻ってきたロキとウィスルに、フルートは尋ねました。
ロキはうなずきました。
「おばばのトナカイは大丈夫だったみたいだよ。グーリーはちょっと怪我をしてる。たぶん、怪物の爪に引っかかれたんだと思う。でも、かすり傷だから平気だよ」
「ぼくたちが乗っても平気かい?」
とフルートが聞くと、突然、グーリーがブルルルッと鼻を鳴らしました。
ロキはにっこりして言いました。
「大丈夫だ、ってグーリーが言ってるよ」
「よし、それじゃ出発だ!」
フルートのかけ声で、ロキ、ゼン、ポチはグーリーの背中に乗りました。
すると、大男のウィスルが近寄ってきて、小さな袋をゼンに差し出しました。
「なんだい?」
ゼンが目を丸くして袋の中をのぞくと、中には緑色の豆がぎっしり詰まっていました。
おばばが笑って言いました。
「ほほほ、雪エンドウだよ。ウィスルが、さっきグリフィンから助けてもらったお礼に、ゼンに上げたがっているんだよ」
「え、そんな。あそこで助けるのは当たり前じゃないか。お礼だなんて・・・」
ゼンがますます目を丸くすると、ウィスルはちょっと悲しそうな顔になりました。
おばばが言いました。
「受け取っておやりよ。ウィスルはことばが話せない。『ありがとう』の気持ちを、別のもので伝えたいんだよ」
ゼンは思わず目をぱちくりさせると、素直にウィスルから豆の袋を受け取りました。
「そっか・・・じゃ、ありがたくいただくよ。ホントのこと言うと、さっきの豆シチューを俺も作ってみたかったんだ。あれ、すごくうまかったからな」
それを聞いて、ウィスルはとても嬉しそうな顔になりました。
仲間たちの準備が整ったのを見ると、フルートは占いおばばに頭を下げました。
「本当にいろいろお世話になりました。それじゃ、ぼくたちは行きます」
おばばはうなずくと、フルートたちに向かって手をさしのべて言いました。
「あんたたちに、北の大地の神のご加護があるように。このあたりはまだ雪があるが、大地のいたるところで気温が上がって、雪も氷もどんどん溶けている。このままじゃ、北の大地も世界中も大惨事になっちまう。一刻も早く魔王を倒して、北の大地を元の姿に戻しておくれ。・・・もちろん、友だちも助けてあげるんだよ」
フルートはにっこりしました。
「どうもありがとう。おばば様たちも帰り道、お気をつけて。それじゃ」
フルートがグーリーの背中に飛び乗ると、ロキがグーリーの横腹を蹴りました。
「行くよ、グーリー!」
とたんに、大トナカイが駆け出しました。
フルートたちは後ろを振り向くと、腕をいっぱいに伸ばして、おばばたちに手を振りました。
「さよならー!」
「さよなら、ありがとうー!」
おばばとウィスルも、大きく手を振ってくれていました。
その姿がどんどん雪原の彼方に遠ざかって、見えなくなっていきます。
フルートたちは向き直ると、行く手にそびえるサイカ山脈を見上げました。
氷の頂が、冷たく光を放っています。
「魔王はぼくたちの行動を見張っている」
とフルートは仲間たちに言いました。
「きっと、これからもどんどん敵を送り込んでくる。油断しないで行くぞ」
「おう、任せとけ!」
とゼンがエルフの弓を掲げて答えました。
「ワンワン! 敵がそばに来たら、すぐに知らせますよ!」
とポチも言いました。
「グーリーのスピードを上げるよ」
ロキがそう言って、トナカイの体を両足で蹴りました。
グーリーは羽でも生えたように雪原を走っていきました。グーリー後ろに雪煙が上がります。
北へ、北へ、サイカ山脈を目ざして・・・一行は脇目もふらず突っ走っていきました。
(2004年8月11日)
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